第二章:魚と犬と死神

七十二話:東雲東高校防衛戦 ①


 鬼頭君たちがいなくなって、状況は悪くなる一方だ。

 昼夜を問わず怪物の叫び声が響き渡り、人々の精神を蝕んでいく。

 体育館にいる避難してきた人たちの顔色は良くない。


「ええぞぉ! そこに運ぶんじゃぁ!!」


「「「せい! せいっ!!」」」


 その一方で、雪代さんが残してくれた元気の出る水――聖水を飲んだお年寄りたちが元気溌剌と働いている。

 アマミク様が帰ってきたら美味しい野菜を食べさせるのだと、畑を作っている。 近くにあった菜園から土と野菜を運び込んでいる。 相当の重労働だけど倒れないかな? 心配だ。


「慎之介君、竹を取ってきたぞ」


「こんなに!? ありがとうございます!」


 東雲東高校の防御を固める為に竹が必要と話したら、いっぱい取ってきてくれた!

 川近くの林は竹が多いけど、魚の怪物が出てあぶないのに無理をしてくれたみたい。


「ははは! 心配しなくても大丈夫じゃよ慎之介君。 すきるとかいうののおかげで、全盛期のように動けるわい」


 清おじいちゃんはニカっと笑って力こぶを見せてくれた。

 農作業で日焼けした肌に皺の深い笑顔が素敵だ。

 スキルなんてなくても避難してきた誰よりも働いてくれていた清おじいちゃん。

 率先して危険な怪物とも戦ってくれた。


「うん、……それでも無理はしないでね」


 おじいちゃんたちの生きる力の眩しさに、僕は涙がでそうになるのを必死にこらえた。


「僕たちも負けてられないよね」


 頑張ろう。

 皆で生き残る為に。

 今できることを精一杯に頑張るんだ。

 

「大丈夫ですか? 痛いところはないですか?」


 僕は元気のない人たちに声をかけて回る。

 暗い顔をした人には大丈夫だと元気づけて、痛そうにしている人には『手当』のスキルを使う。

 大きなケガは治せないけど、ずっと使っていたせいか前よりも多く使えるようになったきがする。

 少し治る速度もはやいかな? ほんとうに少しの変化だけど、なんだか嬉しいよ。


「慎之介君!」


 僕がみんなに声をかけ、防衛の為の指示をだしていると、屋上で監視をしている生徒が叫んだ。

 その声に作業をしていた人たちは手を止めて上を見上げる。

 必死の声だったからだ。


「犬と魚!」 


 魚頭の怪物と犬の怪物。


「数っ、――多数!! 両方からこっちに向かってきてる!」


 まだ時間はお昼過ぎ。

 魚頭は夕方から、犬は夜になってから襲ってくることが多かったのに。

 今日は長い一日になりそうだ。


「九条さん、呼んでくる?」


 それはダメダ。

 彼女は戦い続けている。

 夜から日が昇るまで。

 まだ休ませてあげたい。


「……大丈夫。 僕たちで、僕たちが守るんだ!!」


 僕はいつまでも彼女に守ってもらうだけじゃ嫌だ。

 僕は彼女を守りたい。

 鬼頭さんみたいに強く大きい男になるんだ!


 集まった皆が僕の言葉に頷いてくれた。

 おじいちゃんたちはなぜか目を潤ませて大きく頷いていた。


「いくよ! みんな配置について!!」


 僕は気恥ずかしをごまかすように、大声で戦闘準備と叫んだ。



◇◆◇



 何度かの防衛で僕は気づいた。


 魚と犬の習性と呼べばいいだろうか、怪物たちの行動範囲と規則だ。

 共通するものは一定の壁を乗り越えないということ。

 同じ行動を繰り返すことが多い。

 弱い怪物を駆除すれば、強い怪物は現れない。 

 

「ゲート解除!」


 またゲートを作ると必ずそこを狙ってくる。

 道上にバリケードを作るだけでも門としてとらえるみたいだ。

 裏門に集まった魚頭。

 綱で結んだゲートを開くと机や棚で作った簡易な道がある。

 その正面にはバリケードだ。

 鋭い爪を見せびらかせて魚頭がゲートに群がっていく。


「一斉掃射!」


 僕の指示に、大きな返事が返ってきた。

 空気を裂く竹の音と、魚頭の断末魔の叫び声。

 清おじいちゃんが取ってきてくれた竹を使ったトラップ。

 スズメをとるために昔作った、と教えてくれたモノだ。

 魚頭の弱怪物ならまとめてなぎ倒せる。

 倒れた怪物たちへ、バリケードの隙間から竹やりが突き刺さる。


「回収は後で! 次の敵に備えて準備をお願い!」


「「「おう!!」」」


 皆の士気が高まる。

 裏門をみんなに任せて僕は犬の怪物が迫る正門へと急ぐ。

 

 犬の怪物はやっかいだ。

 魚頭たちよりも動きが速く、無理に門やバリケードを壊しにこない。

 奴らは集まり上位種がくるのを待つんだ。

 中型の赤い犬や大型の双頭の犬型。

 正直、双頭の大型は鬼頭君がいなければ僕たちは全滅していたかもしれない。

 それほどに、戦力には差がある。


「出るよ!」


 だから僕たちは打って出る。


 九条さんには止められたけど、僕も戦うよ。


「服部はそこで待機だ!」


「っ!? で、でも!」


「あぁ? わかんねぇのかっ、ぶっとばすぞ!?」


「ひぇえ!?」


 反町さんにめちゃくちゃ怒られた。

 そんなに怒らなくてもいいじゃないですか!?


「おまえらぁ、いくぞ! 気合いれろ!!」


「「「しゃあああー-!!」」」


 反町さんを筆頭に、金属バットやカラーコーンで武装した生徒たちがバリケードを越えていく。

 金属バットはわかるけど、カラーコーンでどうするんだろう!?


「びびんな、ゴロよりはやかねぇぞ!」


 地を這うように突っ込んでくる犬の怪物。

 その牙は足に食い込み離さない。

 獲物を引きずり倒し急所にかみつく。

 何人もの人を殺してきた怪物だ。


「くぅ~~っ!」


 ナイスキャッチ!

 腰を落とした生徒がカラーコーンで犬をキャッチした。


「ナイっきゃ!」


 顔からカラーコーンに突っ込んだ犬の怪物に、バットが振り下ろされる。 危険な牙を封じこめたナイス作戦だよ。


「すごい!」


 言うのは簡単だけど、実際にするのが凄いよ。

 さすが野球部!

 反町さんを先頭に犬の怪物たちをやっつけていく。

 赤黒い犬の中型を反町さんが片づけたところで、犬の怪物たちは退却していった。


「やるぜ俺たち!」


「あぁ! 俺たちだってやればできるんだ!」


 戦闘に参加してくれた皆が喜んでいる。

 自分たちにもやれる。 

 僕たちは自信を手にいれたんだ。

 

(僕は戦ってないんだけどね……)


 戦闘で傷を負った人たちに『手当』をしていく。

 僕にはこれくらいしかできないから。

 九条さんに認められないと戦闘には参加できないのだ。

 無理に参加しても足手まといだしね……。


「はは……」


 戦勝ムードの僕たちの耳に、悲鳴と――


 『――――!』


 ――銃声が響いた。

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