キチキチプリンセス2【田中視点】

 押し斬る、掬い上げる、踏みつぶす、スコップの様に突く、蹴とばす、叩き斬る、突き刺す、斬り払う。


 もう何十いや、何百って単位だろうが、ひたすら魔獣を殺しまくった。ズボンの裾も青みがかった緑の血で染まったが、視界をゾワゾワと埋める魔獣の数には変化が見られない。


「クソッ! 斬っても斬っても減らねぇ!」


「全くだ!」


 俺の愚痴に思いがけず返事が有った。

 ラザルードだ。しぶとい事にまだ死んでないらしい。


 村はあっと言う間に足の踏み場も怪しい程に、茶色に染まった。

 大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体だ。


 エルフの村には魔獣除けの結界と言うのがあるらしいが、魔獣から認識され難く成るだけの物で、森に魔獣が飽和した瞬間に効果が無くなり、魔獣が列を成して襲って来ると、姫様の予言通りになった訳だ。


「頑張るじゃねぇか妖獣殺し!」


「茶化してねぇで、しっかり耕しやがれ!」


 耕す。

 自分で言っておいてなんだが、どういう事か?


 ラザルードの本来の武器はその強弓だが、今は村の倉庫の中で眠っている。


 何故か?

 効果が薄いからだ。


 威力に優れた強弓だが、うじゃうじゃと群がる大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体をいちいち射っても埒が明かない。


 では何を使っているかと言えば、くわである。侮るなかれ、鍬での攻撃は迎撃部隊の中で高い成果を上げていた。


 そもそも、剣で切り結ぶには獲物が小さ過ぎ、そして軽過ぎる。他の武器も同様だ。そこへ持ってきて鍬ってのは元来地面に突き刺す物だ、相性は抜群だった。


「おらぁぁぁぁあ!」


 叫びと共にラザルードが振り下ろした鍬が、大岩蟷螂ザルディネフェロの首を刈り取った。

 大岩蟷螂ザルディネフェロの弱点はその細い首、大岩蟷螂ザルディネフェロだって前足の鎌で守ろうとするが、鍬の形状がそれをさせない。


 鍬を使う事も、首を狙う事も姫様のアイデアだ。本人は否定するが魔獣博士にも程があるだろう。

 そう、まるで百科事典を読み上げる様にスラスラと大岩蟷螂ザルディネフェロの特徴を語って見せたのだ。


 そう言えば当の姫様はどこへ行った?


 姫様の武器は弓、この大群が相手じゃ矢が幾つ有っても足りはしない、分が悪い相手の筈だ。


「オイ、よそ見してるんじゃねぇ! デカいのが来たぞ!」


「わっ、かってるっ!!」


 ラザルードに言われるまでも無い。俺は向かってきた大岩蟷螂ザルディネフェロの鎌を剣で受け止め、返す刀で斬り飛ばした。


 鍬が有効なのは間違いない、しかしそれでも俺は剣を使う。それは剣士としての矜持……なんかじゃない、んなモン犬にでも食わせとけ。


 問題は大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体に成体が混じっていやがる事だ。人間とサイズが変わらねぇコイツばっかりは鍬での攻撃は効果がねぇ、コイツを倒すのが剣士としての俺の役目って訳だ。


 ――ガキィィィン


 甲高い音が目の前で鳴った、鎌を失った大岩蟷螂ザルディネフェロが、その発達した両顎で俺の顔面を噛み砕かんとした音だ。


 俺は寸での所、仰け反り躱した。


「芸がねぇんだよぉ!」


 俺はその首根っこをふん捕まえ、地へと叩きつけるや踏みつける。


 ぐしゃりと不気味な音に構わず、止めと剣を、突き立てる。

 そんな俺に群がる幼体を振り払うべく、旋回しながら辺りを一息に薙ぎ払った。


「ヒュー、スゲェな! 妖獣殺しを名乗るだけは有る」


「言ってろ馬鹿が!」


 ラザルードの軽口に答えるのもいよいよ辛い、どれだけ数が居やがるんだ。


「オイ! そこに居るぞ!」

「クッ」


 大岩蟷螂ザルディネフェロの、いやカマキリの基本戦術は俺でも知ってる。


 『待ち伏せ』だ。


 物置小屋みたいな建物の陰に隠れて。虎視眈々とその時を狙っていたのだ。


「痛てぇじゃねぇか! クソッ」


 物陰から飛び出て来た大岩蟷螂ザルディネフェロの大鎌に引っ掛けられて、一気に引き寄せられる。


 普通ならそのまま力負けし、その凶悪な顎に喉元を噛み切られる事だろう。

 だが俺の膂力は並では無い。剣も使えぬ至近距離、相手の鎌と胴をむんずと掴み、引き寄せようとする大鎌に抗って見せた。


 しかし、それでも所詮は人の身、このままじゃいずれ押し切られる。


「助けやがれ、トンマ野郎」


「んなヒマ無ぇよ間抜け!」


 しかし、頼みのラザルードの野郎も幼体どもに絡まれて余裕がねぇと来た。

 こりゃマズいか?


 ――ビシュッ。


 軽い音が俺のすぐ側を通り抜けると、突如、万力の様だった鎌から力が失われ、コロンと何かが転がった。


 大岩蟷螂ザルディネフェロの頭だ!

 何処からだ? どこから狙った?


「あそこからかよ」


 見上げれば遥か遠くの屋根の上、弓を構えたユマ姫の姿があった。


 少なくとも100メートルは優にある距離。


 普通100メートルも離れれば、弓の射程としては大分怪しくなってくる。それをあのオモチャみたいな弓で当てて来るんだから堪らない。


「は、スゲェお嬢ちゃんだ、お前負けてるぜ」


「違いねぇ」


 ラザルードに言われるのは癪だが、返す言葉も無い。しかし気になるのは姫様の表情だ。俺を助けて「やった!」と喜ぶ顔ではなく、呆れた様な冷たい眼をしていた様に見えた。


 ……姫様はどうにも俺に厳しい気がしてならない。普段は多少なりとも取り繕ってくれるが、今回の様に距離が離れ、普通の人間では表情など見えない距離だったり、油断した瞬間に苦々しい表情で俺を睨んでいる事が有るのだ。



 …………反抗期かな?



 歳頃の娘って奴は父親に反抗するもんだ。だとすれば家族になろうって二人にとって悪い傾向じゃないだろう。


 俺がそんな思考をするのも半ば現実逃避だ。

 ひっきりなしにやって来る大岩蟷螂ザルディネフェロの幼体は雪崩の如く収まる気配を見せない。


「オイ、あのお嬢ちゃんは本気でアレをやる気か!」


「みてぇだな」


 頼もしい事に、それに対する姫様の策もまだ続きが有る。


 大岩蟷螂ザルディネフェロを止められないときの切り札と言っていたが、どうやら決行の時の様だ。


 屋根の上、姫様が番える矢が燃えているのがこの距離からでもハッキリ見える。


 ……火矢だ。


 そしてそれを放つのは魔獣相手じゃない、この村を守る木柵だ。

 姫様から放たれた火矢が、正確に柵に命中し一気に燃え上がる。あらかじめ柵にはありったけの油を染み込ませていた。


「村を火で取り囲もうなんざ、あのお嬢ちゃんは頭がおかしいじゃねぇか? 下手したら村ごと火の海だぞ!」


 確かに頭がおかしい!

 そいつは全面的に同意する。


 柵なんざ大岩蟷螂ザルディネフェロの侵入を防ぐ何の役にも立たないとは確かにその通りだろうさ、だからと言ってそれを燃やして一時凌ごうって考えが狂人染みている。


「延焼は魔法で風を吹かせて制御するとよ!」

「失敗したら?」

「一緒に逃げましょうってよ、お優しいこって」


 申し訳有りません、って一言謝って逃げちまいそうだよな……


 まだ春先だと言うのに、火に煽られた熱風が村を吹き抜ける。

 確かに一時魔獣の進行は止まったがそれだけ、まだまだ奴らは居る。


「どうしたもんかね」


 視界で蠢く大岩蟷螂ザルディネフェロの大群にため息が漏れるのだった。

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