#07 わたしはここにいる
「ハルヒ」
出来る限り気に障らないような声を作って話しかける。
「何よ」
「お前、柄にも無く不安なのか?」
「……叶わなかったら本気で困るだけよ」
「そうかい」
「にも関わらず、宇宙人実在の証拠は全然見つけられない!! この一年半ちょっと、皆で力を合わせて一生懸命探したのに!!」
そんな意図が有った訳だ、このSOS団の今までには……って、ちょいと物言いが有る。
「野球大会とかプールとかは関係無いだろ」
「大有りよ。たまに息抜きする方が能率は上がる事くらい理解しなさい」
「……今、その理由取って付けたよな、お前も」
と、ハルヒの右手に更なるスリッパが装填されている事に気付いて俺は追加で喋るのを寸での所で押し止める。剣呑、剣呑。
「織姫も彦星も居なかったら……叶わないじゃない……」
おい、俺のツッコミはまるで無視か。気弱に見せといて、その実、結構いつも通りか、涼宮ハルヒ?
「叶わないだけならまだ良いわよ? 自分の手で叶えてやるだけだもの」
ふむ。お前にしちゃ賢明な意見だな。星三つをやるにもやぶさかじゃない。
「でも……もしもその願い事が、受け取り手の居ない笹に吊るしたせいで絶対届かない所まで行っちゃってたら……あたしはどうすれば良いのよ!?」
常識的なのか夢見がちなのか、どちらか一つに統一しろ、馬鹿。
「……叶わなかったら……本当に困る……あたし……」
「あー……えっとな。唇噛んで落ち込んでる所、心底悪いとは思うんだが」
「何よ?」
だから、事有る毎にスリッパを構えるな。俺も身構えちまうだろ。
「日々是平穏を願う俺にとっては真に残念至極なんだが、宇宙人は実在するぞ?」
「ハァ? どこに? 証拠は?」
長門を持ってきてコレが宇宙人です、とか言っても面白いかも知れないと、出来もしない事を一瞬考えた。頭を振ってその思考を吹き飛ばし、口を開く。
「ここに。地球人だって立派に宇宙人だろ」
「……馬鹿キョンに一瞬でも期待したあたしが愚かだったわ……」
だから最後まで話を聞かずに捨て置く癖を直せ、この阿呆。
「まだ、何か有るの?」
有るさ。取って置きの話が。唇を口内に引き込んで湿らせる。
さぁ、始めよう、企画発案、俺。実行、SOS団超七夕祭り運営委員会。
開幕のベルは……この際だ。幻聴でも構わないだろ?
「……あー、ある所に変な奴が居た。丁度、お前みたいな奴で、ソイツは宇宙人の存在を信じながらも、証拠を見付けられない事に苛立っていた訳だ、が」
「……それ、あたしを遠回しに馬鹿にしてない?」
良いから人の話は最後まで聞けって。
「ソイツとお前の違いはな、ココの出来だ」
トントンとこめかみを人差し指で叩く。少女の形相が一気に般若へと変わった。沸点低いぞ、ハルヒ。
「やっぱ馬鹿にしてんじゃない!」
「そうじゃねぇよ。ソイツはな……」
息を大きく吸い込む。ジメジメとした空気は、しかし笹の香りを纏わせて意外と爽快だった。ソイツを吐き出すと共に確信とも言える言葉を伝えてやる。
「数学者だったのさ」
「へ?」
「なモンだから俺達地球人の他に宇宙人が居る確率から、ソイツとコンタクトが取れる確率まで割り出しちまったんだな」
「そんなの分かるの?」
さぁな。俺にはその数式を理解するだけの脳味噌が足りてねぇから真偽は知らん。お前なら、もしかしたら分かるのかもな。
「……続けなさい」
「……なんだったかね。太陽みたいな恒星が発生する確率がどうとか、生命が発生するのに適した温度になる距離に惑星が存在する確率がこうとか」
「つまり、地球がどんだけレアな星なのか、って事ね」
うんうんと俺の言葉に頷くハルヒ。その顔は少しではあったが紅潮している。さっき泣いたカラスがもう笑ったとか言うつもりは無いが、その瞳にはトレードマークのキラキラ星が戻り始めている。良い兆候だ。
話に食い付いてきている。元々、コイツは宇宙に関して強い興味を抱いているからな。この機を逃しては役者失格。俺は畳み掛けるように続きを話す事にした。
「そんなトコさ。で、その星が存在している間に生命やら文明やらが発生する確率。プラス核戦争なんかで滅ばない確率。でもって、地球人類が生存している同時期にソイツらが重なる確率なんかを掛け合わせたんだが」
「ふんふん」
「さて、その数学者はどんな答えを出したと思うよ?」
「……さっさと言え」
「痛い!」
スリッパを投げるな、この馬鹿!
「なら、勿体付けずに言いなさい」
「……解答は大分前に既出なんだけどな。気付かないか?」
「回りくどい!」
「甘い! ……ふふふ、逃げ回っていれば死にはしな、がふゥッ!?」
アゴにクリティカルヒット。こ……ここが戦場だったなら四回は死んでたな、俺。
「って、どっからどんだけスリッパを出してんだよ、テメェ! ポケットか!? 叩いたら叩いただけ物が溢れ出るデフレスパイラルへの救世主でも持っていやがるのか、お前!!」
「こんな事もあろうかと、って言えば大抵の物は用意出来る物なのよ! 最近の子は漫画も碌に読まないからそんな事も知らないのね! そら、もういっちょっ!!」
「止めろ、テメッ! だからスリッパは投げる物じゃなくて履く物だと言っているのが分からんのか、この阿呆団長!」
「だったらさっさと続きを言いなさいっ!」
弾雨の隙間にチラリと見えたハルヒの眼に百Wの輝きが戻ってきている気がした。俺は迫り来るスリッパの一斉射撃を学生鞄で残らず叩き落としながら叫ぶ。
「確率は
「論拠が見当たらないわよっ! ……なっ、キョンのくせに全弾回避っ!? 生意気だわっ!!」
「有るさ、証拠ならな! ハッ、そうそう当たる物ではないっ!」
「だから、それをさっさと言いなさいっつーの!!」
ハルヒが振りかぶって投げた亜音速の(ちょいと表現がオーバー過ぎるか)一撃は俺の反応速度を超えていた。鞄乱舞を掻い潜り、俺の眉間へと直撃。
「ちょ……直撃だとッ!?」
「出て来なければ……死なずに済んだのよ」
言いながら唇を触るカトル……違った、ハルヒ。オイ、どうでも良いが「勝利の後はいつもむなしい」とか言ってみてくれるか。
「じ……ジオン公国に栄光有れッ!」
爆発は撃たれてから時間差で起こるのを忠実に再現する。俺は死に台詞を残して椅子ごと後ろに倒れた。パイプ椅子の骨が背中に当たった痛みで我に返る。ああ、何やってんだ、俺達。
子供みたいだ。いや、真実子供なんだ。それでいい。今はまだ。
今はまだ……それがいい。
「わたしはここにいる」
部室の天井を見ながら、そう言った。
「は?」
「それが宇宙人が居る証拠さ」
「わたしは……ここにいる」
勘の良いコイツの事だ。これ以上の説明は無用だろう。
「分かったか、宇宙人は居るんだよ」
宇宙人の実在を求める方程式。その解は零じゃない。だって、もうこの星には地球人って言う名前の宇宙人が実在してる。
そうさ。俺達っていう前例が有る以上、少なくとも可能性は零じゃ、決して無いんだ。絶望は方程式を立てた時点で……夢を追い求めた時点で既に否定されてたのさ。
「でもってな?」
俺は椅子に座り直しながら続きを紡いだ。ああ、座る時に口から出る「どっこいしょ」に歳を感じずにはいられない。……まだ青春真っ盛りの高校二年生だった筈なんだけどなぁ、俺。
「何よ。まだ何か有るワケ?」
「俺達がここにこうして生きている確率は奇跡の連続なのは分かって貰えたと思うんだが……ハルヒ、二度有る事は三度や四度じゃ済まないって知ってるか?」
それはもう、俺が毎回喫茶店の奢りを担う様に。奇跡は連鎖する。ぱよえーん。ぱよえーん。お邪魔ぷよを満載した赤玉はもう何十個と画面外で出番待ちしてるんだ。
「……知るか、馬鹿キョン!!」
そう唾を飛ばして叫びながらも、満足そうにハルヒは笑っていた。ああ、取り敢えず宇宙人の実在に関しては信じて貰えたと楽観的になっても良いかね。
「宇宙人は居なくも無い、って事は理解したわ」
そうかい。助かるね。これでお前の願い事は織姫と彦星に届くだろ。よし、万事解決……と、そんな都合の良い話は有る訳無い。
なんせ相手はハルヒだ。
「でも、居るかも知れない、よね。居るっていう確たる証拠では無いわ」
はいはい、そうですよ。俺もこんなんで誤魔化そうなんて……少しばっかりコレで今回の事件が終息してくれたらなとかは思わないでも無かったが。
そうはハルヒが卸さない、ってな。ま、お前の天邪鬼な反応なんざ予想の範囲内さ。どんだけ涼宮ハルヒって人間に付き合ってきたと思ってる?
信じたいけど、信じられない。だけど居たら良いなぁ、って高校二年生になっても子供みたいに思ってる。知ってるよ、そんなコトくらい。
「確かにな。……なぁ、もしもさ」
俺はそこら中に散らかっているスリッパを片付けながら呟く。
「もしも、未来人や超能力者が居たりしたら、宇宙人も居るんじゃないか、って思えないか?」
雨音に混じってハルヒの咽喉が鳴るのを聞きながら片付けを続ける。……どこからこんなにスリッパが出て来たんだろうな。
「あんた、未来人や超能力者を知ってるの!?」
朝比奈さんと古泉の事だとは……口が裂けても言えんよなぁ。溜息を一つ。やれやれ。そして、なんでこの馬鹿はそんなに嬉しそうに俺に詰め寄って来るんだよ。
気持ちは分からなくも無い所がまた、小憎らしい。
「知らなくも無いが、知っているとも言い難い」
「どっちよ!?」
アヒル口でぶー垂れる少女。お前は子供か。あ、ナリはともかく中身はガキそのままだったな。
「……喧嘩は売る相手を選びなさい?」
「いや、折角部室のスリッパを回収した直後にそのスリッパを全弾発射って、ここはどんな賽の河原だ。お前は鬼か。鬼なのか」
一つ拾っては朝比奈さんの為。一つ拾っては長門の為。……勘弁してくれよ。
「なんっつーのか、説明しづらいんだよな。具体的にこういう奴だ、って言葉にする事が出来ん」
「だったら百聞は一見にしかずよ! 今すぐこの場に連れて来なさい!」
……こう言えばこう来るだろうな、とかは思っていたが。しかし、台風直撃中、ちょっとした隔離空間である所の校舎でもってこんな事を言われるとは思いたくなかった。もう少し常識を持ってくれ。頼む。
皆はこんな困った女の相手はしちゃダメだぞ? そんな物好きは俺達だけで十分だ。
「台風来てますよ、ハルヒさん」
「それが何? 未来人や超能力者に会う為ならタクシーでも何でも使ってやるわよ!」
……そのタクシー代はどっから出す気だ、テメェ。
「決まってるじゃない!」
ですよねー。ああ、皆まで言うな。俺が凹む。財布クンとか誰かが陰口を叩いている幻聴が聞こえてきそうだ。……古泉、領収書切ってお前の機関に支払いは回すからな。
「で? どこに居るのよ、その未来人に超能力者は!?」
ソワソワと、落ち着かない様子でハルヒが辺りを見回す。……いや、流石に今回はロッカーの中から誰かがこんにちはしてきたりはせんと思うが。……しないよな?
「よし。取り敢えず落ち着け、ハルヒ。ハウス」
「犬扱いとか……覚悟は「うがふゥッ!?」出来てるんでしょうね?」
……出来れば警戒を促す発言の後でスリッパは投げて頂きたい。俺にも心の余裕とか身構える時間とかガ○ダムネタを仕込む時間とかが必要なんだ。
「卑怯? 戦場で暢気に構えている方が悪いのよ」
いつから文芸部室は戦場になったのかを小一時間ほど議論したい。
「さっき」
うん。ふざけろ。
「で!? ああ、もう! どこに居るのよ、その未来人に超能力者は!!」
今頃、両者共に河原で七夕祭りの準備中です、ええ。この台風の中を機関の人間まで借り出して仕込みの真っ最中。言い出したのは俺だが、しかしご苦労様な事だよな、なんて言う訳にはいかないだろう、やはり。
であるならば。さて、台本通りに動くとしますかね。
「分かったよ。だが、この台風の中をソイツを訪ねるのはゴメンだぜ?」
俺は鞄からケータイを取り出す。
「……何やってんのよ」
「見りゃ分かんだろ? メール打ってんだよ」
「誰に?」
「未来人」
嘘。実際は超能力者宛である。こちらは順調、っと。お、返信早いな。なになに……準備完了、か。ま、そっちは心配してないさ。なんせ、機関の全面バックアップに加えて長門まで居るんだからな。
「なんて返ってきたのよ?」
ハルヒが俺の背後からケータイを覗き込もうとしているのが気配と床に落ちている影の動きで分かった。俺はごく自然にケータイを尻ポケットに突っ込んで画面を見せない。ケータイは流石にプライバシーの塊だ。
「この台風で学校から出れてないらしい」
「ここの生徒なの!?」
途端に眼を輝かせるハルヒ。ああ、コイツ阿呆だ。知ってたけど、再確認。
「あたしとした事が抜かったわ……キョンにさえ見つかる様な間抜けな未来人に気付けなかったなんて……一生モノの不覚、末代までの恥だわ……」
いや、「orz」なポーズ取られても困るんだが。……あ、立ち直った。両手を天高く突き出して……何? エイドリアンとでも叫びたいのか、お前は?
「気落ちしていても仕方ないわ。って事で、早速突撃するわよ、キョン!」
「ちょいと待て、猪武者」
アクセルを全力で踏み抜いたスポーツカーも
今度、古泉にでも言って直させるか。
「……ところで、あの馬鹿はどこに未来人が居るのかも聞かずに飛び出して……ああ、馬鹿だもんな」
腕を組んで納得である。うんうん。仕方ない。アイツはちょいとばっかり可哀想な子なんだ。一年以上の付き合いだ。これでもかと知ってるさ。
「うーん、どんくらい待てば帰って「キョン! 一体校舎のどこにその未来人は生息してんのよ!?」きやがったよ。予想より幾分早いお帰りで何よりだ」
全力疾走をしたハルヒは肩を上下させている。……お前、猪年だろ。もしくは牡牛座だな?
「まぁ、落ち着け、ハルヒ。未来人もそんな勢いで詰め寄られたりしたら速攻で未来に帰る」
蝉取りじゃねぇんだから、と内心で自分の発言にツッコんでみた。咳をしても一人。
「落ち着ける訳ないじゃない! 大丈夫よ。帰る暇も隙も与えたりはしないわ! こう、後ろからガバッと羽交い絞めにしたり……キョン、クロロホルムとか科学準備室に置いてないかしら!?」
やめて? ねぇ、普通にお願いするから。俺、この年で目に黒線とか入れられたくないっスよ、ハルヒさん?
「なら……声を掛けて相手が振り返り様、
「同じだ、馬鹿野郎! いや、さっきの発言より悪化してるじゃねぇか、この犯罪者予備軍が!!」
聞く人が聞けば……いや、そうでなくても完全に誘拐犯の台詞としか思えないっつの。
「……むぅ。だったらキョンには何か良い案が有るワケ?」
「フツーに接触すりゃ良いだろうが、フツーに」
ツッコミ疲れてきたのが声に出る。頼むからトチ狂った発言はこれくらいにしといてくれ。十分付き合ってやっただろ? もうやめようぜ? 俺のライフは
「フツーって……つまんないじゃない」
「あー、ハルヒ。お前、ちょいと部室で待ってろ。俺が連れて来る」
「嫌よ! 団長自ら迎えに行くわ!」
そう言って胸を張る猪……もといハルヒ。鼻息荒いぞ。俺が幼稚園児とかだったら今のお前を見た時点で取り敢えず「にげる」を選択するね。
触らぬ神に何とやら。剣呑、剣呑。
「ダメだ」
「何でよ」
キラキラと眼を輝かせたままにぶー垂れる。器用な表情筋をしているモノだ。俺には出来そうにも無い。
「お前が行くと未来人が逃げる」
「そんなんやってみないと分かんないじゃ……」
「分かる」
一刀両断。だから、一々「orz」になるな。スリッパを投げるな。地味に痛いんだよ、それ。
「キョンのくせにっ! 上官に口答えする時は意見の前と後に『サー』を付けなさいっ!」
サー、嫌であります。誰が上官だ、ふざけんな、サー。
「ハルヒ、お前は取り敢えず、このスリッパを片付けろ。ファーストコンタクトだろ。きっちりしとかないとSOS団の悪評が未来にまで轟くぞ?」
北高に限って言えば隅々まで轟いてるけどな。
「そ……それもそうね。キョンのくせに、気が利くじゃない」
「後、お茶の準備でもしておいたらどうだ? ゆっくりと歩いてくるから、五分くらいを見ておいてくれ。その間に……まぁ、落ち着いておけ。な?」
俺は部室を出た。戸を閉めるとギチギチと金具から黒板を爪で引っかくような嫌な音がする。ああ、やっぱり立て付けが寿命か。日頃、暴力団長の標的になっている第二位だもんな。今度、直してやるからそれまで持ち応えてくれよ?
あ、ちなみに標的第一位は言わずもがなダントツで俺。誰か、このひび割れたグラスハートを優しく包んでくれないだろうか……結構デリケートなんだぜ、これでも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます