百九十一話:気は進まないが……

「さぽ、アイリ、ごめん……。 助けに行こうと思ったけど、怖くて……」


 数名のギャルたちが泣きながら二人に謝りにきた。


「……アイツらは?」


「帰りに、寄り道してくって……帰ってこないよ」


「ちっ、……はぁ、ぶん殴ってやろうと思ってたのに」


 バイオレンスだね。

 さっきまでのメス顔を一辺させたアイリは校舎の外を見る。 

 戻ってこない人達を心配しているんだろう。


「今頃ち〇ぽ漬けか……ざまあw」


「さぽたちを殺そうとした罰っしょ」


 ……よっぽど嫌われている人たちだったらしい。

 ギャルって怖い。

 ただ二人は自分たちを見捨てたギャルたちは許したようだ。 逆に慰めている。




「彼女たちは駐屯地にはこないそうだ。 敵の脅威は去っていない。 私たちも数名をここに駐在させようと思う」


 悟りを開いた山木さんは穏やかな表情でそう言った。

 

「彼女たちには大人が必要だと感じた。 私たちは必要とされている」


 大丈夫だろうか?

 まるで生きる意味を見つけたとでもいわんばかりの表情。

 悟りの先にいっちゃってない?

 よっぽど駐屯地の生活が大変だったのだろうか……。

 JK大好きだからじゃないよね?


「……」


 とはいえ、大丈夫だろうか。

 すでに敵の侵攻は始まっている。

 山木さんと彼女たちだけで守り切れるか怪しいところである。

 山木さんには死んでほしくないし、知り合ってしまった彼女たちも同様だ。


 俺にできることはなんだろう?

 やはりガチャか。

 ネペンデス君を派遣するか? R『マジックプランター』もいくつか出たからできないことはないが。

 ただあまり俺から離れたところに置いておくと、気づいたらネペンデス君が日本征服してそうで怖い。

 もの凄い勢いで成長しそうなんだよな……。


 【猫の手】の物資を運んでやるくらいかな。

 人材は豊富だが物資が足りていない。

 いや人材もぶっ飛んだ強者がいないか。

 敵の上位種が来た時に大損害を受ける可能性はある。

 圧倒的強者が必要だ。


「……」


 サムズアップする爺を思い出す。

 やたらと思い出す。

 絶対なんかやってる。

 連絡しろと呪詛を送ってるに違いない。

 あの忍者フリークは呪術とかも大好きだったから。

 恥ずかしいから『領域展開ッ』とかテレビに向かって叫ばないで。


「むぅ」


 気は進まないが、一度帰るか。

 皆にも相談しよう。

 あまり離れていると怒られちゃうから。




◇◆◇



 『天之水神姫アマミク教』の朝は早い。

 シルバー人材の多い彼らは日の出と共に活動を開始する。

 夏の近づいた今日では朝の5時くらいだろうか。


「えっさ!」「ほいさー!」「えっさ!」


 軽快な掛け声と共にシルバー人材たちの声が静かな領地に木霊する。

 川から高校へとバケツリレーで水が運ばれていく。

 かなりの重労働である。

 平均年齢70歳の彼らには普通なら不可能だ。

 腰がイカれてしまうだろう。

 折れ曲がった腰には辛い作業。

 しかし、普通の老人ではない彼らにはまったく問題ない。

 『天之水神姫アマミク教』のシルバー人材『老超人シルバーマン』である彼らなら。

 

「町内清掃の時間じゃ」


 避難しているみんなには悪いが、彼らは楽しくてしょうがなかった。

 衰えていた体は元気になり、痛く上手く動かせなかった関節の節々は容易く動く。

 靄が掛かったように鈍くなっていた思考はクリアにはっきりとしている。

 脳は物忘れとは無縁の高速回転をしている。


「ぷふぁーー! 生き返るのぉ!」


 労働の後の『木実ちゃん特製元気水』は格別である。

 仕えること、至上の喜び。

 文字通り生き返る、いや若返る。

 とても70歳を超えているとは思えない肉体をしていた。

 

「畑の育ちも良いの」


 夏に植える野菜は育てやすい。

 すいすいと育っていく。 領地の恩恵を受けている。 

 『老超人シルバーマン』たちは校舎の側に畑を作り野菜を育てていた。

 元々土壌の良い土地である。 水にも恵まれている。

 しかし育ちがべらぼうに良い。


「アマミク様の奇跡じゃ」


 郷土にて民間信仰されている水神様。

 『雪代 木実』ことアマミク様への信仰心は高い。

 いったいどうしてそうなった?

 心優しき少女が無から水を作り出し老婆を元気にしただけなのに。


「立派なキュウリじゃ」


「河童様も喜んでおられる。 ほれ、お礼が置いてあるぞい」


 畑で育てられるキュウリ。

 たまに少し無くなっているのだが、代わりに瓢箪が置かれている。

 中はくりぬかれ水筒のようになっていた。 ちゃぷちゃぷと音がしている。

 『老超人シルバーマン』たちはキュウリを肴にそれを飲む。


「う~ん、五臓六腑に染み渡るのぉ!」


 大根、キャベツ、ブロッコリー、ワケギ……野菜が大量に生産されようとしている。

 食料の少なかった時代を生きた『老超人シルバーマン』は、食料の重要性を良くわかっている。

 【猫の手】に頼らずに自給自足する方法を模索していた。


「ニワトリはダメだったかぁ」


「逃げておるのが入ればのぉ」


 鶏小屋は襲われていた。

 臭いや鳴き声で魔物を引き寄せてしまったのだろう。

 

「落ち込んでもいられん。 やることはいっぱいじゃて」


 畑の世話が終われば、食事の準備。

 避難所の女性陣と協力して煮炊きを開始する。

 人々が起きだしてくれば校内の清掃を始め、洗濯をする。

 洗濯機の無い洗濯は重労働である、みんなで協力して行うのだ。


 午後になればやっと一息つける。

 みんなで集まるのは校舎の中庭に設置された神社である。

 その一帯は清涼な空気に包まれており『老超人シルバーマン』たちの憩いの場だ。

 ベンチや机が置かれまるでピクニックのようだ。

 

「この果物は甘くて美味しいのぉ」


「慎之介君の差し入れじゃ!」


 マンゴーのような果物は甘くて頬が落ちそうだった。

 頑張っている『老超人シルバーマン』に領主からの差し入れであった。


「甘いといえば、甘味じゃが……難しいか?」


「うむ……さすがにサトウキビは育てたことがない。 小豆ならいけるぞい」


「あんこか」


 アマミク様といえば甘味。

 甘味の栽培が目下の目標である。

 サトウキビやてん菜は主に沖縄や北海道で栽培されている。

 東雲東高校のある地区では残念ながら気候的に難しそうだ。


 あんこを作るにも砂糖を使うが、発酵あんこという手もある。 

 しかし手間と温度管理と麹と色々課題は多い。

 簡単に解決してくれる『壺』があればいいのだが。


 はたして『天之水神姫アマミク教』に【あんこ革命】の日は訪れるのだろうか?


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