悪役令嬢と婚約破棄

 国王の葬儀は盛大に行われた。


 大量の花に囲まれた遺体にお別れを告げると、馬車に乗った俺達は棺桶と共に王都のメインストリートを進む。


 このまま棺桶は市街を抜け、郊外にある墳墓に向かうスケジュール。

 国民に向けた最後のお別れ会であった。


 熱狂的な歓声こそ無いものの、俺が王都にやって来た時以上に人々が通りに溢れ、しかし誰もが静かに黙祷を捧げていた。

 王都はこれから五日間喪に服す。全ての商店は営業時間を短縮し、派手な看板も引っ込めるし、喪服の着用が義務となる。

 この世界でも喪服は黒い。鏡で確認すれば俺の銀の髪は黒に映えて美しく、幸薄そう(実際に薄い訳だが)な雰囲気は喪服と非常にマッチしていた。

 だが、流石にそれを褒めてくれる人は居ない。馬車の中、隣に座る未来の旦那様は先ほどからだんまりだ。


 なんだかんだ、実の父親の死がショックなのだろう。

 そう言えば、俺は死んだビルダール国王の事を何も知らない。顔を見るのもさっきのが最初で最後になってしまった。


「あの、国王様がどんな方だったのか教えてくれませんか?」


 悲しみは共有した方が救われる。

 思えば俺は自分の不幸ばかりを高らかにアピールしてきたが、他人の不幸にはまるで頓着しなかった。

 正直、自分以外の人間に興味が無かったからだが、未来の旦那様の悲しみぐらいは共有してやっても罰は当たらないだろう。


 ……そう思ったのだが。


「いや、考えて居たのは親父の事じゃないんだ……いや、親父の事でもあるのだが。どうにもきな臭い動きがある」


 沈んだ声でボルドー王子の語る所は驚きの報告だった。


「シャルティアが婚約破棄された?」

「ああ、この時期にだ。どう思う?」


 ……どうって、全く意味が解らない。

 言われてみれば、今日のカディナールは一人で参列していた。周りが気を使ったのか俺達とは大分距離が取られていたので、その表情までは窺えなかったが、特におかしい様子は無かったはずだ。

 まさかカディナール王子はシャルティアこそが暗殺組織の主力だと知らないのか? いや、だとしてもダックラム公を怒らせる愚を犯すだろうか?


 カディナールは支持基盤として多くの利権や商人を抱えているが、それを纏めているのはダックラム公の「暴」ヤクザの力だ。


 ハッキリ言うと『裏切ったら殺すぞ』と言うプレッシャーが組織を纏めていると言って良い。

 実際、最近はカディナール派の有力者が続々と不審な死を遂げたり、行方不明になったりしている。


 ボルドー王子だって今までは、敢えて地味な出で立ちで目立たないよう振る舞ったり、利権の一部をカディナール王子に譲ったり、ひたすらに引き籠もっていたのは暗殺を恐れての事。

 その裏でボルドー王子は暗殺と言う暴の力に対抗するため、軍と言う武の力に目をつけ、少しずつ軍部にパイプを作っていた。


 そこに俺の登場、民衆の支持と軍部への更なる影響力の増加を果たし、婚約披露宴ではカディナール王子を罠に嵌める事に成功した。


 至ってついに盤面は五分五分に、そこへ国王崩御の報せ。


 誰がどう考えてもここからがお互いの力の見せ所、この場面でダックラムの暴を手放す理由は全く見当たらない。


「理由は? 何だと言われているのです?」

「表向きは、シャルティアがユマ姫を中傷する妄言をまき散らした事だと発表されているが……」

「それって! ひょっとして自分が恥を掻かされたから?」

「全くあり得ない話じゃない、アイツはプライドが高い。衆人環視の場で、あの失態は耐え難い物だったに違いない。加えて死苔茸チリアムの解毒は不可能と言うのが定説だしな、襲撃自体が功を焦ったシャルティアの嘘と断じられたのかもしれん」


 シャルティアがボルドー王子に打ち込んだ矢には、致死毒が塗られていた。

 俺の魔法が無ければ間違いなく死んで居たハズだし、嘘の報告と判断されてもおかしくは……いや?


 俺の疑問が伝わったのかボルドー王子は続ける。


「あり得なくは無いが、それでもやっぱりオカシイだろう? 恥を掻いたのはシャルティアも同じだ。嘘の報告をする意味が無いし、君が魔法で治した上で、俺達に嵌められたと考える方が筋が通る。その位はカディナールの奴だって解らないハズが無い、たとえ我慢ならぬほど怒ったとしても、婚約破棄なんて軽挙、側近が止めるハズだ」


 そう、カディナールは邪悪だが馬鹿じゃ無い。国を傾けそうなクソ馬鹿は、流石に次期王の神輿に担げないからだ。


「そして、即座にカディナールの新しい婚約者が発表された」

「急ですね、相手はどなたです?」


 驚いた一方納得もした、相手がシャルティア以上にメリットがある相手なら鞍替えする可能性もなくは無い。

 ……いや? そんな相手居るのか? 他の公爵家? いや今のカディナールに必要なのは金でも権力でもなく、ダックラム公に代わる暴力の象徴だ。


「その相手がまた謎なんだ、トリアン男爵の娘、ルージュ・トリアン。占いが得意な娘として名が売れてきている。しかし、それだけだ、身分も前代未聞と言えるほど低く、ハッキリ言って何の力も無い」

「……不気味ですね」

「いや、追い詰められたカディナールが占いに傾倒しても不思議じゃない。現にルージュの占いを酷く気にしている風だと報告が上がっている」


 婚約発表の時に見せた狼狽具合では、占いに頼ってしまうのもあり得るか?

 普通、敵が占いに頼ると言うのはラッキーな事だろう。追い詰められた証でもあるし、神に祈り、不確定要素に身を任せるのは、勝負を投げたも同然だからだ。


 だが俺の場合は違う。『偶然』が牙を剥き、ぶん投げた盤面が俺の顔面に突き刺さる。

 顔を険しくする俺の頭に、ボルドー王子がポンッと手を置いた。


「そう深く考えるな、何があっても守ってやるさ。最悪、国をひっくり返す事になってもだ」

「それは……クーデター、ですか」

「そうだ」


 軍部を押さえている以上、そのカードはある。だがそれは最後の手段でなくてはならないだろう。

 コイツは俺の為にそのカードを切る覚悟があるらしい。


 俺の頭を撫でる王子のゴツイ手が、意外にも嫌では無かった。打算の上での婚約なのだが、俺にとって王子が絶対に恋愛対象にならない、と言い切れるだろうか?

 多くの人格が混じり合い、俺の感情は俺自身ですら良く解らなくなっている。

 そんな複雑な気持ちを振り切るように、俺は戦いの覚悟を決める。


「喪が明けたら、ついに戦いが始まるのですね……」

「いや、喪が明けぬ内から水面下で有力貴族の引っ張り合いが始まるだろう。やり切れぬ思いもあるが仕方が無い、こっちだって既にルージュの事をガルダに探らせている最中だ」

「因果な物ですね」

「そうだな……」


 元々甘いロマンス無しでの婚約だったが、いよいよ血生臭くなってきた。

 こっからの王都はどこからでも死亡フラグがぶっ飛んで来かねない、魔窟となるだろう。

 そんな俺の恐怖が顔に出ていたのか、頭を撫でるのを止めた王子は緊張で震える俺の肩に手を回し、グイッっと体ごと引き寄せた。


「大丈夫だと言っているだろう? だが攻められるのが性に合わないのは俺も同じだ。いっそ釣り出すか?」

「釣り出す?」

「そうだ、婚約旅行。丁度、俺の母、キュリアナに顔を見せに、ヴィットリア領まで行く必要があるだろう?」


 確かに俺はボルドー王子の母親に挨拶もしていない。ボルドー王子の母はカディナール王子の母親である第一王妃に苛められ、王都に住んでいないからだ。あと、元々庭いじりが好きとか余り王妃らしくない趣味のお陰もあるらしい。

 精々二日程度の距離なので、葬儀には来るかと思ったが。間に合わないからと、断ったというのだ。


 いや? 良く考えたら死を知った時には既に二日経ってるって事だもんな、そっから準備してーって、全く間に合わんわ。どうにも地球の情報伝達スピードを基準に考えてしまう癖が抜けないね。


 そもそも、今回の葬儀は死体が腐る前に棺に入れて、埋葬するだけの物。

 本当の葬儀は次期王の最初の仕事として、音頭を取って盛大に行うのだそうだ。そちらには王妃は勿論、国中の貴族が王都にやって来るのだと言う。


「ですが、王が死んだ以上、婚約旅行は中止でしょう?」

「華々しいパレードは無理だが親父の死を含め、母に報告すべき事はむしろ増えている。喪に服すのが五日と言うのも往復するには丁度良い」

「そこで警備を手薄に見せ掛けて、暗殺者を釣り出すつもりですか? 流石に危険過ぎないでしょうか?」

「君はシャルティア以外の暗殺者ならどうとでも対処出来ると言っていただろう? 彼女が王都を離れる様なら釣り出しを中止すれば良い。王都で襲われるのを待つより余程安全だ。違うか?」

「…………」


 一理ある。暗殺者なんて大体は殺し殺され、何時死んでもおかしくない運命力が弱い存在だ。

 シャルティアみたいな特異点の存在が絡まぬ状況で、間引き出来るチャンスは見逃すべきでは無いかも知れない。


「そうですね、旅行、行きましょう」

「よし、そう来なくちゃな」


 ……なんでコイツちょっと嬉しそうなんだ? ボルドー王子は俺をよくが掻き立てられる、か弱い少女と認識してただけなんじゃ? もしくはあくまでビジネスパートナーとしての関係だったハズ。

 なのに王子は俺の肩に乗せていた手を首筋、そして顎へと移した。

 すると俺は顔の向きを固定され、ボルドー王子と至近で向き合う羽目になる。


「大丈夫、俺を信じてくれないか?」

「……え、ええ」


 顔が近い! コレは!? キスする流れじゃねーか!


 いや? 婚約したんだし、それは良いんだよ? 良いんだけどさ! ビックリしたからってオルティナ姫とかが引っ込んで『高橋敬一』の精神を表に出してくるの止めて頂けませんか? キッツイってのマジ!


 とは言え……だ、王子との今後の関係を考えれば恥は掻かせられまい。俺は覚悟を決めてギュッと目を瞑る。


 ……しかし、唇には何の感触もやって来なかった。俺は恐る恐る目を開ける。


「……無理をしているな、そんなに思い詰める事は無いさ、ゆっくりで良い。いつかは俺を受け入れてくれよ、君は俺の婚約者なのだから」


 そう言って、優しい手つきで王子は俺の髪をかき分けた。

 そんな王子を見上げる俺の顔は熱かった。きっと真っ赤になっている事だろう。


 何が恥ずかしかったのか自分でも良く解らない。からかわれたと感じた事か、自分だけ思い詰めてしまった事か、あるいは君は俺のだと語る王子の仕草か。


「もう! いじわるしないで下さい」


 いっそ、なるたけ可愛らしく振る舞っておこうと、いじらしい反抗をしてみたが、当然に悪手だった。


「そうか? だったら今からでもやり直すか?」


 そう言ってこの男、再び肩を抱いてくる。


「あ、あぅ……」

「冗談さ、今はまだ……な」


 真っ赤になって照れる俺に、王子はおどけた様な笑いを返す。


 クソッ、本気で遊ばれてんな。

 素に近いリアクションとは言え、自分でも可愛いと思うので王子の好感度は爆上がりだろう。それは良い。

 だけど、なにがアレって『高橋敬一』の部分も女の子化してきてる感じがヤバい。


 いや、ヤバくないのか? むしろその方が自然で利点が多いか、いや、でも、うーん。

 自分でも何が嫌なんだか解らないが、なんとなく嫌だった。



 気が付けば馬車は王都をとっくに抜け、郊外にある巨大な王族専用の墳墓に辿り着いていた。


「大きいですね」

「ああ、歴代の王族が眠る場所だ、オルティナ姫は罪人として処理されてしまったのでココに死体は無いがな」

かいそうは行わなかったのですか?」

「肝心の死体が見つからなかったそうだ」

「そうですか……」


 なんとも世知辛いもんだ、オルティナ姫の記憶がうずく気がする。

 一方で俺は、お墓特有のせいひつな雰囲気に圧倒されていた。豪華絢爛とは言えないが、とにかくデカい。歴史のある彫刻や石版がゴロゴロしていて、一言で言うと遺跡系のダンジョンっぽい。

 棺を先頭に、そんな通路を誰もが無言でしずしずと進んでいく。

 通路の左右を覗けば、いまだ主の定まらぬ部屋が数多く存在していた。


「……ここに収まるのは大分後にしたいもんだ」

「同感ですね、と言っても私はそもそも結婚までこぎつけなくては、王子とココに入る事も出来ませんが」


 小声でこぼした独り言に、返ってきた俺の言葉が意外だったと言わんばかりに、王子は目を丸くした。


「へぇ、一緒に墓に入ってくれる気はあるんだな?」

「それは、当然でしょう?」

「どうかな? いつかふらりと消えちまうんじゃないかって、結構不安なんだぜ?」

「そんな、事は……」


 あるかも知れない。

 いつかそれこそ俺へと目がけて隕石が落ちまくる程に『偶然』が暴走したら、俺は一人帝国を目指して旅立つだろう。


「なにか心残りが有るんじゃないかってな、それが死んだタナカって男か、商人のキィムラの野郎の事か、間男に奪われるんじゃないかって、俺は不安で押しつぶされちまう」

「いえ、そんな! 違います!」


 そんな恋愛的な事情じゃ無い、特にその二人にだけは、そう言う感情はあり得ない。

 そして、思わず上げてしまった大声で、俺達は神父から厳重注意を受けてしまうのだった。



「こっぴどく怒られたな」

「もう!」


 結局朝一番で始まった葬儀は昼過ぎで終わった。途中ハプニングは有ったが、埋葬もつつがなく終了し、墳墓の前で解散となる。

 後は各自の自宅に戻って急いで旅行の準備だ。


「送っていこうか?」

「いえ、馬車を用意してますので」


 王子の提案を丁重にお断りする、つれない様だが、なんせ王子の馬車は揺れるのだ。

 いや誤解しないで欲しいのだが王族の使う馬車の性能は悪くない、それどころか王都に来るまで乗って来たネルダリア領の馬車よりもよっぽど立派だ。


「そうか、キィムラ商会の馬車は揺れが少ないと聞く、今度は俺も乗せて貰うとしよう」

「…………」


 そう、木村の作った馬車は更に、圧倒的に揺れが少なく快適なのだ。

 多分サスペンションの機構がまるごと違うに違いない。ひょっとしたらタイヤまで違う可能性がある。

 しかし、断られた王子はなんだか寂しそうだった。まるで俺がボルドー王子より木村の奴を選んだみたいに感じたのかも知れない。


 いや、そんな斜め上の嫉妬されても困るんだが……


「姫様ぁー準備出来ましたよー」


 迎えに来たネルネに連れられ、収まった馬車の中、俺は木村や田中の事を考える。

 アイツらは好きは、好きだが、それは決して恋愛じゃない。一般的に恋愛感情と言うものは友情よりも強いのだろうが、それでも、あの友情を上書きしたくはないのだ。


 そうか……俺は自分が、『高橋敬一』の部分だけは男で居ないと、アイツらと友達でなくなってしまいそうな気がして、それが嫌だったのだ。


 そんな事を思いながら、俺は帰路につくのだった。

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