三十五話


 爛々と輝く赤い瞳。

 夜の空に、野犬の悲鳴が轟く。


「キャウッ!?」


「ははっ!」


「ガルァ!!」


 野犬を一頭斬り殺す間に脚を噛みつかれるが、気にしない。

 顔をガードすれば、野犬の攻撃は致命傷に至らない。


「らぁッ!!」


「――ガウッ!?」


 木実ちゃんたちはお留守番。

 流石に数が多い。 万が一があっては困る。

 野犬が次々に左右の道路から集まってくる。


『ガルァッ!!』

 

 赤黒い野犬が涎を垂らし、咆哮を上げ。

 号令に従うように、野犬は一斉に襲い掛かってくる。

バラバラだった野犬が統率されている。 赤黒はリーダー的な役割なのか。


 唸り声を上げる野犬。

 口を限界まで開けて、鋭い牙を剥き出しに飛びかかる。


「はあああああ!!」


「「「キャウッ!?」」」


 骨矛を横薙ぎに振るい、纏めて蹴散らす。

 その隙を狙う赤黒。

 大口を開け涎を撒き散らしながら、喉元に飛びかかる。


「はは」


「――ギャッ!?」


 予想していたその行動に、骨矛の先端を合わせた。

 僅かに発光する骨矛が赤黒の頭を貫く。


「はっ……ははは!」


 野犬狩りは順調だ。


 

◇◆◇



「鬼頭君……」


 彼の笑い声が聞こえる。

 私は二階の窓から外をみるけど。 外は真っ暗。 月明りしかない、薄暗闇に赤い点と白い棒が雑じり合う。


 私は役に立てない。

行っても『邪魔』になるだけだ。

 戦うと決めたはずの私は、また彼の帰りを待つだけ。

 

「魔法、早く使いたい」


「……そうだね」


 隣の葵ちゃんが呟く。

 フードを被って表情の少ない彼女も、どこか悔しそう。


「……」


 さっきは怒っていたミサちゃんも、心配そうだ。

 鬼頭君との約束は私がお願いしたことだと言っても、まったく信じてくれなかった。 それどころか、絶対に二人っきりになっちゃダメだよと、注意された。 


『『――ガァアアアアアア!!』』


 

「きゃっ!?」


 窓ガラス突き抜けてくるような、咆哮。

 強烈な悪寒が全身を駆け抜け、震えが止まらない。

気づかないうちに止めていた息を荒く吐き出す。


「はぁっ、はぁっ……」


 震えを抑えように両手を組んで、私は窓の外を確認する。

 その時だ。


「ああっ!?」

 

 駆け抜ける紅。

先ほどまで赤と白が交差していた場所に、燃え盛る炎の道が生まれた。

 


――鬼頭君!



◇◆◇



 ヤバイ!

そう思ったのだが、逃げ道がない。


「――熱っ!?」


 野犬ごと。

 紅の炎に巻き込まれる。

咄嗟に両手で顔を覆い、背を向けた。


「っ……」


 火炎放射に背を押され、熱風が過ぎ去る。

 長い。 そう感じたが、時間にしたら二秒ほどか。

炎で焼かれた背はまだ熱いが、タキシードは少し焦げた程度。

 それに毛が燃える嫌な臭いがする。 燃えている野犬の臭いか?

 俺の髪は無事か!?


「「ガルルルルゥ!」」


 炎を放った犯人が、唸り声を上げる。

二重で聞こえるのは、頭が二つあるせいだ。

 

 双頭の野犬。

 明らかに普通の野犬より大きな体躯に、赤茶色の体毛。 爛々と輝く赤い瞳は四つ。 今しがた炎を吐いた口元は、炎がまだ残っている。


 オルトロス。

 ギリシア神話の怪物の名を思い出す。

 それほどに、その双頭の野犬はオーラを放っていた。


「……」


「「グルルルッ」」


 空気が張り詰める。

双頭の野犬の尻尾が左右に揺れ、膝を曲げ前傾姿勢をとった。

 今にも襲い掛かってきそうだ。

  

「ふぅ……」


 骨矛を構える。

 逃げるという選択肢はない。

 チラリと、木実ちゃんたちのいる家を見る。

なんとなく、彼女が心配そうにこちらを見ている気がした。


「……はは。 ――来いよッ!」


 不思議と、力が湧いてくる!


「「ガルァッ!!」」


 俺は、突撃してくる双頭の野犬に向かい地を蹴った。

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