第9話 伊織の嘘
最近、伊織の様子が変だ。
それまで毎週欠かさず会いに来てくれていたのに、この一ヶ月間は一度も会いに来てくれない。お昼の電話も毎日ではなくなった。そして今日、私を最も不安にさせる出来事があった。
「あの……、いつもお世話になっております。‟サトウ”と申しますが、小鳥遊さんいらっしゃいますか?」
「申し訳ございません。小鳥遊なら本日はすでに退社いたしました」
「そ、そうですか……。ありがとうございました」
会えないことに耐えられなくなった私は、偽名を使って伊織の職場に電話をかけた。お昼の電話で『急な仕事が入ったから今晩は会いに行けない』と聞いていた。しかし、返ってきた答えは『すでに帰った』というもの……。
伊織が私に嘘をついた?
私は職場に電話をしたことを激しく後悔した。事実を知らなければ伊織のことを疑わずに済んだのに……。
伊織は私に飽きたのだろうか? それとも不倫関係に嫌気がさした? はたまた、他に愛すべき彼女でもできたのだろうか?
「私、また伊織に捨てられちゃうのかな……」
私は悲しみに暮れ、一人ベッドで涙を流しながら眠りについた。
深夜になり煌大が帰って来た。いつもどおりベッドに入るとすぐに私を抱きしめ、パジャマのボタンを外していく。普段の私ならそのまま煌大の好きにさせるのだが、今晩は違った。投げやりになった私は煌大を自ら受け入れ、そして全身で彼を感じた。初めて私が攻めたものだから、煌大はとても興奮しているようだった。
「いお……」
二人の興奮が最高潮に達しかけたその時、私は危うく伊織の名前を呼びそうになり慌てて口を
翌朝目が覚めると、煌大はすでに起きて出かける準備を始めていた。
「どこかに出かけるの?」
「あぁ、仕事関連の人と泊りがけでゴルフに行ってくる」
「泊り? そっか。気を付けてね」
「ありがと。優芽、愛してるよ」
玄関まで見送ると、そこには煌大の秘書が待っていた。
「副社長、奥様、おはようございます」
「おはよう。あなたも同行するの?」
「はい」
「お休みなのに大変ね」
「いえ、大丈夫です」
「明日の昼過ぎに帰るから、優芽は家で大人しくしてるんだよ?」
「分かってる」
煌大と秘書は、煌大が運転する車に乗って出かけて行った。
私は煌大を見送ると、大きく背伸びをして再びベッドに戻った。しかし、その日一日は何もする気が起きず、ただベッドで仰向けになり伊織のことを考えていた。
夜になり突如スマホが鳴った。ディスプレイに表示された名前を見て私は驚いた。着信はなんと伊織からだった。
たまたま今夜はタイミングが良かったが、煌大と過ごしている可能性の高い土曜の夜に伊織が電話をかけてくるなんて、一体何事だろうか? 私は恐る恐る電話をとった。
「い、伊織? こんな時間にどうしたの?」
「副社長、今晩家にいないでしょ? 今から会えない?」
「えっ? 煌大いないの何で知ってるの?」
「それについては後から話す。迎えに行くから準備してて」
「来なくていい。私がそっちに行くから家で待ってて」
「わかった」
今の電話だけで伊織に聞きたいことが山ほどできた。私は驚く百合さんを説得し、荷物を持つと急いでタクシーに乗り込んだ。
伊織の家の到着し、玄関チャイムを鳴らす。するとすぐに伊織が玄関の鍵を開け、中へと招き入れてくれた。
顔を見るなり私が嫌味たっぷりに『久しぶり』と言って頬を膨らませたので、伊織は私を優しく抱きしめた。
「優芽、しばらく会えなくてごめんね。すべて話すから中に入って」
一か月ぶりの伊織の部屋はこれまでと変わりはなかった。
ソファーに腰かけて待っていると、伊織はコーヒーカップを二つテーブルに置き、私の隣に腰かけた。
「……ねぇ、私に嘘ついてまで一か月間何してたの?」
「実は、社長の指示で副社長のことを調べてたんだ」
「煌大を? 父の指示ってどういうこと?」
伊織は私の手を取り、一呼吸おいて今日までのことを話し始めた。
「優芽、落ち着いて聞いてね? 社長に俺たちの関係がバレてる」
「な、なんで!?」
「社長は過去のことを知った上で俺を採用したんだけど、どうも俺、入社してからずっと監視されてたらしい」
「だから最近会ってくれなかったの? 私たちまた別れさせられるの!?」
私が泣き出すと、伊織は自分の胸に私を抱き寄せた。
「大丈夫。俺たち別れなくていいんだ」
「ちょっと待って! 意味分かんない!」
予想外の言葉に、涙が一瞬で止まった。
父に不倫がバレたのに、別れなくていいとは一体どういうことなんだ?
「社長がね、俺がある二つの問題の解決に協力すれば見逃してくれるって。で、その一つの問題が副社長のことなんだ」
「煌大がどうかしたの?」
「この一ヶ月、副社長のことを調べてたんだけど……、副社長は秘書と不倫してる」
「そっか……。ハハッ……、私たち夫婦揃ってクズだったんだね……。じゃあ、今日の泊まりもあの人と一緒に過ごすためか……」
別に今更煌大の不倫を知ったところで動揺なんてしない。ただ一つ、それならなんで煌大は私に異常なほどの愛情を注ぐのだろう? だけど今はそんなことどうでもいい。
「伊織……、私、今夜は家に帰らない」
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