第6話 怒りの吸血鬼と双銃使いの半吸血鬼
「ウゥ……グッ……!」
どこかの廃ビルの一室にて、獣じみた声が響く。ここでは、明嗣が蹴り飛ばした吸血鬼が呻き声を上げていた。
「クソっ……。僕があんな……!!」
未だに信じられないといった面持ちで吸血鬼は横たえていた身体をゆっくりと起こした。ポタリと何かが落ちる音がしたので下へ目を向けると、赤黒い雫が落ちている。ポタ、ポタ、と落ちて行くそれは、先ほど明嗣に叩き込まれた飛び膝蹴りによる鼻血だった。
「アイツはどこだ……! 僕の顔によくも傷を……!!」
明嗣を探すその目には、絶対に許さないという怒りが宿っている。赤い瞳も相まってまるで業火が燃えているような眼差しだった。
手の甲で流れる血を拭い、明嗣を探す吸血鬼はノロノロとした動作でゆっくり立ち上がった。同時にコツ、コツ、と靴音が鳴る。
靴音の主は散歩でもするかのように悠然と歩いてくる明嗣だった。
余裕をひけらかすような笑みを浮かべながら歩みを進め、吸血鬼との距離が目測10m辺りにまで迫ったその時。懐から白銀と黒鉄の双銃を素早く抜き放ち、急所である頭と心臓へ素早く狙いを定め、水平撃ちの構えで引き金を引く。
対して吸血鬼の方は、咄嗟に仰け反り、狙いを外すことで難を逃れた。標的を失った銃弾は鉄筋コンクリートの壁へと突き刺さり、大きな風穴を開ける。上体を起こし、体勢を立て直した吸血鬼は、飛んできた銃弾の異常な威力を前に驚愕の声を上げた。
「な、なんだその弾丸は!? それは純銀の弾じゃないのか!?」
「10mm
満足げな笑みを浮かべて答えた明嗣から一瞬だけ視線を外し、吸血鬼は横目で背後に目をやる。壁に大きく空いたトンネルは「当たればお前もこうだぞ」と暗に告げているようだった。
どうする? 逃げるか……?
たまらず、吸血鬼は逃走する算段をつけようと頭を回し始めた。ただの銀の銃弾だったなら、数発くらい被弾したとしても勝てる自信はある。しかし、目の前にいる奴が使用している弾丸は、どう見ても当たればタダでは済まない代物だ。急所から外れたとして当たった箇所が吹き飛び、屈辱的な苦痛を味わいながら、トドメを刺される事になるのは想像に難くない。
そんな物がこれから自分に襲いかかって来るのかと思うと、身震いせずにはいられなかった。
幸いな事に、背後には開けたてホヤホヤの逃走経路が開通している。ここから被弾しないように立ち回れば、上手く人混みに混ざって逃げ切る事ができるだろう。鼻血と屈辱の礼はまたの機会に対策を施してから行えば良い。
しかし、明嗣がそんな姑息な真似を許す事はなかった。
「おいおい、さっきまで良かった威勢はどこ行ったよ? お前は半端者の首を獲る事もできねえチキン野郎か? ほら、かかってこいよ!」
両腕を広げてわざと隙だらけのポーズを取り、挑発して見せる明嗣。さらに先ほど自分が口にした言葉を引用しての煽り文句も追加されたとあっては、及び腰になっていた吸血鬼だって引き下がろうにも引き下がれるはずもない。気付いた時には明嗣に向かって突撃していた。
明嗣も応戦すべく、双銃の引き金に指をかけて吸血鬼の急所である頭と心臓を狙う。が、身体能力においては向こうの方に利があり、明嗣は一息で懐に潜り込まれてしまう。
相手が右フックを繰り出す体勢に入ったのが見えたので、明嗣はすかさず腕を十字に組んで拳を受け止める。高速で襲いかかる拳はまるで鉄球のように重く、響く衝撃で腕の骨がミシッと鳴ったような気がした。
「グゥ! 良いモン持ってんな……。けど……ってぇんだよっ!」
受け止めた拳を押し返し、明嗣は右手に握った白銀の銃、ホワイトディスペルの
吸血鬼はチャンスとばかりに、固く握った左の拳を明嗣の鼻へ叩き込もうと腕を引く。しかし、空振りしたと思われた攻撃は外したと思わせるためのフェイントだった。腕を振りきった勢いを利用し、明嗣は身体を回転させて飛び回し蹴り二連撃を吸血鬼の顔面へ繰り出す。
「なっ……!?」
予想外の攻撃で驚いて固まってしまった所に上方より明嗣の脚が襲いかかる。吸血鬼はなんとか蹴りを腕で受けて踏ん張るも体勢を大きく崩した。着地した明嗣は回転の勢いをそのままに左手に握った黒鉄の銃、ブラックゴスペルで狙いを定めて引き金を引いた。しっかりと衝撃を受け止める事ができない状態での発砲なので、反動により射線がブレた上に体勢を崩してしまったが、撃ち放たれた弾丸は着弾した吸血鬼の片足をたしかにえぐり取る。
「グッ……アアアアア!!」
赤黒い血を撒き散らしながら痛みでのたうち回る吸血鬼に、体勢を立て直した明嗣が冷静にホワイトディスペルの銃口を向ける。しっかりと頭に狙いを定め、引き金を指に掛けると明嗣は獰猛に口の端を吊り上げた。
「じゃあな」
直後、ズドンという音が辺りに響いた。
頭部を失った吸血鬼の残骸は全身が崩れ落ち、その場で灰の山と化した。
相手は沈黙した。だが、明嗣は仲間の不意打ちを警戒し、双銃を構えたままで周囲に意識を張り巡らせる。しかし、数十秒経っても襲撃してくる気配がないので、今回はこれで終了のようだった。
ため息と共に戦闘意識を吐き出した明嗣は、撃鉄を戻した後、指先に銃を引っかけて、クルクルと回してからホルスターへ納める。
その後、明嗣は身体を引きずるような重い足取りで歩きだし、我が家で待っている愛しのベッドを求めて、帰路に着いた。
一方、明嗣に眠らされた澪は……。
「んぅ……あれ……? あたし、なんでこんな所で寝てるの……?」
寝ぼけ眼で周りを見回しながら澪は、眠ってしまう直前の記憶を探る。たしか、何か物音が聞こえて来たからここへ様子を見にやってきて、それから……。
「――あ」
目の前に横たわる女の死体で、澪は全てを思い出した。
そう。目の前で人が死んだ。しかも、刺殺とか、撲殺だとか、比較的に常識的な方法ではなく、血を吸われて体内の血が足りなくなった事による失血性ショック死だ。そして、自分もそうなる所だった所だったのだ。
澪は自分の身体が震え出す事を抑える事が出来なかった。これでは、しばらく立てそうにない。
見ず知らずの女の死体の前でへたりこみ、恐怖のままに俯いて身体を震わせていると、「君、大丈夫?」と、声を掛ける者が現れた。
ゆっくりと顔をあげると、青いワイシャツの上に紺のベストを着用した男女一組が心配するように覗きこんでいた。先ほど電話を受けた警察署の人が近くの者を向かわせると言っていたので、おそらくこの人達がそうなんだろうな、と澪は二人の顔をぼんやりと見上げていた。
「人が襲われているって通報をくれたのは君だね? それで――ッ!?」
周りを見回しながら男性警官のが澪へ優しく声がけをしていたが、澪の前に横たわる死体を目にした途端、言葉を詰まらせてしまった。同じく死体を目にしたもう一人の女性警官は、一度このような状況に立ち会ったことがあるのか、澪の介抱をしながら特に動じる事もなく純粋な疑問を口にする。
「またこの殺され方……。いったん収まったかと思えば、忘れた頃にまた始まる……。吸血鬼っていったい何なの?」
「え……? 吸血鬼ってあれ、本当なんですか?」
澪は警官が口にした「吸血鬼」という単語に反応すると、女性警官は目を丸くし、メモ帳を取り出して澪へと向き直る。
「あなた、吸血鬼を見たの!? 怖いところを思い出させるから申し訳ないんだけど、どんな奴だったか教えてくれる?」
「えっと、黒い服装をしていました……。あ、あと左手に銀のアクセサリーを着けていました。それと……」
女性警官がメモを取っているので、できるだけ正確に覚えている事を伝えようと澪は努力する。が、特徴を口にするごとにあの男に触れられた時の石膏のような冷たさと硬い感触が蘇り、背筋に寒気が走る。なんとか白い肌と朱い瞳の事まで話し終えると、女性警官は記したメモを睨んで難しい表情となった。
「うーん……やっぱり、他の人から聞いた話と一緒で白い肌と赤い目しか共通点がない……」
「あの……こんな事が他にも起こっているんですか?」
おずおずと澪が気になった事を口にすると、女性警官は澪を安心させるように微笑みながら質問に答える。
「連日ずっと人がいなくなってしばらくしてから亡くなった状態で発見される事もあれば、あなたのように襲われたけど生き残ったって人もいるんだけど……奇跡的に生き残った人から話を聞いてみると犯人の顔も服装もバラバラでね……。事件が起こる場所も規則性がてんでバラバラ。しかも次の犯行までかなり時間が空く事もあるから、事件が起こる度に迷宮入りしちゃう事もしょっちゅうらしくて。とりあえず、保護する意味も含めて詳しく話を聞きたいから、署の方まで来て欲しいんだけど……良いかな?」
「あ……はい……分かりました……」
女性警官の助けを借りてなんとか立ち上がった澪は、警官二名に連れられるままに車に乗せられ、交魔市警察署に向かった。その後、事情聴取やら供述調書やらに追われて、叔母の家に戻る事ができたのはもう日付が変わった頃の事だった。
なんか、初日から散々だったな……。
とりあえず、家の人に平謝りした後、用意された布団を被った澪は微睡みの中で愚痴をこぼした。睡魔に手招きされるまま意識を手放した時には、時計の針は午前2時を指していた。
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