三十八話


 木実ちゃんの悲鳴が響く。


「きゃっ!?」


 ボンと、彼女はベッドの上に押し倒された。

もちろん、押し倒しているのは俺だ。 筋骨隆々の金髪クォーター。

 鼻息荒く、顔は真っ赤で、ニヤケ顔。 


「はうぅ……」


「……」


 薄暗くて、木実ちゃんの表情がよく分からない。


 押し倒した拍子に、右手が木実ちゃんの豊満な胸を押しつぶしている。 弾力に富んだ素晴らしい感触。

 視界が揺れる。 気分はいいのに気持ちが悪い。

 思考がうまく回らない。 固まったように、彼女の上で止まってしまう。

 これが酒の酔いか?


「あっ、んっ、あっ」


 どうしていいか分からない。 困ったように右手をフニフニしていると、ドアが勢いよく開けられる。


ガチャ!


「木実っ! 大丈夫っ――!?」


 リサも入ってきて固まった。

 なぜ包丁を持っているのか分からないが、ナマハゲみたいな顔で睨むのはやめてほしい。


「ギルティ……」


 続いて入ってきた葵も呟く。


「んんっ……」


「こ、木実ぃ……」


「……」


 間に合わなくてごめんね……。 リサはそんな表情を見せる。

 ドア側から見ると、ベッドバトルの最中のように見えなくもないか。 実際は右手が幸せになっているだけだが。


「離れなさいっ!」


「っ……」


 包丁!?

 危ないから。 タキシード着てないから、普通に刺さるぞ?

 俺は振り回された包丁を避け、ベッドから落ちた。


「こんな時に……ほんとケダモノねっ!」


 リサは短いポニーテールを揺らし吠えた。

 ベッドの木実ちゃんに駆け寄り、心配してあたふたしている。


「オーガ。 スイッチ……入っちゃった?」


「ウっ……」


 さすが、淫乱ロリ。

 見抜かれている。 でもツンツンしちゃだめっ!


「もう、絶対二人っきりになっちゃダメよ?」


「う、うん……」


 リサは、木実ちゃんの手を取って出ていく。

友達思いの良い奴なんだろうな。 ちょっと面倒だけど。


「「……」」


 葵は放置でもいいんだな……。


「早漏……特訓する?」


「……」


 しない。

 早漏じゃないし。 

 俺は、葵の首根っこを掴んで外に放り出す。


(眠い……)


 ベッドに倒れ込むと、すぐに意識を手放した。



◇◆◇



 リサちゃんが心配している。


「ほんとに、大丈夫??」


「うん。 大丈夫だよ」


 いきなりで、ちょっとビックリした。

 鬼頭君、凄く興奮してたから。

 きっと、さっきまで戦ってたからかな。

テニスの試合で勝った後に、興奮しちゃうのと同じ。


「自分を大切にしないと、ダメ! 簡単に体を許しちゃダメよ?」


「う、うん……」


 リサちゃんは純情だ。

 可愛くって、サバサバしてて。 女子にも男子からも、人気がある。 でも、彼氏はいない。 


 葵ちゃんに、よくからかわれているのが原因かも。 

 あの男子がお尻を見ていたとか、ふとももを見ていたとか。

 リサちゃんの陸上で鍛えられたヒップラインは、女子でもつい見惚れてしまうほどだから仕方ないよ。


 そのせいで『男はケダモノ!』と、ちょっとだけ男性不信に……。


 私もテニスの練習中に見られたりするから、気持ちは分かるけどね。


「あ。 葵、忘れてきた……。 まぁ、いっか」


「……」


 葵ちゃんは、いいんだ? 


「うん。 だって葵は胸、無いでしょ? 鬼頭は巨乳好きだから」


「ギルティ……」


 戻ってきた葵ちゃんが、凄い睨んでいる。


「ひえっ!?」


「ギルティ、ギルティ」


「あっ、ちょっとぉ~~!?」


 ほんと、二人は仲がいいね。 

 じゃれ合う二人を放置して、私はちょっとトイレに。

 

「ふぅ……」


 広くて綺麗なトイレ。

 鬼頭君から貰ったショーツは、相変わらず脱げない。

 でもズラすことはできるから、なんとか濡らさずに用は足せる。


「あっ。 流れない……」


 水道が止まってるからかな。

 

「どうしよう……」


 困った。 どうしたらいいのかな?

 バケツに汲んだ水で流すのをテレビで見たことがあるけど、そんなに水が無いよ……。


「そうだ!」


 私は思い出した。

 後で試してみようと思っていたことを。


「聖水……」


 両手をお椀のようにして、トイレの上に。

 そして私の固有スキル、【聖水】を発動させる。

 徐々に手の中に水が溢れてくる。 キラキラと僅かに輝いている。

 それをトイレの中に流していく。


「んっ……」


 【聖水】の能力は三つ。

 水を聖水に変える力。

 聖水を生み出す力。

 そして、もう一つは……。


ゴポポ!


「流れたっ!」


 無事にトイレは流れてくれた。

 よかった。 家の人たちが帰ってきた時に、汚れていたら嫌な思いをしてしまうもん。

 私はトイレを掃除する。


「よし。 台所も掃除しちゃおう!」


 まだ二人は、じゃれ合っている。

 邪魔にならないように、少し掃除をしていよう。


「ふぁんっ、そこ、だめぇっ!」


「胸はある」


「わ、分かったから。 謝るからっ、――ああんっ!」


 葵ちゃんがいつもより激しい。

 どうかしたのかな?


「フンフフン♪」


 掃除は楽しい。

 野犬の声も遠く、私は掃除で癒された。


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