三十六話


 バキッ。


 と、双頭の野犬の爪を防いだ骨矛は真っ二つに割れた。

 ムキムキに肥大した体躯。 

 そこから繰り出された爪の一撃は重く、バランスを崩す。


「くっ!」


「「ガアアアッ!!」」


 左右の顔が、口を開け襲い掛かってくる。

 限界まで開かれた口。 鋭い犬歯。 愛玩動物と言う言葉からは程遠い、凶悪な顔が襲い掛かってくる。


「痛っう!?」


「「ガルルウ!!」」


 激痛。

 片方の頭を折れた骨矛で防ぐことに成功したが。

もう片方の頭に腕を噛まれた。

 

 バトラータキシードを貫通する牙。

 双頭の野犬はそのまま食いちぎろうと、頭を激しく動かす。

俺を押し倒そうと圧力を掛けていて。 それに対抗することしかできず、完全に手詰まり。


「――ファイヤーボール!!」


 俺は、咄嗟に詠唱を唱えた。

それに呼応するように、目の前に炎球が生じる。


「「ガッ!?」」


 慌てて離れた双頭の野犬。

 発動した炎球が直撃する。


「ふっ、くうっ……くはは」


 魔法を購入したわけではない。 

 ガチャ産。 『ファイヤーボール』のスペルカード。

 腕の激しい痛みに、頭がクリアになっていく。


「……くくっ」


 野犬は頭を振り、纏わりついていた炎を弾く。

 ダメージは無し。

 炎を吐くんだ、そりゃ効かないだろうよ。


「殴り殺す!」


 駄犬に躾を。

 

「「グルウウウウウ!!」」


 双頭の野犬は興奮したように、唸り声を上げる。

 頭が二つある。 厄介だね。


 まぁ腕も二つあるし、なんとかなるだろ?

噛みつかれた腕から血が出ている。 折れてはいないようだが。

 痛みが脳を刺激して、ちょっと興奮してきた。

 俺はMではない、と思うけど……。


「ははっ!」


「「ガルアッ!!」」


 二つある頭に加え、爪の攻撃も厄介だ。

大きな体躯から繰り出される一撃には重みがある。

 

「「キャゥ!?」」


「お?」


 爪を防ぎ、双頭を迎え撃つ。

 前蹴りを胸に、双頭の付け根辺りに叩き込むと悲鳴を上げた。

 

 弱点か? 

 双頭の野犬は一歩後ずさり、脚を曲げ前傾姿勢を取る。

いつでも突撃を行える戦闘態勢だが、弱点を隠すような姿勢にも見える。


「ははっ!」


 折れて半分になった骨矛。

 どうにかコレを奴の胸に突き刺してやる。


「むっ!?」


 戦闘態勢を取った双頭の野犬。 そのうちの一つの頭が口を大きく開けた。 開かれた喉奥から紅の炎が見えた。

 

「――ッッ!!」


 炎の息吹ブレス

 炎球のお返しか。 

 俺は両手を交差させて、息を止めた。

 全身を炎が包み込む。


「あつ!?」


 足が熱い。

 バトラータキシードは焦げて煙を上げるが、燃えあがってはいない。

しかし、足元のスニーカーが燃えた。 急いで脱ぎ捨てるが、地面のアスファルトも滅茶苦茶熱い。 防ぎきれなかった顔の肌が焼け、髪も少し焦げているかも。 犬耳は無事だろうか……。


>>> R【ガードドッグイヤー】の損耗率が一定に達した為、装備解除されます。 修復が完了するまで装備はできません。


「……」


 ちょっと待て。

 何か? ダメージを食らいすぎると強制装備解除とかあるの?

どこぞのブラゲの如く、『大破キタコレ!』とか言っちゃう系??


「「グルルルル」」

 

「ふぅ……!」


 くそっ。 タキシードも頼りすぎは危険だ。 解除されたらすっぽんぽんだぞ。


「「ガアッ!!」」


「うっ!?」


 そうは言っても、鋭い爪の攻撃も、二つの頭の噛みつきも。 一手、防ぎきれない。 一手の多さに後手に回る。 回避から攻撃を試みても、背や肩の分厚い筋肉でガードし、構わず突っ込んでくる。


 覚悟を決めるしかない。


「はあっ!」


「「ガルッ」」


 双頭の野犬は、胸部の蹴りを下がって躱した。  

 そしてまたも、前傾姿勢の戦闘態勢。

さきほどとは別の口が、大きく開かれる。 

 再充填には一定の時間が掛かるのか?


「――」


 俺は疾駆した。


 放たれる紅の炎に向かって。


「うおおおおおお!!」


 左手を前に、右手で折れた骨矛構えて。

 炎の先にいる、双頭の野犬目がけて突っ込んだ。


「――シッッ!!」


 驚愕に目を見開く二つの頭の間に骨矛を突き立てた。


「ガルッ!?」


「ガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 浅い!

 炎を吐いていた頭は苦しみを見せるが、もう片方の頭は首を伸ばし大口を開けて襲い掛かかる。


「――ッファイヤーボール!!」


 左手はまたしても噛みつかれた。 

 俺は詠唱を唱え、発生させた火球を叩きつける。

 双頭の野犬には大して効かない。 

だから、突き刺さっている骨矛に向かって、炎球を叩きつけた。


――ボォン!


「「ガルアアアッ!?」」


 夜空を見上げ苦しむ二つの頭。


「くははっ!!」


 俺は、ダメ押しに前蹴りを骨矛に叩きつける。


「ははは――っああ!?」


 双頭の最後っ屁。

 ギラリと光る四つの瞳。 両の口から燃え盛る紅の炎が放たれた。


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