第11話 最低な男
家に帰り着くと、百合さんがパタパタと足音を立て玄関まで出迎えてくれた。
「奥様、おかえりなさいませ! 『帰らない』とお電話をもらった時は心臓が止まるかと思いましたよ!」
「ごめんなさい。煌大は?」
「まだお帰りになっておりません」
「良かった。あの……、昨夜のこと、煌大には内緒にしてもらえると……」
「そんなの当然です! 奥様を溺愛している旦那様にもしもこのことがバレでもしたら……」
溺愛……。そうだ。自分だって秘書と不倫しているのに、なんで異常と感じるほど私に執着し、溺愛するのだろうか? まさかこれにも何か裏があるのだろうか……。
煌大は夕方になってようやく帰宅した。秘書のことは送り届けたのか一緒ではなかった。
「おかえりなさい」
「ただいま。優芽、大人しくしてた? 夜、一人で淋しくなかった?」
「う、うん。大丈夫」
「そう? たった一晩だけど、俺は優芽と一緒に寝れなくて淋しかったよ」
煌大は私の髪に優しく触れ、いつもどおりキスをしようとした。しかし、私は咄嗟にそれを拒絶してしまった。伊織の感触を煌大で上書きされたくないと思うのと同時に、自分勝手だが、きっと昨晩、秘書と身体の関係をもっていた煌大を気持ち悪く感じたのだ。
「……優芽?」
「ご、ごめん。今朝方ちょっと体調が悪かったから、煌大にうつしちゃ悪いと思って……」
私は鼓動が速くなるのを感じた。ここで焦ってはダメだ。自分に “冷静になれ” と言い聞かせながら、私は申し訳無さそうな顔をしてみせた。煌大は何か探るように私の顔を見返したが、納得したのかすぐに心配そうな表情になった。
「そうだったのか。それならここはもういいから、先にベッドで休んでおくといい」
「そうね……。煌大も疲れてるでしょ? 今晩は別々に寝た方が良いと思うから、私は自室のベッドで休むことにするわ」
自室に戻ると段々と心が落ち着いてきた。大丈夫、きっと上手く誤魔化せたはずだ。
私は一人ベッドで横になり、昨夜スマホで撮った伊織との写真を眺めた。頬を寄せ合い幸せそうに笑う二人の姿が画面いっぱいに写し出されている。私はスマホを胸に抱き、昨夜の熱い夜を思い出しながら幸せな気持ちで眠りについた。
それから数週間は何事も起こらなかった。相変わらず金曜日になると、煌大は『会合』と言って出かけるし、私は私で伊織の部屋で過ごした。順調に伊織との愛を育む一方で、煌大についての調査は難航していた。
そんなある夜、煌大の部屋から話し声が聞こえ、思わず私は足を止めた。
「――計画は順調だな」
煌大は誰かと電話をしているようだ。私は足音を立てないよう注意しながら近づき、そっとドアに耳を当てた。
「社長に俺たちの動きは勘づかれていないな?」
「優芽? あんなガキ、『愛してる』とか言って抱いておけば何とでも誤魔化せる」
「あぁ、分かってるよ。社長がくたばったら優芽のことはすぐに捨てる。そしてお前を社長夫人として迎えてやるよ。そしたら地位も金もすべてお前のものだ」
私はその内容に耳を疑った。きっと電話の相手はあの秘書だ。
父の抱える問題は想像以上に大きかった。煌大は父の会社を乗っ取ろうとしている。そして私を捨て、如月グループを自分ひとりのものにするつもりらしい。
それにしても “ガキ” だなんてなめられたものだ。『愛してる』なんて言葉は嘘。私を溺愛していた理由は、父との、いや社長との繋がりを守るためだった。こんな男のために私と伊織は別れさせられ、長い間苦しめられたなんて……。
「煌大、絶対にアナタの思い通りにはさせないから」
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