閑話:企てる男たち

 

 雷川いなずまがわ

 東雲市と藤崎市を隔てる大河。

 日本有数の流域面積を誇る一級河川。

そこに架かる藤崎大橋の上を武装した集団が歩いていた。


「なんで俺たちが、わざわざ出向かなきゃいけないんすか?」


「まぁそう言うな。 神鳴館って言ったらお嬢様学校だぞ? 怖くて震えているに決まっている。 俺たちが行って助けてやらねばならぬ……グヘヘ」


「顔きもいっすよ」


 軽口を叩きながらも警戒は怠らない。

 二十五名の男たちは小銃・・を手にバリケードを越え橋を渡る。

 目指すのは『神鳴館女学院付属高校』。

 その女子高から電話もネットも不能な状況で届いた通信。 それは【念話魔法】と呼ばれるものだった。


『東雲市奪還作戦を行います。 参加される方は神鳴館女学院付属高校までお越しください』


 一方的な音声が一部の人間に届いた。

 同じく【念話魔法】を持つものにだけ。

 藤崎駐屯地所属の佐藤隊員が受信し上司に報告。 東雲市街地の状況が良くないことは上層部も知っていた。 偵察に向かった部隊が帰還しない。 完全武装した部隊がである。 そんな場所を女子高が奪還する? とてもではないが正気とは思えない。


 結果、到底無茶な案件と判断され、中止させるために小隊が派遣された。

 

 【念話魔法】で中止を伝えないのは、佐藤隊員にそれほどの距離を念話する能力が無かった為。 【念話魔法】を送ってきた人物は化物かっ、と佐藤隊員は愚痴をこぼした。



「ふむ。 敵の姿は無いな」


「誰かが掃除したみたいっすね」


「弾薬の節約になっていいが……、全員警戒を怠るなよ?」


 隊を指揮する厳つい坊主頭に、気の抜けた返事が返ってくる。


「へーい」


「うい」


「おうー」


 藤崎駐屯地から派遣された小隊二十五名中、正規の隊員は三名。

 残りは一般人の有志たち。 

 困っている人たちを救うために立ち上がった正義感溢れる若者たち……。 まるでどこぞの勇者のような金髪に、頭の悪そうなアウトロースタイル。 正義感に溢れているようには見えない者たちだった。


 藤崎駐屯地の自衛官は約千人。

 車両も電気機器も使用不可の状況。 正体不明の敵の襲撃から藤崎市を守るだけで手一杯とないっている。

 無謀な作戦の中止、そのための派遣に貴重な戦力は割けない。

 自ら名乗り出た彼らを戦力に加え臨時小隊が組まれていた。


「何考えてんすかねぇ……」


「……」


 非正規の者たちが持つ小銃には弾薬は入っていない。

 銃剣が取り付けられ槍として用いる。 ワイヤーカッターや鞘には缶切り機能もついている優れもの。

 まぁ、銃を持たせるだけで違反であることに変わりないのだが。


「小型、来ます!」


 野犬。

 数は五匹。


「イェシッ!」


「ひゃひゃ!!」


「ガルァッ!」


 慣れた手つきで銃剣を振るう。

 スキルの影響か、非正規隊員たちで野犬を撃退してみせる。

 

「クソ犬めっ! しねしねしねしね!!」


 野犬の爪が腕を掠め出血。

 すでに消えかかっている野犬を刺し続ける非正規隊員。

 ガッ! と地面を突き立てるがナイフは折れない。

 スキルにより耐久力が上がっている。


「……行くぞ」


 彼らは自分たちを称え合う。

 俺たちは強いと、野犬の残したドロップ品を拾い怪しい笑みを見せて。 不安な坊主頭の小隊長は溜息を吐くのを堪え先を急ぐ。

 やはり素人など入れず少数で速やかに任務をこなすべきだったと、唇を噛みしめながら。



「っ大型、来ます!」


「中型もいるな。 大型は近づかせるな! 厄介な能力を持っているかもしれん」 

 

 安全装置を解除。

 レバーは三へ。

『タタタン、タタタン』と、発砲音が響いた。

 距離は約五十メートル。 鍛えられた射撃技術は容易に巨体へと立射で全弾命中をさせた。

 しかし、怪物は倒れず雄叫びを響かせる。

 

「「ガルァアアアアアアア!!」」


「タフだぞ!」

  

「何やってんだよ!! もっとぶちかませっ!!」


 弾薬の節約。 

 相手の状態を確認する小隊長に味方から野次が飛ぶ。

 大型、双頭の野犬は怒りの咆哮を上げ腰を落としブレスの構えを見せた。 

 

「頭部集中ッ!!」


 口元から漏れ出す炎に、小隊長は叫んだ。

 銃口の跳ね上がりを押さえ踏ん張り、銃声はけたたましく鳴る。

 

「「ガルァァ……」


 薬莢は飛び散る。

 普段なら即座に回収するソレを無視して、怪物の最期を見届ける隊員たち。 

 煙を上げ消えた怪物。 ほっ、と息を吐き出して構えていた銃を降ろす。 構えてはいたが、すでに弾倉は空だ。


 周囲にいた野犬たちも遠ざかっていく。


「くっ、先を急ぐぞ!」


 三十発入りの弾倉が六個。

 正規隊員三人に対して支給された弾薬だ。

 世界の異変から十日。

 三棟あった弾薬庫はすでに二棟が空になっている。

 

 基本的に駐屯地には訓練用と緊急用の弾薬少量が置かれているだけだ。

 会戦すれば補給処から補給を受ける。

 しかしこの十日間、一度も補給は来ていない。


「目的地まで約二十キロ。 このペースだと夜になっちゃうっすよ~~」


「わかっている!」


 坊主頭の厳つい小隊長は、ドロップ品を奪い合い喧嘩する馬鹿たちを一喝した。

 

 

◇◆◇



 行軍を続ける部隊に、『神鳴館女学院付属高校』の壁が見えてきた。

 極力戦闘を行わなず移動したことで、夜までに着くことができたようだ。

 

「本当にやるのか?」


「ああ? なんだ、ビビってんのか?」


「いやそうじゃねぇけど、嫌な予感がするんだよ」


「ぷっ、それを、ビビってるっつんだよ!」


 男たちは企てる。

 バンダナの男は鼻を鳴らし弱気になった男の胸倉を掴む。


「チャンスだぜぇ? これはリセットなのさ。 クソつまらねぇ世界のリセット。 ここでやらなきゃまた昔と変わらねぇぞ!!」


 ガラも口も悪いバンダナ男。

非正規隊員のリーダー的存在。 


「落ち着けよ……」


「おい、人がいるぞ」


 城壁のような塀の先。

赤いチェックの制服を着た女子高生たちが居た。

 

「くくっ、いいじゃねぇか。 ……俺たちの楽園だぜ、ここはよぉ?」


「っ……」


 せっかく世界が変わり力を手に入れたけれど、藤崎市ではダメだ。

 自衛隊や警察の活躍により、街は立て直しつつある。

 彼らが目を光らせている場所では、表立って悪さはできない。


「へへへ……」


「いいか? 中に入って自衛隊の三人を始末するまでは、大人しくしておけよ。 もう遅いからな、最悪でも一泊はするだろう」


 寝ている間に始末すればいい。 

 バンダナ男は作戦を伝える。


「ようこそ、お疲れ様です~~。 ご案内しますね!」


「……ああ。 ありがとう、よろしく頼む」


 坊主頭の小隊長は、武装した男たちを前にまったく怯む様子のない女子高生を目の当たりにし、目を見開く。 


「可愛い子だからって見つめすぎっすよ?」


「違うわい……」


 部下に揶揄われ首を左右に振るい、揺れるツインテールの後を追う。

 そして瞠目する。 


「っ」


 歩き方。

 体のバランス。

 そして迸る覇気オーラのようなモノ。


「見過ぎっす……」

 

 喉が鳴った。

 鳥肌が立った。

 初めて戦車を生で見た時も、こんな感覚を味わったことを、小隊長は思い出した。



『東雲市奪還作戦会議本部』。

そう書かれた看板のある両扉の部屋の前までやって来た。


「こちらに入ってお待ちください。 軽食もありますのでどうぞ!」


「それはありがたい」


「お嬢さまの手料理きたっす!!」


 別にお嬢様が作っているとは限らない。

 

「……」


「? どうしたんすか??」


 扉を開けようとして立ち止まった小隊長。

 

「くっ!?」


 震えが止まらない。


「おいおい! 早くしろよっ、腹減ってんだよ!!」


「おっ、おい、待てっ!」


 小隊長の言葉を無視して、バンダナ男たちは部屋へと入る。


「おぉ……ぅっああああああああああああああ!?」


 部屋を開けてまず飛び込んできたのは鼻孔をくすぐるいい匂い。

 海鮮系の香ばしい匂いだ。

 どこだ、どこだ? と料理を探す男たちの瞳に、死神が移り込む。


「ふぁっ!?」


「ひぃぃぃ……!?」


「罠っ……」


 真剣な表情で炎を見つめる死神。

 手に持った鉄串をクルクルと回している。


『キュィ!キュィ!』 


 と『東雲市奪還作戦会議本部』には断末魔の悲鳴が木霊し。


「……らっしゃい」


 死神の料理人はニヤリと嗤う。


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