二十二話


 嵐の前の静けさか。


 二度目の襲撃の後、魚頭は来ていない。

近隣住民の方々が避難に来たが、東雲東高校の惨状に困惑していた。

 未だ救急車も警察も来れていない。 自衛隊の救援でさえも。

反町さんや他の怪我人たちは寝かされている状態。 

 生き残った教師の指示のもと、正門と裏門に机や椅子を運び簡易的なバリケードを作ってあるが、どの程度の効果があるかは疑問だな。


 曇天の雲は去り。

 真っ暗な空には月と星が見える。

 俺は一人、屋上で町を見ていた。

民家に明かりは無く、車のヘッドライトも無い。 

 光を失った町は、静かだった。



 ――オォーーン。



「……」


 静寂を打ち破る遠吠え。

 野犬のようなソレが、静かだった町に木霊した。

それに応えるように、魚頭の雄叫びが近くで聞こえた。



 ――コォアアアアアアアア。



 縄張り争い。

その魚頭の雄叫びにはここは自分の領地だと、そう示すような意思を感じる。 野犬のような遠吠えは、昼間に爆発音のあった大きな自動車道の方から。 魚頭の雄叫びは奴らが帰っていった方角、近くにある大きな公園からだろう。


「鬼頭君……」


「!」


 天使が現れた。

 もちろん、我が天使の木実ちゃんのことであるが。

 屋上の風は強い。 木実ちゃんのスカートがパタパタと揺れている。 体操着は返してもらい、現在はテニスウェアだ。 なぜかと言えば木実ちゃんはテニス部だから、水色の可愛らしさ反則級ウェアなのだよ。


 うむ。 風よ、――もっと吹け!

 

「また、バケモノ、……来るのかな?」


 木実ちゃんは僅かに俯き震えている。 その手にはトレー。 食事を持ってきてくれたようだ。

 まだ冷たい夜の風が彼女の髪を撫でる。 ゆっくりと顔を上げた彼女は思いを口にする。


「私も、戦うよ。 鬼頭君と一緒に!」


「……」


 それは……。


 木実ちゃんの大きな瞳はまっすぐと俺を見つめる。 僅かに赤らむ頬。 月明りに照らされ彼女は俺と一緒にいたいと、俺と一緒に戦うと、そう宣言した。


 嬉しいけど、嬉しいけども!


「足手まといにならないように頑張るから。 私も、一緒に……」


 ジッと見つめていると、俯いてしまった。


「……わかった」


「え! ほんとにっ!?」


 ほんとです。 戦うメリットもある。 俺は保護者ではないし彼女の意思を優先するよ。 もちろん、全力で護るけど。

 彼女は俯いていた顔を上げ、喜びの笑みを向ける。 曇天が去った後の夜空のような笑顔だ。 


「……」


 疑う彼女に、俺は一つ頷く。 


「やった! ――あぁっ」


 飛び跳ねて喜ぶ、木実ちゃん。 

 手に持っていたトレーが危ない。 俺は咄嗟に押さえた。

二人で一つのトレーを支える。 初めての共同作業。


「「……」」


 僅かな間の後、木実ちゃんはトレーから手を離した。


「それは鬼頭君の分だよ。 体育館、来ないの?」


「……」


 みんな体育館に集まっている。

 怪我人たちは一階部分に運ばれて、葛西先生たちが看ているようだ。

 体育館には一度行った。 でもやはり居心地が悪い。

 特に何か言われたって訳でもないけどさ。 居心地のいい空間じゃないってだけで苦痛だ。 これは俺の我儘でしかない。


「カオリンが無理に来なくてもいいよって。 だけど夜の見回りは参加してくれると頼もしいなって、伝えてほしかったみたい」


 木実ちゃんは困ったように担任教師からの伝言を伝える。

 あの野郎。 木実ちゃんに言いづらい言伝なんてさせやがって!


「ごめんね……。 疲れてるだろうし、怪我も……。 怪我は服部君に治してもらった?」


 腹の傷もだいぶ治ってきた。 ただ痕は残ってしまっているし、肉も抉れたままだ。 無性に腹も減るし。

 彼女の質問に俺は一つ頷く。


「そっか。 ……あ、あのね? そ、そのっ! 約束を……」


 胸の前で手を組みモジモジする木実ちゃん。

 はは、何この可愛さ。 いますぐ抱きしめたい!


「ううん。 みんなを助けてくれた、お礼をしたいなって……」


「――っ!?」


 明らかに顔を赤らめ横を向く木実ちゃん。


 もしかしてそれってまさか、おっぱい契約!?


「鬼頭君のおかげで大勢助かったんだよ? ありがとう、鬼頭君!」


 そう言って木実ちゃんは頭を下げた。


 俺はその姿を見つめ、トレーを持ちながら立ちつくす。

 契約は俺の中では失敗だ。 二度目の襲撃。 来ると分かった時点で俺は撤退を始めた。 他にも生徒がいるかもしれないと、その可能性を考えていても。 自分たちを優先した。


「だからねっ、そんな表情、しないで……?」


 俺はどんな表情をしていたんだろう?

 見つめてきた彼女から、俺は目をそらした。 



◇◆◇



 電気の点かない視聴覚室。

 月明りの差し込む窓際で、俺は椅子に座り木実ちゃんが持ってきてくれた食料に手をつけていた。

 非常食の乾パン。 それにめちゃ甘い豆が挟まった木実ちゃんアレンジだ。 疲れも吹き飛ぶ、痺れる甘さである。


「美味しい?」


「……美味い」


「よかった!」


 この薄暗い教室の中で、今は木実ちゃんと二人きり。

 どういうこっちゃ!?

 受け取ったトレーを持って視聴覚室に戻ると、ついてきちゃったんだよね。 こんな夜遅くに男と二人きりなんて、マズいよ木実ちゃん。


「……脱いだほうがいい?」


 おかしい。

 天使は何を言っているのだ?


 俺は彼女をジッと見つめる。

実は木実ちゃんの姿をした偽物ではないか? 敵のハニートラップ!?

 そう思い彼女を見つめ続ける。


「ん……」


(――ふぁっ!?)


 テニスウェアの上を脱いだ。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺が見つめていたら木実ちゃんが上着のポロシャツを脱ぎ始めたのだ。


 俺はついに魔眼でも開眼したのかっ!?


 思わずメニューを確認するが、そのようなスキルも魔法も手に入れてはいない。


「え、エッチなのはダメだよ……?」


「っ!?」


 俺の膝の上に腰を下ろした木実ちゃん。

 何を言っているのか分からないと思うが、俺の膝の上に彼女の柔らかな尻肉の感触と温もりが伝わってきたのだ。


 エッチじゃないパイ揉みってあるんですかっ!?


 膝の上にちょこんとのっかる木実ちゃん。

背中をこちらに向け、正面を向いている。 彼女の小さな背中は月明りに照らされ白い肌が透けているようだった。

 

「……」


 ブラジャーは白。

 って、違う違う!

俺の彼女への思いは本物だ。 決して肉欲のためだけのモノじゃない。

 ここで彼女の胸を揉んでしまったら、俺たちに未来はないんじゃないか?


 俺は、俺はどうすればいいんだぁ――!?


 教えてくれ、ジェイソンっ!!


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