冷やし中華



 ごくりと喉を鳴らす。これだ、これなのだ。この季節ならでは一品。

 どんな店のモノよりも嫁の作る冷やし中華が愛おしい。

 レモンの風味、まだ切りたての新鮮な生野菜、少し熱をもつイビツな錦糸卵。おまけに僕の好きな半熟卵を追加。そこに少量のマヨネーズ。そして辛子のかすかな刺激。しかし麺もスープもよく冷やされて、この暑さの中で存在感際立つ。


 箸で麺を攫う。するっと、口の奥底に消える。まるで真昼のに過ぎる一瞬の霧雨。レモンとマヨネーズの風香が微かに駆け巡り、その後に辛子が僕の体を目覚めさす。


 その後はもう一心不乱だ。この夏限りの恋を貪るように。


「いいから黙って食え」

 嫁に怒られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る