巨大墳墓

 地鳴りの様な音と振動。巻き上がる大量の砂塵。

 まさに、ド迫力! 何十もの騎馬が駆ける様は勇壮の一言。


 木村キィムラ商会を立ち上げ地球の知識で商売をしようにも、既得権益との衝突は避けられなかった。

 ならどうするか? 利益を分け合って折り合いを付ける? 正面から戦って叩き潰す?

 冗談じゃない!

 俺はガラの悪いお兄さん達のお世話になることにした。


 平たく言うとヤクザ。英語で言うとYAKUZA。


 ……ダメだな、どーやっても格好良くはならんわ。高橋が好きだった異世界小説、内政チートだかなんだか知らんが現代知識で商売するわけだが、既得権益との衝突についても様々だった。


 だが、ヤクザを組織して嫌がらせってのは無いわな。そんな主人公、誰が応援すんだって話。

 しかーし、俺は主人公なんてガラじゃない、何でもアリアリだ。


 今回出張って貰ったのはそんなヤクザの中でも元騎士だったりする精鋭、その数、ざっと五十。ちっちゃい騎士団と言える規模。

 特製の馬車にこいつらを護衛に据えて、高速で物資や人を運ぶ特急便の構想を練っていたのだが、初陣が誘拐事件とは恐れ入ったね。

 フィーゴ少年は昨日、在庫管理の途中で攫われた。護衛も居たのだが殺されていた。

 無茶な事業拡大で敵は多いが、こんな事は初めて。異世界って奴を少々舐めてたかもな。

 たかが誘拐犯に五十人からの騎士、普通に考えたら過剰戦力だが、いざ現場についたら向こうでも騎士が待ち受けていたっておかしくはない。

 なんせ、今の俺は王位継承の争いに、ガッポリ巻き込まれている。

 本格的な貴族達の権力争いからは、極力距離を置いていたこの俺がだ。


「らしくねーかな? これが惚れた弱みって奴か!」


 圧倒的な器用さで、三日とかからずマスターした乗馬テクが唸る。王国でも指折りの駿馬を駆り、俺は騎馬隊の先頭を爆走する。

 愛する女性ひとの為に、戦いの世界へと身を投じる事も厭わない俺。人生で最高に格好良いんじゃあるまいか?


「オイ! 会長がお怒りだぞ! 攫われた男娼を絶対に取り戻せ!」

「オー!」


 ……後ろで吠えるYAKUZAの組長的なおっさんは無視で!


 違うから! 惚れた弱みって言っても、相手はユマ姫だからね? フィーゴ少年とは知り合い以上、尻愛未満の関係だからっ!


 フィーゴ少年とは初めはただの師弟関係だったのだ、それこそ数居る生徒の一人。だが抜群に優秀で秘書やら何やら任せる内に、後継者として育てることになった。

 単純に実力で言えば商会にもっと気の利いた人間も居るが、裏切る心配が無い上に成長性が高い。そんな人物を重用したくなるのは当然だろう。


 しかし、そんな贔屓をすれば現状で実力が上の人間が反発するのが世の定め。だが俺の男娼と思われているため、表立って文句を言ってくる人間も居ない……と言う訳で、さして否定するでも無く何かと便利に使ってしまった。

 今や抜き差しならない関係って奴だ、抜いたり刺したりしないだけに。

 いや? コレって結合したまんまって意味なのか? この言葉作った奴は直結厨かよ!


 現実逃避はよそう、犯人から指定されたのは王家の墓たる巨大墳墓。王都からほど近い場所にあり、名前の通りに巨大な一方で、中は薄暗く狭い。


 重要なのは、ココは王家の人間以外立ち入り禁止の場所でありながら、実質的には誰でも立ち入れる場所だと言うことだ。

 巡回の兵は居るし、詰め所もある。だが、巨大な墳墓には圧倒的に不十分。


 金目の物など無いから誰も忍び込みはしないだけで、少人数なら誰でもバレずに入り込めるのだ。

 そして、少人数が相手ならば、人質を盾に幾らでも交渉の余地がある。

 誘拐犯の狙いはそんな所だろう。


 だが、そんな事は知ったこっちゃねぇ!


「詰め所だ! 突破するぞ!」


 俺の号令で皆が一斉にバンダナを口元に巻く。

 ご丁寧にスカル柄のテロリストスタイルだ。


「オラァ!」

「なっ? なんだ?」


 強行突破! 顔を隠して五十もの騎馬で押し通ると、詰め所でボヤっとしていた兵士は目を剥いて慌てる。

 木っ端の兵士じゃこんな事態には対応できない。助けを求めに王都に向かうだろうが、そこに現れるYAKUZAの後続部隊に可哀想にも巻き込まれて、中々助けが呼べないだろう。

 これで少人数でやって来ると思っている誘拐犯の裏をかければ良いのだが……


「真っ暗だな」


 巨大な青銅の扉を数人掛かりで押し開けると、当然の様に墓の中は真っ暗だった。


「馬は無理だな、十人は馬番と退路の確保に残れ! ランプを!」


 俺の言葉に皆が馬を降り、荷物からランプを取り出す。魔導ランプは値は張るが取り回しが良い。熱も出ないのでベルトに引っ掛けて使っても熱くなく、手が塞がらない。


「行くぞ!」


 抜刀して臨戦態勢の男が四十。全員が百戦錬磨の猛者達だ。

 非力な俺もサーベルを手に臨戦態勢。やる気十分と言った所。


 とは言え、ここまで先頭を走ってた俺も、流石に陣形の中心で守られながらお姫様スタイルで進む事になる。


「明かりは?」

「つきません、壊されています」


 墳墓の中、設置された照明は点灯しないように破壊されていた。

 騎士達は舌打ちをして苛立ちを隠さないが、内心で俺は一安心。


 明かりが消されていると言うことは、相手はまっとうな勢力ではない。誘拐犯を成敗しに来たのにカディナール王子直属の近衛騎士が待ち構えていた。なんて最悪の展開だけは避けられたと見て良いだろう。


 ひょっとしたら、全ては取り越し苦労。王位継承問題など何の関係も無く、俺の強引なやり口に恨みを持った、無関係な誘拐犯を相手にするだけで済むかも知れない。


 そんな俺の期待を裏切る様に、暗い通路をしばらく進むと、煌々と明かりが漏れる部屋が見つかった。


「呼んでるな」

初心うぶな招待ですなぁ、気が利かない」


 呑気なぼやきを漏らす組長だが、口調とは裏腹に気が逸って見えた。

 それもそのはず、墳墓に不法侵入している以上、カタは早くつけねばならない。


 しかし、焦りは失敗を生む。なにより俺には準備が必要だった。


「我々が主賓だ。ホストを少々待たせても構わんだろう?」

「はぁ、何用で?」

「まぁ見てろ」


 俺は荷物を広げて準備を少々。コイツには俺でも結構な時間が掛かる。


「良し、行こうか」

「よし、突撃!」


 明るい部屋へ足を踏み入れると、そこは天井の低い墳墓の中にあって、大きく開けた空間であった。

 体育館ぐらいの広さがあるか? 目に付くのは中央にそびえ立つ巨大な女神像。ここは祈祷場と言ったところだろうか?


 美しい女神像がライトアップされているが、その造形美に感嘆している場合では無さそうだ。女神像の胸元、ネックレスの様に縛り付けられている人物が一人。


 フィーゴ少年だった。


「趣味が悪いな、いや、良いのか?」

「会長、あれが男の子なんですか?」


 若い騎士の一人がそう言うのも無理はない、少年は女装させられ化粧まで施されていた。

 意識は無いのか反応はみられない。

 死んでいなければ良いのだが、まるで生贄の様である。


 ……祈祷場を満たす異様な雰囲気に、にわかに騎士達がザワつき出した。


「綺麗だな、俺の彼女より綺麗かも……」

「ばっか、あのブスと比べモンになるかよ、身の程を知れっての」

「んだと、オイ、アイツだって黙ってりゃ可愛いんだよ!」

「あのおしゃべりが何時黙るって言うんだよ!」

「寝言ぐらいは控えめだっての!」

「オイ! 嘘だろ? 寝言まで言うのかよ!」

「いい加減に黙れ!」


 俺らしくないが、声を荒らげて黙らせる。


 誰がどう考えてもアレは罠、助けに向かった所を射貫かれると見て間違いない。となればマズは潜んだ犯人を捜し出さねばならない。僅かな物音を聞き分けたい状況で私語は困る。


 ……俺だって緊張を和らげる為の軽口だとは解る、それが騎士のやり方なんだろうが今は困るのだ。


「散開して賊を探せ! 盾持ちは俺と来い、少年を解放する」


 俺の号令で騎士達が一斉に散っていく。その瞬間、だ。


「おーっと、余り勝手に動き回って貰っては困りますね」


 そう言って女神像の肩口から姿を現したのは一人の青年だった。

 その顔を見て、少なくとも騎士では無いと直感する。

 真っ当に日の当たる場所を歩いてきた人間では無いと見て解る。


 狙いは何だ? 俺の命? いや、俺の商会はユマ姫が看板になりつつある。

 今や俺を殺す意義は薄い。俺を利用するなら人質にする必要がある。そうしてユマ姫を脅すのだ。


 つまり俺が殺される可能性は低い、OK強気に行こう。


「動くなと言われて、大人しくするとでも?」

「この部屋に踏み込んだ時点であなた方の命は、もう我々の手の内にある、試してみますか?」


 どこから来る自信だ? 水攻め、火攻め? あり得ない、ハッタリだ!


「是非、頼む」


 俺の返答と同時、部屋の明かりが一斉に消えた。

 残されたのは我々のベルトにつけた魔導ランプの微かな光と……


 ……闇に浮かび上がる、無数の蛍火! クソッ!


「伏せろぉ!」


 俺が叫ぶや、パーンと乾いた音が複数。それと同時に何人もの騎士が倒れていた。

 最悪を越えた最悪! 火縄銃だ! つまり? ……奴らは帝国と通じている!


「ま、魔法の矢!」


 騎士達が狼狽える。不可視の攻撃が鉄の鎧を貫通するのだ、そう考えるのも無理は無い。

 だが、奴らが使ってるのはただの火縄銃だ、蛍火に見えた火種がその証拠。戦国時代に戦争を一変させた兵器ではあるが、全てに於いて弓に勝っていた訳じゃ無い。


「アレは銃だ! 連射は効かん! 一気に詰めて殺せ!」

「しかしっ!」


 俺は大喝するも、騎士達の足取りは重い。俺にとっては時代遅れの産物でも、彼らにとっては未知の兵器なのだ。

 悪い事に、再び乾いた音が響き、騎士が倒れる。言うまでも無くあらかじめ弾をこめてあった別の銃なのだが、騎士達は俺を疑いの目で見る。


 その事に苛立ったのは正直な所だが、スペインが南米で行った虐殺を例見るまでも無く、知らない武器を見れば人はその性能を過大評価してしまう。

 もしヤツら手にしているのが火縄銃では無くAK-47だったら? それが例え第三世界で作られた粗悪なデッドコピーであっても、ここに居る全員を瞬く間に虐殺せしめるぐらいの性能はあるだろう。


 その時は、真っ直ぐ突っ込めと命令する俺こそが間抜け。誰が騎士を責められると言うのだ。

 と、同時に歴史を見れば、このままではこのビルダール王国は骨まで帝国にしゃぶられるに違いない。二人の王子の内紛とそれに付け込む未知の兵器を持った帝国の図式は、まさにインカ帝国の崩壊を思わせる。

 どれだけの血が流れるか知れない。


「俺を信じろ、と言うか、逃げても背中から撃たれるぞ! アレは『銃』だ! ユマ姫の妹を殺した武器! つまり、カディナールは帝国と通じている。この秘密を知った俺達を、奴らが生かして帰す道理は無い!」


 俺の言葉を聞いて、騎士達の顔にやっと決死の覚悟が浮かぶ。この世界でも騎士は負けたら捕虜になってお金で解放されるのが当たり前。だからこそ劣勢の場合、決死の抵抗など行わないのだ。


 俺の一言はそんな彼らに火をつけるに十分だった。訓練された騎士達は部屋中に散開し、油断なく銃撃犯を探していく。


 俺はその様子を見て、相手が暗い中でも正確な射撃を行う理由を悟った。


「ランプを捨てろ! 的になるぞ!」


 皆がランプを外し、投げ捨てる。魔導ランプは投げられた先でも健気に光を発し続けるが広い部屋を照らしきる事は出来ず、周囲は一気に暗くなる。

 だが、こうなれば相手の位置が解るのはこちらの方だ。


「盾兵! ランプでは無い微かな光点に敵が居る、盾を構えて突っ込め! 俺の護衛は団長だけで良い」


 少々怖いが仕方が無い、余裕が無いしこれ以上の人的被害も出したくない。この決定に驚きの声を上げたのが組長だった。……いや、今更だけど勝手に心の中で組長呼びしてるだけで、普通に鎧を着込んだ騎士団長。今更だけど。


「私を評価していただけるのは嬉しいですが、正気ですかな?」

「無論」

「勝算が?」

「あいつらの本命は俺を人質に取ること、そしてあの銃にそこまでの精度は無い、誤射が怖くて俺へは撃てんでしょう」

「ほう、随分とお詳しいですな」

「ユマ姫から銃の話はみっちり聞いていますから」


 嘘だけどな! 折角ユマ姫と話せる機会に銃の話なんて誰がするんだってーの。だが、商人たるもの新兵器の情報を聞き込むのはむしろ当然、違和感は無いだろう。


「ははっ! 流石会長だ、こりゃ驚きました――なっと!」


 高笑いを上げる騎士団長。俺が内心うるせーな! と辟易し、本当にコイツ強いのか? 頼って大丈夫なのか? と疑問に思った時だった。


 が襲ってきた。


 刹那、騎士団長はギュルリと音がしそうな勢いで翻り、引き絞られた膂力に遠心力が乗り、振るう剣からはゴゥっと風斬り音が鳴った。


 続いてギンッと金属が弾ける音、弾かれたのはボウガンのボルトだ!


「残念ながら、会長を狙う方策はあるようですぞ?」

「らしいな」


 すまし顔で応えた俺だが、内心はバクバクだ。

 こえぇぇぇ! なんで? なんで見えたの? この世界の騎士、ヤベェな!


 そして、ヤバいのは暗殺者もだ。

 暗い中では火縄銃の火種が目立つ。ドコから狙っているか丸見え。

 だから相手がわざわざ明かりを消すのが間尺に合わなかったが、コチラのランプを的にするためと、内通の証拠たる銃の姿を見せないためか……と素直に考えてしまっていた。


 火縄銃オンリーに見せ掛け、本命のボウガンから目を逸らす策でもあったとは恐れ入る。


 だがボウガンも装填に時間が掛かる武器だと言うのは変わりが無い、これで時間が稼げた……と思ったのもつかの間、襲撃者は一息に斬りかかってきた。


 ――ギィィン!


 ココでも団長が寸での所で、その一撃を受け止める。

 むしろ、受け止めてから攻撃を知覚した。


「ぐぬっ、コイツやる!」


 薄暗い部屋の中、団長と交わす剣戟の火花で黒衣に身を固めた人物が浮かび上がる。


 足取りは軽やかで気配が無い。騎士団長の苦悶の叫びが無くとも、異常なレベルの達人であることは武術の心得の無い俺でも解る。

 突く、払う、斬る。騎士団長の攻撃が次々いなされ、躱される。力ではなく技で騎士団長を圧倒して見せている。


 高速バトルに素人の俺が出る幕は無い……が、のんびり見ていられる程、相手は甘く無いらしい。


「武器を捨てろぉ! コイツを殺すぞ!」


 響いた叫び声は先ほどの青年から、女神像を見上げれば青年の手には蛍火が灯り、その銃口は吊されたフィーゴ少年へと向けられていた。

 なるほどね。確かにその距離なら外さない。しかし、ココへ来て人質を使うか……、想定外ですって言ってる様な物だぜ? 使う気なら初めから使えば良かっただろう?


 銃の威力を目の当たりにすれば俺が戦意を失うとでも思っていたか?

 そしてまさか、その程度の高所に陣取っただけで、自分が安全だと勘違いしてるんじゃないだろうな?


「その武器は帝国からだな?」

「ハッ! 随分と余裕だな! ココからお前を打ち抜く事もワケ無いんだぜ?」


 女神像の上で、不気味な男が笑った。

 そして……俺も笑った。


「そうか、奇遇だな」

「なに?」

、だ!」


 パーンと乾いた音。だが硝煙が上がったのは俺の手元。俺が懐から取り出したのは部屋に入る前、弾を込め、準備を終えた銃だった。

 放たれた銃弾は青年の肩口に命中、「ぐあっ」っと汚い悲鳴を上げ女神像からずり落ちた。

 期待以上の成果に笑みが漏れる。


「お前らと違って、俺の手作りだからな、精度が違ぇよ」


 アイツらが持っている火縄銃とはまるで違う。

 まずはサイズ、大型拳銃程度へ小型化に成功している。

 精度は段違い。武器ではコチラの完全勝利。


 だが、喜んでいられたのも、後ろから澄んだ女性の声が聞こえるまでだった。


「いい物を持ってるのね、羨ましいわ」

「プレゼントには向かないけどな」

「そんな事無いわ、私、メロメロよ」


 まさか、と思った。しかしこの声はハッキリ聞いたことがある。振り返ればアレほど強かった団長が、既に物言わぬ骸と化していた。

 残りの騎士は突っ込ませたまま、俺を守る人間はもう居ない。この身を守るのはこの銃だけだ。

 俺はゆっくりと銃口を、その女性に向ける。


「婚約は破棄され、もうカディナールとは切れたと思っていたけどな、シャルティア様!」

「そんな物をレディに向けるのは無粋じゃ無い?」


 辺りを闇が覆い、黒衣に身を包んだ体はシルエットしか見えない。それでも何時かのパーティーで聞いた特徴的な艶のある声。間違いなくシャルティア嬢だ。

 ユマ様の言葉とは言え、コレばっかりは根っから信じ切れて居なかった。貴族のお嬢様が殺し屋と言う空前絶後のファンタジー。


「自信満々に構えてるけど、さっき言ってたわよね? 銃は連射出来ないって」

「俺のは特別製でね、試してみるか?」


 俺の言葉に黒ずくめのシルエットは少し逡巡しゅんじゅんを見せた。……が、結局は好奇心が抑えられないと言った風情で、先ほどのお返しとばかりにニヤリと笑った。


「是非、頼むわ」


 じゃあ遠慮無く、と俺はトリガーを引く。乾いた音と同時、キンッと高い金属音。舞い上がった火花は瞬間、シャルティア嬢の顔を映す。

 しかしそれもすぐに闇と硝煙に紛れて消えた。

 嘘だろ? 弾きやがった!! この距離だぞ? バケモノか!?

 俺の焦りをあざ笑うかの様に、闇の中から楽しげな声が響く。


「本当に連射出来るのね? 何発? どうやって発火してるの?」


 六発だ! コレはパーカッション式リボルバー。発火方式こそ雷管を使うが、前装式なのは火縄銃と一緒。打ち切ってしまえば装填には火薬を込めてギュッギュッと押し込む必要がある。事実上リロードは不可能と思って良い。

 雷管は着火の魔道具の代わりにと前から開発していたが、薬莢を作成するのはどうにも間に合わなかった。

 この世界、そもそも火薬が無かった。し尿から地道に火薬を生成するのは非常に手間だ。

 かといって科学的に化石燃料から窒素を固定するには知識がまるで足りていない。

 大して量産できないならば、薬莢なんてクソ面倒なモノを作る気はしなかった。銃や火薬より、薬莢の作成はよほど面倒。面倒な癖に消耗品だ。やってられない。


 蒸気機関や電気など、他に発明したい物は山ほどあると、武器を後回しにしてきたツケが回ってきていた。


 ツケが回ってくるならば、口を回して時間を稼ぐしかないだろう?


「どうだかな? 幾らでも撃てるかもしれんぞ? 試してみるか?」

「ふふっ益々あなたが欲しくなったわ」


 声のする方、俺はトリガーを引く、しかし当たらない。薄暗い中動き回られては当てるのは難しい。騎士達の手前、俺もランプを外してしまったが失敗だった。

 俺は置き去りにしたランプへ飛びつき、暗闇へかざす。


「?」


 しかし闇は晴れない。それどころか、そこにはより深い闇がたゆたっていた。


 ――煙幕ッ!


 混乱したのは一瞬、暗闇の中で煙幕を使う非常識に我を忘れた。逃がしたくないハズのターゲットたる俺に、煙幕を使ってみせる意味が解らないからだ。

 そんな物を撒いてしまえば、フクロウだって闇の中を見通せない、逃げて下さいと言っている様なモノ。

 人質がいるから俺が退かないとでも思っているのか? そこまで甘く無いぞ? ここまでイレギュラーが重なり、帝国との内通の確証まで得られた。ひとまず逃げる事に是非は無い。

 悪いが少年の命はソコまで重くない。


 視界ゼロの空間を、サーベルを白杖代わりにしてゆっくりと進む。


「アラ? どこへ行くの? 遊びましょう?」


 声が聞こえたのは耳元。視界ゼロの世界で相手は正確に俺の腕を取り、地面へと引き倒された。


「ぐあっ!」


 腕を捻られ、俺は銃もサーベルも取り落とす。

 何故だ? 何故この暗闇で正確に動ける?


「ふふえるのよ、生憎ね」


 クソッ! 敵の過小評価が過ぎたか? シャルティアが途轍もない使い手と言われても、信用仕切れなかった俺のミスだ。


 思うのはシャルティアの危険性を訴え続けたユマ姫の事。あの姫には、いやこのシャルティア嬢にも、俺には視えていないが視えている。


 初めは赤外線感知サーモグラフィー暗視装置ナイトビジョンにあたる魔道具を疑ったが、ゴーグルなどは付けていない。


 ファンタジーへの敗北、俺はこの世界を舐め過ぎていた。


「面倒だから、肩を外させて貰うわ」

「グッ、ガァッ!」


 激痛、そして両腕の感覚が失われる。

 女性らしからぬ力。力だけではない、その技術も俺の常識の外。簡単な動きで俺の関節を外してみせた。

 コレで俺の生命線の『器用さ』が失われた。チェックメイトなのか?


「ウィルター生きてる? コイツを運ぶわよ」

「ぎょ、御意」


 シャルティアに呼ばれて、ふらつきながら女神像の後ろから出て来たのは先ほどの青年だった。

 畜生! あの高さから落ちて生きていたか……肩の傷は右手を奪った程度。

 幸いだったのは青年にはこの暗闇の中、何も見えて居ないと言うこと。よろよろとした足取りで、声の進む方へと歩いてきた。暗殺団に伝わる特殊技能では無さそうだ、恐らくはシャルティアの唯一技能ユニークスキル

 俺はウィルターと呼ばれた青年に刃を突きつけられ、ヨタヨタと歩かされる。


「キリキリ歩け! 墳墓を抜ける」

「無駄だ! 出口には十人以上の騎士を残している」

「フン、出口はひとつじゃ無い。ここは無数の地下通路と通じている」


 噂は有った。曰くこの墳墓は王城から地下道で繋がっている。曰く地下には初代王の残した財宝が埋まっている。

 なんにしろ王族にしか知らされていない道だが、カディナール王子は当然知っているだろう。

 もうダメか? 何か、何か手は残っていないのか? 俺はファンタジーに屈してしまうのか?

 焦る俺に、しかし現れた救いの手もまた、この上なくファンタジーな一撃だった。


「来たわ! ウィルター! 避けなさいッ!」


 シャルティアの絶叫。あまりに突然で脈絡がなかった。

 俺に刃を突きつける青年も『意味が解らない』とばかり「えっ?」と間の抜けた声を上げるのみ。


 ……そして、それが最後の言葉となった。


 ――バチュン


 肩を掠めた衝撃の後、後ろから粘度の高い泥が弾ける音がした。振り向けば煙幕の中でも解る至近距離。青年には『頭』が無かった。

 力を無くした体が、グラリと俺の背にもたれ掛かり、粘度の高い液体をまき散らしながら倒れると、グチャリと湿った音を立てる。


「ウィルター! ……そう、やっぱりあなたもえるのね」


 シャルティアの呟きが聞こえた。その声は、俺では見通せぬ煙幕の向こうへと向けたもの。

 つまりこの一撃の主も煙幕の向こう、不可視の闇を切り裂いて寸分違わぬ遠距離攻撃を仕掛けた事になる。


 こんな攻撃が出来る人間が他に居るハズもない。



 ユマ姫だ!



 彼女がココに来た! 来てしまった……

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