第3話 食事処のオヤジ

 突然だが、朱度明嗣という男には馴染みの食事処レストランがある。その店の名は、Hunter's rustplaats。オランダの言葉で「狩人の休憩所」という意味を持つ言葉だ。大抵の料理は注文したら出てくるし、デザートのバリエーションも豊富。中でも店主イチオシのオランダ料理は中々に美味びみだと評判である。店内の雰囲気も、大手ファミリーレストランのような喧騒ではなく、ジャズが心地よく鳴り響く落ち着いた男の隠れ家を彷彿させる物

 そう。のだ。


「な、なんだこれ……」


 記憶の中にある漆塗りの木製扉を求めて、明嗣は街中を練り歩き、ついに目的の住所の土地へたどり着いた。

 しかし、目の前に建っていたのは、隠れ家を彷彿とさせるような建造物ではなく、暇を持て余した奥様方がお茶を楽しみつつ、旦那の愚痴をこぼすなどの井戸端会議をしている光景が似合いそうなオープンカフェだった。


「おい、どうなってんだこれ……!? 俺の知ってるはHunter's rustplaatsはこんなんじゃなかったぞ……」


 変わり果てた馴染みの店を前に呆然と立ち尽くす明嗣。すると、ガサッと紙袋の擦れるような音が明嗣の耳へ飛び込んで来る。


「あれ? お前、明嗣か?」

「その声は……」


 背後から呼びかけられ、振り返った明嗣の前にいたのはシルバーグレーの髪を角刈りにした一人の男だった。

 体格は中肉中背。白いシャツの袖をまくり上げ、リンゴやじゃが芋などの料理に使う材料が入った買い物の荷物を両腕に抱えていた。くたびれたブルーのスラックスには懐中時計を留めておくための細いチェーンが揺れている。

 この男こそ、明嗣の馴染みのレストランの店主マスター、アルバート・ヘルシングである。

 ちょうど良い所に事情を知っているであろう人物が現れた。さっそく明嗣は、これはいったいどういう事なのか尋ねることにした。


「マスター! どうなってんだこれ!? なんでHunter's rustplaatsがオープンカフェになってんだ!? 店はどうした!?」

「あー、その事か。これが新しいHunter's rustplaats俺の店だ。開放感あって良いだろ? しかも改装したおかげで客足も増えてな。いや〜、思い切ってみて良かったよ」


 へへっ、と自慢するように笑って見せるアルバートは晴々とした表情だった。しかし、通だけが知っているような一見いちげんさんお断りの雰囲気を気に入っていた明嗣としては、深海のように暗く深い溜め息をつくほかなかった。


「やっちまったモンは仕方ねぇけどさ……。もうちょい常連を大切にするようなリフォームをしてくれても良かったんじゃねぇの? これじゃあまるで、頑張ってネアカになろうとしたのは良いものの、あんまウケなくて空気化していく哀れなネクラって雰囲気だ」

「おい、なんて言い草だ。これでも結構悩んだんだぞ」

「久しぶりに気に入ってた店に立ち寄ってみたのに、台無しになってたら誰だってこうなるさ」

「まあ、そう言うな。久しぶりにメシ食わせてやるから元気出せ、な?」


 両手が塞がっているため、顎をしゃくる事で中へ入れと促すアルバート。素直に従いはしたが、ぶつくさと何か呟く明嗣の表情は不満げだった。だが、悪いことばかりではない。何を隠そう、この店の店主は明嗣の父親であるアーカードと対決して生き残った事から精神科医を隠れ蓑にヴァンパイアハンターの道を歩む事になってしまった男、エイブラハム・ヴァン・ヘルシングの子孫にして、明嗣に吸血鬼ヴァンパイアと戦うすべを仕込んだ師匠。

 店を一新したという事は店の地下にある射撃場レンジ、そして対吸血鬼ヴァンパイア用武器、魔具を作る工房の設備も一新したという事なのだから。




「おお……」


 店内へ入るなり、明嗣はさっそく感嘆の吐息を漏らした。

 明嗣の記憶の中にあるHunter's rustplaatsの内装は、カウンター席が8席、そして4人で座るテーブル席が5席と少し手狭な印象を与える物だった。だが、新装開店したHunter's rustplaatsの中の様子はカウンター席はそのままに、テーブルをまばらに配置する事によって広々とした印象を明嗣に与えた。


「なんか広くなってないか? いったいどんなマジック使ったんだよ?」

「今までのファミリーレストランで使うような四角の奴から丸型テーブルに変えたんだよ。それと外にも席を作ったから、その分のスペースができて広くなったように感じるんだろ」

「なるほど……。じゃ、地下の方は?」

「ま、お前が一番気になってんのはそっちだろうな。ちょっと待ってろ」


 食材を冷蔵庫にしまい終えたアルバートは、カウンターテーブルの天板の裏にある操作スイッチを押した。すると、ガコッという音と共にアンティーク調のインテリアを展示している棚がズズズ……と音を立てて門のように開いていく。そして、アルバートは棚の裏から現れた地下へと続く扉を開き、地下へと続く階段を降りて行くので明嗣も続いた。

 一番下まで階段を降りると、暗く広大な空間へと出た。アルバートが照明器具のスイッチを入れるとバチッという音と共に周囲が明るくなり、眩しさから一瞬だけ視界が真っ白になる。だんだん目が慣れてきて、何がどこにあるのかを認識できるようになった時、空間の全容が明嗣の視界へ飛び込んで来た。


「おお……!」


 本日二度目の感嘆の吐息を漏らした明嗣の前に広がるは、広さ250㎡ほどの地下射撃場だった。

 目測にして25m先から始まり、そこから5mごとに配置された大量のアルミ製標的ターゲット射手シューターが使用するカウンターテーブルには、銃声から耳を保護するための耳あてと標的に命中した場所を確認できるモニター。さらに、その背後にはショットガンやアサルトライフルなどが保管されたケースが設置されており、準備用スペースでは銃の手入れをするためのテーブルと工具が用意されていた。

 そして、工房の方では何か作っている途中なのか、バイクや車に使われるような回転計タコメーターとケーブル、そしてクレイモアサイズの剣が作業台の上に置かれていた。さらにその隣では、純銀製弾頭を作るための鍋に火がかけられており、中ではけて液体となった銀がグツグツと泡を作っていた。

 言葉を失い、立ち尽くしている明嗣を気を良くしたアルバートは満面の笑みを浮かべた。


「どうだ、気に入ったか?」

「気に入るも気に入らねぇもすげーとしか言いようがねぇよ……。お、これは新しい武器か?」

「それは作りかけだから触るな。どこに何があるか分からなくなるだろうが」


 目についた片刃の大剣を試してみようと手を伸ばす明嗣に、アルバートは低く重い声で制止する。こういう声を出す時は怒らせると後が怖いので、明嗣は大人しく手を引っ込め、銃が保管されているケースの方を漁り始めた。


「それにしても、ここまでの設備をよく揃える事ができたよな? 特にモニターとかさ。的だって今まで紙だったのがアルミ製に変わってるし」


 気に入った銃を手にした明嗣は、練習用のペイント弾の箱を持ってきて弾倉マガジンへ詰めながら呼びかけた。すると、アルバートは必要ない工具や材料などを整理しながら返事をし、雑談に応じる。

 

「まぁな。昔の仲間を頼って見繕ったんだ。いちいち確認しに行くのも面倒だったし、いい買い物したと思ってるよ」

「おー、すっげー。ところでさぁ……」


 弾を装填したハンドガンを構えながら、標的を見据える明嗣はふと気になった事を口にした。

 

「ぶっちゃけ、ここまで揃えるのにどんくらいかかった?」

「……聞くな」


 アルバートは居心地が悪そうに明後日の方向へ視線を逸らした。これだけで相当な額の金をつぎ込んだ事が伺える。

 さすがに可哀想だと感じた明嗣は、アルバートにこれ以上深く追求することをやめた。

 その後、射撃場で時間を潰していると電話がかかってきたので二人は店の方へ戻り、ついでに食事を摂ることにした。




 

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