百二十八話:千棘のマーマンロード ①

 静かだった。


「嘘だろ?」


 木実ちゃんとの憩いの時間を過ごし、精神的に癒された俺は狩りを再開した。

 魚頭無限狩りを行うべく東雲中央公園に向かったのだが、魚頭がいない。

 祭壇は残っているけど魔晶石もない。

 誰かに取られた?


「なんてこった……」


 最後にとっておいた好物を食べられてしまった気分。

 激熱狩りポイントを運営に修正されたとでも思うべきか。 はぁ、最悪だ。

 木実ちゃんの癒しがなかったら発狂していたかもしれない。


「ふぅ……」


 切り替えよう。

 時間は待ってくれないのだ。

 どうするか? ゴブリンでも狩りにいくか? いやアレは面倒なんだよな。 隠れるし逃げるし……。

 奥に進んでみるか。


 三つ目魚人のいた海底神殿のような建物。

 古代の遺跡のような祭壇。

 狛犬像は東雲東高校を領地化したことで機能を発揮したらしい。

 ここにも何かないか物色する。

 

「……」


 趣味の悪そうな置物はあるけど……。

 ちょっといらないなぁ。

 魚頭は美的感覚がよろしくない。


 備蓄倉庫には鍵が掛かっている。

 たしか近くに鍵の入ったBOXが設置されてるんだっけ。 大きい地震とかがあるとBOXが開けられるようになるとか聞いたことがある。 地域の防災訓練かなにかで聞いたんだよな。

 どこにあるかしらないけど。 


 また後で回収にくればいいか。 『ブラックホーンシャドウ』を使えば物資運搬も楽になる。 移動と収納機能は反則だろう。


「いない……」


 警戒しつつ奥へと進むが、魔物も人もいない。

 戦闘の痕跡もないんだよな。

 不気味な静けさだけが漂っている。


 俺は装備を確認しゆっくりと進んでいく。

 


◇◆◇



 無数の矛が降り注ぐ。

 『エポノセロス』を掲げ背後を守るように障壁を作った。

 衝撃波を打ち出すよりも本来はこういった使い方をするんだろう。

 ガッガッガッ!と激しい音を立て衝撃が伝わってくる。

 無数の矛の一つ一つが棘付き魚頭の投擲よりも威力は上だ。


「うぁぁ……」


「おえっ、っつ」


 背後に守った人たちはとても強そうにはみえない。 狩場を奪った犯人ではないだろう。

 どこかに避難していた人たちなんだろうか?

 顔色は悪く瘦せ細っている。

 しかも強烈な殺気と怒気に中てられて錯乱している。

 

(いや……)


 魂魄が汚染されていくような感覚。

 魂魄ランクが上がっていなかったら俺も危なかったかもしれない。

 目の前の怪物が放つ強烈な瘴気に耐えられなかっただろう。


「わっ!?」


 『ブラックホーンシャドウ』の便利機能の一つ、自動走行モード。

 高性能AIでも積まれているのだろうか?

 ミサを弄んでいたエロ高性能AIに後ろの人たちを中央公園まで運ばせる。

 俺は前の怪物から目を離さず、メタルマジックハンドを使って山積みに弱っている人たちを乗せていく。


「ぐぇ」

「ひぃい」


 緊急事態だからしかたなし。

 ふと閃いたのだが、メタルマジックハンドを『ブラックホーンシャドウ』に装備してみた。

 うん。 普通に装備させられるらしい。 オプション付けみたいなもんなんだろうか?

 ワキワキしながら女の人を前席に置くのをやめなさい。

 とんでもない相棒だぜ……。


「……さて」


 待っていてくれたのか?

 弱っている人たちを逃がそうとしているのに、巨大な魚頭の怪物は微動だにしなかった。


 しかし大きい。

 まだ距離があるので正確ではないが、身長3メートルは越えている。

 鶏冠のようなヒレが大きい。

 体は不健康な青緑色で気持ちが悪い。 

 しかしその筋肉は本物だ。 

 筋骨隆々の上半身。 キラキラと趣味の悪い装飾品を沢山つけている。 身体のバランス的に下半身が短い。 短足だな。 腰蓑の意匠は凝っている。


「……」


 赤黒い大きな瞳には怨嗟が渦巻いているようだ。


『……キサマカ』


「っ!?」


 喋った!?

 聞き取りずらいがたしかに喋った。

 日本語を喋ったわけではなさそうだ。

 二重に聞こえるというか無理やり変換しているような感じ。

 猫の万屋のような流暢さはない。

 

『嗤ウ者』


 なんか凄い怒ってます?

 怒気を纏ったプレッシャーが半端ない。

 

「ふぅッ!」


 丹田に力を籠め呼気を吐き出す。

 吞まれるな。 

 

「はっ、はは」


 プレッシャーを跳ね除けようとすると、自然と笑いがこみあげてくる。

 『嗤ウ者』か、たしかにそうかもしれない。

 

「ははっ、はっ、ははっ!!」


『ギィッ!? ――――ギィイイイイイイイイイイイ!!』


 怒った怪物が白い矛を構え放つ。

 一本だったはずの矛が無数の矛となって襲い掛かってくる。

 魔法かスキルかわからないが、厄介だ。


「っ!?」


 先ほどよりも数は少ないが、重い!

 足を踏ん張り耐える。

 『エポノセロス』の障壁が破壊される。

 しかしすでに『ブラックホーンシャドウ』は撤退を完了させていて人はいなかった。


 一歩一本に殺意と破壊が籠められている。


『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!』   


 特大の咆哮。

 魂がビリビリと震える。

 『ブラックホーンオメガ』が呼応するように、脈動する。

 嗚呼、戦いを求めている。


「――」

 

 今この場に木実ちゃんたちがいなくてよかった。

 たぶんきっと、俺は今どうしようもないほど、嗤っているから。


「――ははっ! あははっ!! ははははははっっ!!」


 俺は笑いながら無数の白い矛に飛び込んでいく。

 相手が遠距離を得意とするなら近距離で叩き伏せる。

 

『ナメルナッ!』


 怪物は大きな白い槍を持っていた。

 棘付きの魚頭と同じく骨なのだろうか? 抜いているような動作はなかった。

 ドリルのように先端は螺旋状になっている。

 

「っ!」


 『エポノセロス』で受けず回避した。

 ゴウ!と重そうな突きだった。 それにあの矛、おそらく貫通力が高いだろうとおもったから。

 まともに受ければ『エポノセロス』でも耐えれるかわからない。


『ギィイイイイ!!』


 豪快な突きが繰り出される。

 その筋骨隆々とした上半身全体で繰り出すような突き技。

 一撃一撃が今までのどの怪物の攻撃よりも死を連想させる。

 ただ。


(……遅い)


 戦闘の高揚から脳内麻薬が分泌され、研ぎ澄まされた感覚は矛の軌道を見切る。

 

『ギィッ!!』


 至近距離での投擲。

 無数の矛が生まれ敵を穿つ。

 だけど遅い。

 振りかぶるような動作から予想した俺は、その投擲の致命的な隙をつく。

 サイドへと回り硬直状態の怪物を『ヴォルフライザー』で叩っ斬る!


「――っう!?」


 だが硬い!

 『ブラックホーンオメガ』のアシストがあったにもかかわらず、一刀両断とはいかなかった。

 怪物の青緑色の体皮はまるで鎧のように硬い。

 よく見れば菱形の鱗のようである。

 攻撃した部位は鱗が僅かに浮き、その下にも同じく鱗が見えた。


『ギゥ、ギィツ!!』


「くっ!」


 矛が変わった。

 新たに怪物の手に現れたのは棘だらけの矛だった。

 貫くのではなく削ることを目的としているようだ。

 

「っっ」


 距離を取るとまた矛を投げてきた。

 しかし軌道が下。

 どこに投げている?、そう思ったが、本能が危険だと感じ咄嗟に『ブラックホーンリア』を起動し宙に飛んだ。

 それは正解だった。

 棘だらけの矛が地面に刺さると、無数の矛が地面から生える。

 アンデットの中継地点で足を絡め取られてやられかけたのを思い出す。

 防御の硬い敵には足から絡めとるのが定石なのだろう。


「くっ!」


 追撃の矛が飛んでくる。

 大楯で防ぎながら無事な地面に急速落下。

 見越していたように矛が飛んでくる!


(この距離ヤバイ!)


 ずっと俺のターンかよッ!?

 ヴォルフライザーで斬撃を飛ばす暇もない。

 

「サンダークラップ!」


 回避しながら苦し紛れにスペルカードを使う。

 だがスタンも効果なし。

 

「っ?」


 ただサンダークラップをくらった怪物に鎖のようなモノが巻き付いているのが見えた。

 重く呪いのように纏わりついていた。


『ハエメ……コザカシイ』


 なんだ?

 ハンデ……いや、制約か?


『コザカシイ、コザカシイィ、コザカシィイイイイ!!』


「ッ!?」


 怪物の体皮が逆立つ。

 まるで無数の棘のように。

 千棘の……マーマンロード。


『ワレハ、ダアゴン! キサマヲ貫キ殺スッ!!』



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