しっぽの皮剥き

まこちー

ご利益

旅は良い。私は窓から外を見る。

雪の降る地域、ストワードを後にし、出身の地域であるフートテチに帰る途中だ。

ストワードは楽しかった。服も普段見るそれとは違うし、建物も見たことがない形のものがたくさんあった。

食べ物は……今はノーコメントで。私の口に合わなかっただけかもしれないからな。


「ちょっとぉ!それ僕のプリンだよぉ!」

高い男の声が聞こえて、そちらに視線を向ける。二人掛けの座席を向かい合わせにして話している四人が見えた。

「おにいちゃんのばかぁ!もう食べちゃったのぉ!?」

黒髪の少年が大きな黄色い瞳をパチパチさせて怒っている。その隣に座っている少年、いや、青年は黄色い瞳の少年とよく似た顔立ちをしているがこちらの彼の瞳の色は真っ赤だ。

「悪かったね。代わりに俺のゼリーをやるよ」

「わぁい!おにぃちゃんだいすきぃ!あーんしてぇ!」

おにいちゃんが弟にゼリーをやった。青い。何の味か気になる。

「リュウガはまだ寝てるのか?」

兄貴がスプーンを動かしながら向かいに座っているオレンジ色の髪の長い少女に聞いた。

「うん。相当疲れてるみたい。そろそろ中間地点で一旦止まるけど、どうしよっかなー」

「寝てるなら起こさない方がいいね。焼きそばがあったら買って来てやろう」

「ストワードにあるかな……」

私は時計を見る。たしかに次の駅では暫く停車する。ストワードの交通機関はまだできたばかりだ。一度に何キロも移動するのは難しい。だから中間地点で一旦進路の線路から横に逸れ、暫し停車するのだ。

「俺も少し眠ろう。あと30分くらい。停車したら教えてくれ」

「了解ー」

「耳元で叫んでお知らせするねぇ!」

「それはやめてくれ」



30分後、ゆっくりと停車する。

「ん……」

赤い瞳の青年が伸びをした。

「おにぃちゃぁん!」

「お、起きてる!やめてくれよ!」

勢い良く飛び起きる。

「ししょー、起きない……」

ししょーというのは先程話していたリュウガという人物のことだろうか。私の席からは見えない。座席に寝そべっているようだ。

「うーん、仕方ないね。リュウガサンのオヤツは俺たちが買って来よう」

「わぁい!オヤツ!オヤツ!バナナはオヤツに入るのぉ?」

「ギリギリ入るんじゃなーい?ザック、ウチはお弁当も買うねー」

「オーケー。デヴォンとゾナリスとテリーナサンとも合流しようか。前の車両って言ってたよな?」

3人が座席から立って歩いて外に出る。何人かでフートテチに向かっているのか。若者たちの旅行は楽しいものだ。私も10年ほど前まではよく仲間たちとフートテチ内を旅行していたことを思い出した。

20年前、この地で3つの国が滅び……大陸が統一されて再出発をした。丁度その頃に生まれた子どもたちも、もう青年になっている。まさに、あの子たちがそうだ。

「うむぅ……」

唐突に低い声が聞こえた。彼らが座っていた席の方からだ。私は立ち上がってゆっくりと近づいた。

「バレリア……飯はどこじゃ……んおおっ!?」

ドシンッ!と音を立てて、大男が座席から床へ落ちた。尻を打ったらしく、「いてて……なんじゃ……」とブツブツ言いながら摩っている。真っ赤な髪を胸まで伸ばしている大柄な男性だ。身につけている紺の着物を見るに、フートテチ出身かもしれない。

「えっ」

立ち上がった男を見て、私は小さく声を上げてしまった。尻から赤黒くて長太いしっぽが生えている。

「なんじゃ人のしっぽをジロジロと見て……今は珍しいことでもないんじゃろう?」

男は座って舌打ちをする。見世物ではない、という態度。自分は不機嫌だと強調するようにしっぽが揺れている。

「ふんっ、ザックめ。飯を食いに行くのなら我を起こさんかい」

「寝かせてあげたい、と言っていましたよ」

私が言うと、男が少しだけ眉を上げる。

「……余計なお世話じゃな」

真っ赤な髪の隙間からチラリと見えたのは尖った耳だった。やはり人間ではないようだ。

「魔族なんですか?」

私が聞くと、リュウガがぶっきらぼうに頷いた。何度もその質問はされている。とでも言いたげだ。

「これに乗る前も乗った後も散々触られたり質問されたりしたわい」

魔族。人間と違う種族。私はそれだけしか知らない。見たことも、なかった。

「全く。脱皮しそうじゃから触るなと言っておるのに……。む?」

リュウガが自分のしっぽを握る。

「うおっ、脱皮が始まったようじゃ。面倒な……」

思わずしっぽを見ると、薄い白い皮がしっぽの表面を覆っているのが見えた。脱皮をしている。

「バレリアに剥かせようと思っておったが。仕方ないのう。おぬし、我のしっぽの皮を剥け」

「私が?」

「そうじゃ。龍族のしっぽなぞ触れる人間はなかなかおらんぞ。ほれ」

リュウガがニヤニヤとする。私は戸惑いながらも隣に座った。しっぽをよく見る。トカゲやヘビのような脱皮だ。

「なにかご利益があるかもしれんのう」

何故か上機嫌のリュウガ。たしかに貴重な経験だ。恐る恐る皮を引っ張る。

「うわ……」

すごい。

白い皮が剥けていく。剥けた下から赤黒い鱗が現れる。艶のある、綺麗なそれに目を奪われる。

慎重に、ゆっくりと……。綺麗なしっぽを傷つけないように。

皮を引っ張ると皮膚が伸びるのも楽しい。ゆっくり、ゆっくり、丁寧に腕を動かす。

「上手いのう。気持ちいいのう……」

リュウガは横向きに寝転がって目を閉じている。皮が途中で切れた。もどかしい。別の場所の剥けかけている皮を引っ張る。皮膚が伸びて、ピンと張る。しばらく剥くと、また切れる。何度もそれを繰り返した。

こうして至近距離でしっぽを見ると、所々皮膚が厚くなっていたり傷がついていたりする。この魔族は、どのくらい生きているのだろうか。人間の何倍も寿命がある彼は、どのような経験をしてきたのだろうか。

私は聞きたくなった。しかし、聞かなかった。彼の旅の仲間たち……先程談笑していた若者たち……の顔を見れば分かる。きっと今、楽しい旅をしている途中だ。

どのくらいそうしていたのだろう。剥く皮がなくなった。綺麗に……とまではいかないが、今剥ける範囲は全て剥けた。リュウガはいつの間にか眠っている。

「終わりましたよ」

そう声をかけたが、起きる気配はない。彼らが言っていたように疲れが溜まっているのだろう。

私は軽く頭を下げ、自分の座席に戻った。発車までまだ時間がある。私も一眠りしておこう。明日はフートテチの家族に会うのだ。



「……」

私は、神社にある大きな絵画を見上げていた。

「おお、ボクちゃん。それが気になるのかな?」

私が小さく頷くと、神社の管理人のおじさんがニコニコ笑った。

「これはね、200年以上前にこの町に住んでいたという水龍だよ」

「水龍?」

「そうさ。すごく大きくて、この町の……いや、昔だから村の……川を守る神様だったんだよ」

「ふーん」

私はその龍の絵をじっと見る。体が赤いのに、水龍。川の上の空を悠々と飛ぶその姿。一度見てみたいと思った。

「ぼくも会いたい。どこにいるの?」

「あぁ……。もうこの町にはいないらしい。他の土地に行って、いろんなところの守り神になったって噂だ」

「守り神……」


目を開ける。

幼い頃の私の夢を見た。守り神の水龍。人間にとって、魔族とは絵画の中の存在でしかない。いや、なかった。たった20年前までは。


「あれっ、ししょー脱皮してるじゃん」

「本当だ。自分で剥いたのか?」

「えっ!?龍族の脱皮!?うわー、見たかったな」

「デヴォン大丈夫。ししょーはめっちゃ脱皮するから。またすぐ見れるよ」

「リュウガさん、煎餅売ってましたよ。起きたら食べてくださいねー」

「リュウのオッサンまだ寝てるのぉ?おーきーてよぉー!あっ、しっぽツルツル!!」

「まぁ!本当なのだわ!しっぽがツルツルなのだわ!触りたいのだわ!」

「もー。ラビーもテリーナもはしゃぎすぎー。いいからお弁当食べよ」



6人の人間が、魔族のリュウガの周りに集まってお弁当と菓子を広げる。

オレンジ髪の少女が、リュウガのしっぽを退かして隣に座った。

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しっぽの皮剥き まこちー @makoz0210

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