舞台の上で2
さて、午後の部の幕が開く。
午後はイライザさんが主演、俺は舞台袖で待機。出番は最後にちょっとだけ……のハズが、急遽鏡に映った本当の姿としてチョイチョイ登場することになってしまった。
シナリオ的に、エルフの村では自分が王女で有るとアピールする必要があり本当の姿を見せる必要があるのが一つ。
もう一つは、俺を見たがる観客が多すぎて、演技もセリフも不要だから出て欲しいと言われたのだ。
だからと言って、いきなり出番を作るとはよく考えた物だ。どうせアイツのアイデアだろう?
解っちゃ居るが、俺は答え合わせのつもりでシノニムさんに尋ねた。
「呆れた発想ですね。キィムラ男爵のアイデアでしょう?」
「その様です、咄嗟に二つの劇を混ぜてしまう発想もそうですが、大胆不敵と言うべきでしょう」
シノニムさんもため息を漏らす。ルイーンの宝飾は違う劇のキーアイテムで、登場の予定は無かったのだから、確かに恐ろしい度胸と思いつきだ。
「このアイデアの肝はそれだけじゃないですよ」
「キィムラ男爵!」
いつの間にか木村の奴が後ろから現れた。ビックリするから辞めて欲しい。
「まず、途中で役者を切り替える事で、この劇の泣き所。一人の女優に掛かる負担が大きいと言う問題を潰せます」
「確かにそうですね」
自分で演じて解ったが、演劇は声を張って、身振り手振りも大きくして、後ろの席まで楽しませなくてはならない。案外に体力を消耗するのだ。
だがシノニムさんは別の利点を指摘する。
「それだけじゃないでしょう、覚えるセリフも半分に減るのです、それに前半と後半で登場人物が全て異なるから別々に練習することも出来る。違いますか?」
「その通り、主演女優の負担や仕上がりから隔日公演にせざるを得ないと思っていましたが、上手くすれば毎日公演にすることが出来る」
木村は嬉しそうだ、しかしそんな事をすれば、ルイーンの宝飾のための用意は無駄になってしまわないか?
あ、そうか。
「しかも、用意したルイーンの宝飾のイミテーションは無駄にならず、それどころか売り上げを伸ばせると」
「その通り、被害は少なく利が多い選択を取る。商人の基本ですな」
勝ち誇った木村の顔が憎らしいやら。ま、いいけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
始まった舞台の上、俺の出番は早々に現れた。
「嘘だ! 俺はユマ姫様を見たことあるが、似ても似つかぬ姿だったぞ!」
「そうだ! そうだ!」
「もっとマシな嘘をつくんだな!」
場面はエルフの村。イライザさんが村人達に自分がユマ姫だと宣言するが信用されないと言うシーン。
ルイーンの宝飾は一生に一度しか使えないと言う設定にして、鏡に映る本当の姿で自分を証明すると言う筋書きだ。
舞台の上で、付け耳を付けた村人役の人達がざわめくと、主演のイライザさんは観客に背を向け、鏡に見立てた木枠の前に移動する。
壁の裏で待機していた俺は、それに合わせて壁に開けられた木枠から舞台に向けて姿を覗かせた。
「おおおおぉぉぉ」
湧き上がる観客。どうにも俺は今回の騒動で、また人気を上げてしまったようだ。
元々俺の派閥の集会だから反応が良いのは当たり前とも言えるが、それにしたって熱気がある。
俺の人気が上がれば、それだけ俺の寿命が延びる事になる。同時に帝国への復讐も近づくとなれば、満面の笑顔も出ようと言う物。
そんな俺へ、向かい合うイライザさんも笑みを浮かべる。
「流石! 笑顔一つで場を支配しましたね」
観客に背を向けてるから見えないとは言え、話し掛けてくるイライザさんは大胆だ。
彼女は俺の演技に感銘を覚えたとは聞いていたが、完全に俺を信用している様で、先程ちょっとだけ打ち合わせした時も色々付け足そうと画策してきた。
変に期待されてしまっている。
……まんま真似しただけで、俺は演技に自信など無いのだが。
「合図をしたら反時計回りで回転してください」
「ハイ」
「さん、に、いち!」
イライザさんがくるりと反転して観客側に向き直る。俺も同時に反転して客席に背を向ける。
「私はこの秘宝で姿を変じています、鏡に映るこの姿こそが本当の私です!」
イライザさんが声高に宣言するが、舞台に背を向けた俺はにわかに緊張していた。
鏡として向かい合わせた役者同士がピッタリと演技をシンクロさせる。ルイーンの宝飾ではおなじみの演技だが、息を合わせるのは当然難しい。
開幕前の数分で突然、イライザさんにやろうと言われて、やることになってしまったのだ。
彼女としては、自分とそっくりの演技を披露する俺を見てこの程度余裕と思ったんだろう。
中でも背中合わせで演技をシンクロさせるのが最も難しい。しかし一度見せて貰ったら参照権でタイミングは何とかなる。
「なんと!」
「どれどれ!」
村人が寄ってきて鏡を確認、そこで再びターンしてイライザさんと向き合った。
「おおぉ、本当だ!」
村人役が喝采を上げるが、声とは裏腹に顔は引きつっている。俺が鏡の演技をするなど他の役者は聞いていないみたいだ、一方でイライザさんはウキウキと話し掛けてくる。
「本当に凄い方! こんなに凄い方を演じるのだと解っていれば。あのハゲの脅しなんて屈しなかったのに!」
恋人<<<俺になってしまったのだろうか? だとしたら怖い。
が、もう一つ気になることが。
「ハゲ……ですか? あの貴族のお爺さんですよね? 髪はフサフサだったと思いますが?」
至近距離でイライザさんと向かい合う場面、コレなら俺の姿は観客から見えないし、ごく小声なら話しても問題ない。
「ああ、アレはどう見てもカツラですわ。職業柄、カツラには詳しいんです」
なるほど、それは良いことを聞いた。
あの爺さんはいまだに劇を鑑賞している。第二王子が劇が終わり次第話を聞きたいと伝えたらしく、出ようにも出られない状況だ。
爺さんとしては今、生きた心地がしないだろう。
だがそれでも庶民を一人監禁しただけなので、大した罪には問えない可能性が高いらしく、俺としては面白く無かった。
そこへ来て、この情報はお楽しみが増えたと、俺は一人ほくそ笑むのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後の舞台は順調に進行。グプロス卿の屋敷でも、俺は再び鏡の演技をしたりしたがコレは顔見せ程度。
本当の姿を見られちゃ行けないのに! と観客ばかりがヒヤヒヤすると言う筋書きだ。
そして、いよいよ田中が死ぬシーン。霧の中、逃げるイライザさんが帝国兵に崖際へと追い詰められる。
その時、イライザさんが胸に付けたルイーンの宝飾を外すと、素早く田中役の男性と入れ替わる、その後は田中役の男優と帝国兵で斬った張ったの大立ち回りだ。
派手な殺陣は見応え十分で観客もヒートアップ。
しかし最後には敵と道連れに崖の下へ落ちていって舞台は暗転。
――で、俺の登場だ。舞台に出るや観客は盛り上がるが、すぐに田中の死体を前に泣きじゃくるシーンで一気に湿っぽくなる。
「タナカ! タナカァァ!」
実際泣けてくるのは、思い出して悲しいのも有るが、木村が見てる事への恥ずかしさだ。
特にネルダリア領主オーズドのお屋敷で、田中のメガネの残骸をギュッと胸に抱いて眠るシーンとか、正体が知られたら自殺物の恥ずかしさだろう。
それはまぁ良いとして。いよいよお楽しみはラストシーン
オーズドの屋敷を抜け出し、スフィールに向かった俺がグプロス卿の馬車の前に仁王立ちするシーンだ。
――ま、脚色だな。
グプロス卿を逃すまじと、俺は堂々と馬車の前に陣取った。
それでいいじゃ無いか?
かといって、実際に舞台上に馬車を乗せるワケには行かない。
だから、馬車の影絵がどんどんと大きくなっていく演出だ。
巨大な馬車の影の真ん前に、堂々と俺が立ち塞がる。
「グプロス卿! あなたはやり過ぎました。受けなさい! 神の裁きを!」
舞台の上、かっこいいポーズで叫ぶ。俺の魔法は強力だけど神が許した外道にしか発動しませんよと言う体で行くのだ。
俺の魔法が弱いって思われても権威が無いし、強いなら一人で戦えと思われるとマズイので、酷い制限がありますよと言う設定で押し通すのだ。
俺の叫びと共に舞台の明かりは消え、代わりに特殊な魔道具の強烈な光が瞬き、舞台裏で金属をひっくり返した大きな音を立てる。
今回はそれに加えて、俺は皆に内緒で魔法を使って強烈な音と光を足してやる。
――ドガァァァァ
爆音、そして閃光。
ちょっと盛りすぎた! ほとんどスタングレネードの魔法と同じ規模になってしまった。
客席からはご婦人方の悲鳴や金切り声が聞こえる気がするが、耳が馬鹿になってて良く解らない。
この隙に運命視で貴族の爺を確認。頭へめがけて風の魔法を強めにホイッ!
――やったか?
目を開けると、馬車が壊れた事を表す車輪が、舞台の上にゴロゴロと。
実際に馬車を転がす訳にも行かないので小道具である。本来はこれを合図に舞台袖を指さしグプロス討伐を宣言するのだが。
「見なさい! 悪は討たれました。正義は成されたのです!」
俺が指さすは観客席! それも貴族の爺さんの頭頂部。きらめくハゲ頭。
「どんなに隠しても、悪事は露見します。神の目は欺けません、必ず天罰が下ります」
違う物が露見してる事に気が付いた観客が、ドッと湧き上がる。
顔を真っ赤にして悔しがる爺さんに胸がすく思いだ。
「帝国の脅威は迫っています、皆さん! 共に立ち向かいましょう!」
そう宣言して、舞台は終わる。のだが。見苦しく暴れ出した爺さんが取り押さえられたりして大騒ぎだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なぜあんなことをしたんですか!」
そして、もう一人大騒ぎしているのはシノニムさん、怒られるのは想定内だが、想定外の事態が一つ。
「スイマセン。反省しています」
「……やけに、素直ですね」
俺は心底自分の行いに後悔していた。
……失敗した。やり過ぎた、きっと目立ち過ぎたか反感を買いすぎた。
オルティナ姫の能力で幻視すると、俺の天命は大きく減衰していたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます