人工天使

@makeme98

第1話 天野史郎

閑散とした都会の端くれの町並みに、ずっしりと重たい夕日が西へと落ちている。丸裸の木々の前を落ち葉がカサカサと音を立て舞っている。その敷地には、二階建てのトタン張りの寂れたアパート。そこから、女性の悲痛な叫び静かに聞こえてくる。


「どうして、、、なんで、なんでこうなるのよ」


涙も枯れ、ひどくやつれた彼女の顔には、絶望と怒りが同時に読み取れる。

彼女はとても裕福な家庭で生まれた。祖父の代から資産家であり、夫も経営者、子宝にも恵まれ順風満帆な生活を過ごしていた。

 彼女が不幸のどん底に落ちたのは、運が悪いとしか言いようがない。

彼女はすべてを同時に失った。

親も夫も資産も。すべてが誰かに仕組まれたがごとく、とんとん拍子に消えていった。彼女に残されたのは、顔の良さと幼い子供が二人。親戚や友人に頼ろうとしたが、嘲笑う人間や不気味がる人、そして彼女自身のプライドが孤独へと追いやった。

 

「もう、、、どうでもいいわ。いっそのこと、、、」


そんな時であった。カンカンカンと寂れたアパートの錆びた階段を登る音がアパート中に響き渡る。

 音に気を取られた彼女は、耳を澄まし足音の気配を探る。

アパートの二階に上がった音は、足音からして二人組のようだ。しばらく続いた足音はピタッと止まる。彼女の玄関前で。

不安を感じた彼女は、すぐさま玄関に駆け寄り、小窓をゆっくりと覗きこむ。


「天野美優様でございますか。我々は、angelと申します。この度は、あなた方様に大事なお話がありまして訪問させていただきました。」


そう言い放った声は、男性の声であった。

窓からみた彼女は、その声主が、背が高い初老の男性であるのを確認できた。もう一人は、優し気な笑みを浮かべる中年の腰が低そうな男である。


「すみません。人違いではありませんか。」


彼女は不思議にすんなりと応答ができた。


「いいえ。天野美優様で間違いありませんよ。我々も急に押しかけて申し訳ありません。不信がるのも当然のことです。今はお忙しいですかね。でしたら、後日改めてお伺いさせて頂きます。」


そう初老の男性が告げると、方向を変えゆっくり歩き始めた。

美優は、唐突に来たわりに、そそくさと帰る態度に一瞬あっけにとられたが、


「あ、待ってください!今すぐ出ますので」


美優は、乱れた髪をささっと整え、微笑みながらドアを開けた。


 天野史郎は小学五年生(10歳)、妹の恵は小学校一年生(6歳)は仲が良く、今日もいつものように外で遊んでいた。最近ここに引っ越してきた彼らは友人もいなく放課後は町を探索しながら、二人で冒険を楽しんでいた。


「お兄ちゃん、お腹すいた。帰ろ?」

「そうだな、今日も沢山歩いたし、帰ろうか。」


恵は、史郎に向かって両手を上にあげた。


「しょうがないな」


史郎は、恵を背中に背負いゆっくりと家へ向かった。


 史郎は不安な面持ちで家に帰ると、笑顔の母が玄関でまっていて驚いた。


「お母さん、今日とても良い仕事いただいたのよ!もうこんなボロボロの家に住まなくていいのよ、今日はご馳走ね!お母さん、買い物してくるからお留守番お願いね!」


そう言うと、美優は久しぶりにクローゼットから出したであろう、お洒落な服にパパっと着替えて二人を残して出て行った。

母親の笑顔を見た史郎は、涙が込み上げてきた。


「お母さん笑顔だったね!どうしたんだろう?」


恵も嬉しさと不思議な気持ちでよく分からない表情を浮かべている。

その日は、三人では食べきれない量のお寿司やオードブル、色とりどりのサラダ、そして母がよく作っていた肉じゃがも食卓に並べられた。

 母は終始ご機嫌で、高そうなワインをがぶ飲みするとすぐに寝てしまった。

史郎と恵も食べれるだけ食べきると三人横にならんで眠りについた。

ぽつんと残ったお寿司には、一匹のハエが止まっている。

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