第6話 SalonでTokiめく5秒前

 六月の上旬、梅雨に入ってしまう前の日曜日の午後に華子と美咲は会うことになった。華子の親戚で祝い事があって、土曜の午後から近くにいたらしい。歳が近いので仲良くしている親戚ではあるけれど、間で繋がっている人達のことはよくわからないので華子はホテルに泊まっていたようだ。

 航は仕事が休みで家にいたので、晩御飯までには戻ると約束してから美咲は家を出た。華子との待ち合わせは、最近近くにできたお洒落なカフェだ。

 美咲が先に到着して待っていると、華子が手を振って店内に入ってきた。自分の鞄と紙袋をいくつか持って、走ってきたのか少々息切れている。

「ごめんごめん、遅くなって……」

「ハナちゃん──車じゃないん?」

「あのな、……ごめん、先に何か買ってくる」

 店員が注文を聞きに来るのとは違うセルフサービスのカフェなので、華子は荷物を置いて注文しに行った。ちなみに美咲は既にカフェモカを飲み始めている。

 華子が戻ってくる前にもう一口──とストローを持ったとき、華子が飲み物と一緒にチーズケーキを二つ運んできた。

「美咲ちゃん、これ食べよ」

「えっ、ありがとう……いくら?」

「良いよ良いよ。食べて」

 昼ごはんを食べてきたけどお腹が空いたから、と言いながら華子はケーキ一つを美咲の前に置いた。

「あのな、親戚のお兄ちゃんが結婚して、結婚式は行かんかったから親と一緒に御祝い持って行っててん。晩御飯も一緒やったから、お酒飲むかもしれんから電車にしてん」

 やはり華子はノンストップで説明してから、ようやく飲み物を口にした。喉がカラカラだったようで、生き返った、と笑った。

「喋る前に飲んだらよかったのに」

「──ほんまやな」

 暑いから頭が回っていないと笑いながら、華子は持ってきた紙袋を一つ美咲に渡した。地元では有名なメーカーの涼菓の詰め合わせらしい。

「これ、どうしたん?」

「昨日、御祝いのお返しにもらったんやけど、うちの両親あんまり食べへんねん。だから貰って」

「いいの? ……ハナちゃんの親戚やったら、私も親戚なんか?」

「そう、やな。でも、私らくらい遠いんちゃうかな? たまたま私が仲良くしてもらってたから知ってるけど」

 改めて華子にお礼を言ってから、美咲は袋を荷物の隣に置いた。涼菓なので重いけれど、それほど大きな箱ではないので何とか食べれそうだ。

「はぁ……。お兄ちゃんイケメンやってんけどな……」

 どうやら華子は、彼のことが好きだったらしい。

「でも、親戚やったらどっちみちあかんかったんちゃうん?」

「そうか……」

「ハナちゃん、職場には良い人いないん?」

 美咲が聞くと、華子はフッと笑顔になった。飲んでいたドリンクはこぼす前にテーブルに置いた。

「実はおんねん。まだあんまり話したことはないんやけど……独身、てことは他の人から聞いてんねん」

「お? 頑張れ。年上の人?」

「うん。隣の課の人でな……。頑張って声かけてみるわ」

 彼の予定を思い出しながら、華子は声をかけるタイミングを考えだした。一日で何度かすれ違うことはあるようで、帰り道でもたまに見かけるらしい。

「それより美咲ちゃん、前と雰囲気違えへん?」

「そう? 旦那は何も言わんけどな」

「あ──もしかして、恋してる?」

「ち、違うから! 怒られるわ。……美容院変えてん。前、同窓会で大倉君が美容師してるって聞いたから行ってみた」

 本当にそれだけで、美咲の生活は以前と変わっていない。裕人にLINEもしていないし、店にもまだ一度しか行っていない。店に何度か通いだすと、連絡することが増えるかもしれないけれど。

「ふぅん。前に会ったときより綺麗に見えたから。髪が」

「うん……まだ一回しか行ってないけど、技術は高いと思うわ」

「どこでやってんの?」

「駅前。帰りに覗いてみたら?」

 と言ったけれど、中学時代、華子はあまり裕人とは関わりがなかった。行っても気まずいだけなので、情報は不要らしい。

「美咲ちゃんは大倉君といつ同じクラスやったん?」

「二年と三年。あと塾でも一緒やったわ。最初は特に喋らんかったけど、三年なってからかなぁ……友達に近い感覚やったな……」

「確か──彩加あやかちゃんとも仲良かったよな?」

 突然出てきたその名前に美咲は一瞬、顔を強ばらせた。佐方さかた彩加は当時の友人で、大学生になってからSNSでそっけない返事をしてきた人物だ。

「いま何してんのか知らんけどな。大倉君と同じ高校やったから、もしかしたら何か聞くかもしれんけど……。高井君も一緒やったみたいやし」

「あー、高井……あいつ、みんなに嫌われてたよな」

「うん。私、一年と三年で一緒やって、最初は大嫌いやったのに最後は妙な親近感あったわ……。いや、好きではないで? 大倉君と話してたらいつのまにか話の輪におった感じ」

 本当に、佳樹には好きという感情を持ったことがない。入学したときの〝前髪騒動〟から嫌なイメージだったし、彼を良く言う人もほとんどいなかった。高井=トラブルメーカー、というイメージが教師を含めた彼を知る人全員に広がっていた。それでも美咲が親近感を持ってしまったのは、裕人を含めた三人が学校や塾でたまたま近くにいることが増えたからだろうか。

「美咲ちゃんて──誰が好きやったん?」

「え? それは……秘密! あ、でも、ハナちゃん知ってる人やわ。同じクラスになってるはず」

「いつ?」

「それは言われへん」

 美咲の雰囲気が変わった理由が美容院を変えたことにあるのは間違いない。裕人の腕が良かったようで、綺麗にして貰えて、嬉しかったのも間違いない。

 それよりももっと影響しているのは、美咲が当時片思いしていた人がHair Salon HIROに通っているようで、店で会う可能性が非常に高いことだ──。

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