スフィールを散策

「ふぁぁぁ~~」


 久しぶりにまともなベッドで寝た気がする。


 道すがら幾つかの村にも寄ったのだが、これほどのベッドは無かった。流石大都市と言う所か。


 ま、お姫様だった頃はもっと豪華なベッドで日常的に寝ていた訳だが、そんな記憶は捨てた方が良いだろう。


 ベッドから這い出すと、例の豪華なティアラで日課の健康値チェック。


 健康値:29

 魔力値:312


 ん? 下がってる?


 昨日はアレだけ寝たから少なくても30後半はあると思ったんだが、思ったよりも疲れが溜まっているのかな?

 それとも二度寝が良く無かったか? 夕飯時に起きてご飯食べて体拭いて、またすぐ寝ちゃったからなぁ。


 釈然としない思いを抱きながらも、パジャマから着替えてブーツの紐を結ぶ。髪が長いので梳くだけでも時間が掛かるが、お姫様感を出すにはバッサリショートヘアにしてしまうってのは無いだろう。


 成人した以上、本当はもっと化粧なりをした方が良いのだろうが、やり方も解らないし下手に弄らない方が良い。


 正直な所、顔に色々塗りたくるのが嫌いなんだよなぁ……


 一階に降りて食堂の椅子に座り、朝食を注文した所で田中の方も現れた。


「おはよっさん」


 挨拶と共に向かいに座る。


「おはようございます、昨日は飲んで来たのですか?」


「まぁな、つっても情報収集がメインだな」


「何かありましたか?」


「あー帝国の動きだな、どうにも慌ただしいみたいだ」


「慌ただしい?」


「エルフの王国を制圧したってのは噂として出回り始めている。でもよ勝った割には実入りが無かったって話だ」


 案の定か……殺され損。

 そう思うと何とも居た堪れない。


 目を瞑ってフーッと息を一つ、どうにか心を落ち着ける。


「でしょうね」


「どういうこった?」


 俺は片目だけで田中を見やる。


「森の中、金鉱が有る訳でも無し、魔獣はうじゃうじゃ、極め付けなのは人が住めない土地だと言う事です」


「魔力を消す兵器が有るんだろ? どうにかなるんじゃないか?」


「どんな魔道具かは知りませんが、ノーコストと言う事は無いでしょう、大変な量の魔石を消費するのでは?」


「だったら、国中の魔石をかき集めるとかか?」


「それこそ、コストに見合わないのでは?」


 コスト、そう聞いて田中はハッと思い出したように袋なかの魔石を取り出した。


「コレだよ、魔石の精製。これで幾らでも帝国の奴らも稼げるんじゃねぇか?」


「いえ、精製された魔結晶が貴重なのは人間には精製出来ないからでしょう? 大量に流通させたら一気に値崩れします」


「そうか……だとしたら俺らも早いとこ売っ払った方が良いな」


「そうですね、それにもう一つ、精製炉は巨大で複雑、その上稼働させるには魔力の操作に長けたエルフが必要なのです」


「んなもん占領下だろ? 脅せばなんとでもなるじゃねーか」


「帝国の霧が出ている中ではエルフはまともな活動は出来ないと思われます。かといって霧が無くなれば即座に反乱が起こるでしょう」


 俺の言葉に田中は考え込んだ。


 ここまで言えば帝国の魔石精製ビジネスはどう考えたって難しいと解るだろう。


 エルフの国庫にある在庫を売り払う事は問題無いだろうがその先はどうなるか?


「って事は同盟なんぞ結ばないでも、帝国の支配は長続きしないって事じゃねーか」


「恐らく、そうだと思います」


「ハァ?」


 イラつくほどの間抜け面。

 まぁ、何言ってるんだって思うよな?


 でも、帝国はそんな事も知らずに攻め込んだに違いない。


 なんか森に住む変な蛮族が結構な文明でよろしくやってる。滅ぼして全部奪おう。


 そんな所じゃない?

 俺達エルフがどう言う存在かなんて徹底的に興味がなかったのだ。


 でも俺だって、帝国が去った後の王国再建なんぞに欠けらも興味は無いんだからお互いさまだ。


 戦争だ!

 戦争が、どうなるのかだけが関心事。



 もっと言うとな、だ!



 ……いけない、いけない。

 ちょっと怖い顔をしてしまった。


 俺は右手の人差し指をピッとおっ立てて、取り繕うように咳払い。


「コホン、では問題です。勝利すれど美酒にありつけなかった帝国が、次に狙うのはどこだと思いますか?」


「……このビルダール王国って訳か」


「ええ、なにしろエルフが持つ強力な魔道具、そんな武器だけはたっぷりと手に入れたでしょうからね。しかも、時間が経つと維持が難しくなると来ています」


「チッ! 想像以上にあぶねー情勢じゃねーか」



 だから焦ってるんだが。

 このスフィールの平和ボケは想像以上。


 下手すりゃこの都市を奪われた方が、王国の危機感を煽れるまであるかもわからん。


「あと、もう一個気になった帝国の情報だがな、どうも流行り病が蔓延しているらしい」


「……罰が当たったと思うのは信心深過ぎるでしょうか?」


 正直、帝国の人間が苦しむならいい気味だと思う。上手く行けばペストみたいな大流行もあるかも知れない。


 いや余り期待するのは止そう、全部自分の手で片づけるぐらいの覚悟が要る。

 自分の手で殺さなければ納得いかない。



「それは良いけどよ、おっかねぇのが、この街でも病に倒れる人間が増えてるって噂だ」


「それは、有り難く無いですね」


 そう言えば健康値が想定より10も低かった。風邪の引き始めじゃないだろうな?


「俺の方はこんなとこだな」


 田中の情報は思ったより有意義だった。帝国の状態を説明すれば。エルフとの同盟も上手く転がる可能性がありそうだった。


「では今日の予定ですが、まずは魔石の売却、それから武器ですね」


「武器か……」


 田中はやはり剣に思う所が有るらしい、だが刀なんて無いからなぁ。


「タナカさんの言うカタナがどういう物か解りませんが、近い物を探すのも良いでしょう。私はもう少し気が利いた弓と、矢の補充もしたいですね。その後は必要な物を揃える為に街を散策、そして明日は丸一日図書館に籠りたいと考えて居ます、良いですか?」


「図書館ねぇ、人間もエルフも字は共通かい?」


「ええ、意味が異なる部分もありますが問題無いでしょう。本は私が人間の常識を補完するのに最適。安くはない入館料ですから、どうせなら朝から入るべきかと思います」


「ま、そりゃそうだな」


 予定は決まった。


 まずは魔道具屋だ。おあつらえ向きな事に宿屋の向かいが丁度魔道具屋だ、俺達は朝食を手早く片づけ乗り込んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……まぁ、こんなものでしょうか」


 薄暗い雰囲気たっぷりの店内とは裏腹に、置いてある魔道具は相当しょぼい。


 精製していない魔石を前提に、仄かな明かりが灯る魔道具が大半だ。

 ランプ屋を名乗った方が良いんじゃ無いかと思うぐらい、大半が明かりの魔道具。


 考えてみればこんな程度の低い魔石なら風を起こすのも手で仰いだ方がマシなレベル。実用的なのは蝋燭と違い、オンオフが容易な明かり位と言う事か?


 初めて見た時はあんなに複雑だと思った明かりの魔法も、他の魔導回路、とりわけ回復魔法あたりと比べれば、極めて単純な方になる。


 あのぐらいなら人間にも再現出来ると言うことだろう。


 いや、待てよ?

 この辺りに並べてある魔道具。


 増幅回路や安定化回路、安全装置もないんじゃないか?


 俺が最初に見た光の魔導回路と比べても、LEDと豆電球ぐらいのレベルの違いがある。


 いっそ、魔力をぶつけて光を付けているのとそう変わらない粗悪品だ。


「いらっしゃい、どんな品をお探しですか? これなんて新型で小さな魔石でも明るいんですよ」


 話しかけて来た店員のお爺さんは、ショボい懐中電灯を薦めて来るがそんなもんは邪魔なだけだ。


「いや魔石の売却だ、混じりっ気無し純度100%の結晶よ」


 田中は適当な事を言いながら魔石を取り出すが、100%は吹かし過ぎ。

 ただ、90%は確実に超える。精製した俺の太鼓判。



「あん? こんなちっちゃな魔石じゃ価値なんて無いよ、ゴミだゴミ」


 だと言うのに、店員は塩対応。


 だが、店頭に並ぶ魔石だって大したものじゃない。


 ラザルードさんがゴミと称した大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体の魔石と同レベル。


 で、田中が出したのも大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体の魔石、しかしキッチリ精製した物だと言うのにココまで門前払いを食うのは何故か?


 答えは単純。

 精製した分更にサイズが小さくなってるからだ。


 元のビー玉サイズが、パチンコ玉サイズ。


「大きさで判断するんじゃねーよ、コイツは純度がスゲーんだ調べてみろよ」


 真っ黒な田中の外観は威圧感が凄い。なのでしぶしぶお爺さんは田中の魔石を魔道具にセットする。


「このサイズの魔石じゃ起動しやしませんよ」


 お爺さんはぼやきつつもスイッチオン。


 と同時に部屋がパッと明るくなる、さっきまでの明かりが蝋燭だとすると高輝度LEDぐらいの光が懐中電灯からほとばしる。


「こりゃ驚い――バチン! あ?」


 感嘆の声は無残な破裂音に遮られる。

 あー何が起こったか解ったぞ。


「魔道具のオーバーヒートですね」


 俺は半眼で出来の悪い魔道具を見つめる。


 丁度アレだ、豆電球をコンセントに突っ込んだ様な物、明らかな電圧ならぬ魔圧? オーバーだ。


「どういうこった?」


「純度が低い魔石用の魔道具には純度が高すぎたと言う事でしょう」


「なるほどね」


 納得顔の田中だが納得いかない人が一人。


「なんてモン渡してくれるんだ! 壊れちまったじゃないか!」


 まぁ、店員としては怒るよな。でも俺らは悪く無い、こう言うのを捌くのは威圧感のある田中の仕事だ。


「ハァ? 魔石の鑑定がお宅の仕事だろ? その見立てを失敗しておいて客の所為ってか?」


「お前さんの魔石が粗悪品だったんじゃないのかい?」


「じゃあなんだ? お前は粗悪な魔石が入ったら壊れる魔道具を堂々売ってたってのか?」


 取り敢えず田中の優勢だし、放置で良いだろう、俺は店内の魔道具を見て回る。



 うーんゴミだな。

 売れ筋は土から水を集める魔道具。水をろ過する魔道具に、種火の魔道具。


 ちょっと便利なアウトドア用品ってレベルだ。


「オイ出ようぜ!」

「どうなりました?」


 スタスタと足早に出て行く田中の後ろに、小駆け走りで追いついた。


「魔石の買取は出来ないとよ、もちろん魔道具の弁償もしねぇがな」


「どうするのです?」


「純度の高い魔石だって言ったら、だったら高級店に行けとよ」


「そうですか……」


 大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体では、魔石の純度が低くゴミ同然とラザルードさんは言ってたが、電池の様に、庶民でも手が届く魔石って扱いが正解か。


 じゃあ純度の高い魔石ってのは別の使い道があるのだろう。


 俺達は街の西側の高級魔道具店に足を運ぶことにするのだった。

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