四話:異変

 鬼頭神駆が天使をお姫様抱っこで運ぶ少し前。

 東雲東高校一階、三年生のクラスは喧騒に包まれていた。


「きゃああああ!?」


「なんだよっ、コイツら!!」


 魚頭の化物。

 鬼頭がサハギンと呼んでいたバケモノの襲撃を受けていた。


「反町さん!!」


 反町と呼ばれた男子学生。


 デカイ。

 坊主頭の相撲取りのような体格。 ダボダボのズボンに短い学ラン。 ボンタンと短ランという現在では滅多に見ない出で立ちの男は、サハギンを叩き潰していた。


「フン。 大したことねぇ。 気合い入れろ!」


「は、はい!」


 見た目は悪役レスラーのようだが、実は野球部主将の反町。

男子生徒たちに活を入れ、自ら先頭に立ちバットを振るう。


「二階から体育館に避難させろ!!」


 反町は場所の不利を悟り移動を命じる。

体育館は二階にあり防衛がしやすい構造。 避難場所にはうってつけ。


「クソがぁ……。 なめてんじゃねぇええええええ!!」


 薙ぎ払う。

 迫る魚頭の群れを相手取り。

 守られている生徒たちが恐怖する程の鬼気を放つ。


 阿修羅の如く、反町は魚頭の怪物を叩き潰していく。



「閉めろ」


 一階と二階にいた生徒たち。

それと幾人かの教師たちが体育館へと辿り着く。

 反町は扉を全て閉めるように命じた。


「……」


 少ない。

集まった数は百人はいないだろう。

二年と三年の生徒を集めれば五百人はいるはずだ。

 残りの生徒たちはまだ、教室に取り残されている。


「どうしますか、反町さん?」


「フン……」


 反町は自身の体を見た。

 鋭い爪に黒の学ランは所々破け、中のシャツも切り裂かれて血が出ている。

魚頭を叩き潰した公式用のバットもヘコんでデコボコになっていた。


 助けに行く。


「……扉を固めろ。 それと、武器になる物をなんでもいいから集めろ」


「……はい!」


 それは無謀だと、反町は諦める。

 

 彼を薄情だと責める者はいなかった。

 誰も現状を呑み込めていない。 これは一体なんなのか。 夢か現実か、それすら分からない。 教師ですら狼狽え、呆然と閉められた扉を見つめている。


バン! ギャリ! ババン!


 扉を叩く音に、集まった者たちは身を震るわせ縮こまるだけだった。



◇◆◇



 西校舎二階、二年五組。


「ふぅ……」


 折れてしまった竹刀。

それを見て一つ長い溜息を吐いた女子生徒。


「力が入りすぎた……」


 長身の女子生徒は折れた竹刀を捨て、黒い煙を上げ消えていく魚頭を見ながら、ポツリと呟く。 モデルも羨むスレンダーな体型。 化粧など一切しなくともその端麗な容姿で見つめられた男子は赤面を余儀なくされる。


「九条さん! それってナニ??」


 突如現れた不審者、もとい魚頭。

 剣道部員『九条 茜』は自前の竹刀を振るい撃退する。 魚頭は体格も振るわれた攻撃も、稚拙だった。 しかし、本物の殺意を前に、九条は思わず力んでしまった。


「さぁね……とりあえず、どこかに避難したほうがいい。 下が騒がしいから、一匹だけではないと思うよ」


 聞いてきた可愛らしい男子生徒にそう答えながら、九条はどこに避難するべきか考えていた。 

 

 竹刀袋から竹刀を取り出す。 敵の数は分からない。 現状の把握もままならない。 


「体育館かな。 急ごう」


「う、うん!」


 そう結論付け教室を出るが、遅かった。


「ぎッ――あああああああああ!?」


「いやあああああ!!」


「ちょ、押さないでっ、ああっ!」


「お前達! 冷静にっ、早く避難しろ!!」


 パニック。

 階段から上がる魚頭に加え、非常階段側からベランダを通り進入する魚頭。 教室は一気に騒がしくなり、生徒たちは狭い廊下に溢れかえる。

 

 残っていた教師が指示を飛ばすが、生徒たちは冷静さを失っている。

押されて転がる者、服を掴まれ壁に頭を打ち付ける者。 廊下はすでに混沌とし始めている。


「変更。 東校舎から剣道場に行こう」


「うん!」


 西校舎と東校舎をつなぐ通路。

九条は人混みを避けるように、クラスメイトたちと移動する。


「!」


「うわ!?」


 東校舎側の階段。

そこから上がってくる魚頭が見えた。


「シッ!」


「キコッ!?」


 すでに九条は相手の行動を待つつもりはない。

 先手必勝。

魚頭に突きを喰らわせ階下に落とす。


「ダメだね。 とりあえずこっちに避難しようか?」

 

 理科室。

 反対には教師たちのいる職員室がある。


「うん!」


 クラスメイト達のほとんどは職員室へ。 

九条は少しとっつきにくく、人付き合いが苦手なタイプ。 それに非常時には大人である教師を頼りたいと思った者が多かったようだ。


「……」


 カチャ。


 理科室の扉は閉められる。

そこには可愛い男子生徒と、クール系剣道少女――九条だけだった。



◇◆◇


 速い!


「あっ、ちょっと!!」


 人を抱えたままで、あれだけ速く動けるなんて!

やっぱりあいつ人間じゃないわっ!!


「ミサ……私たちも行こ」


「え、ああ、そうね! 木実が心配だわ!!」


「違う。 私たちの方が危険」


 そう言った友人、『瀬名 葵』の言葉にハッとした。

急にベランダの窓を破って現れた魚頭。 それにこの状況はどうなってるの?


「なんだったの、あのバケモノ……?」


「分からない。 でも、この騒動の原因なら下にはいっぱいいるかも……」


 その言葉に、ブルりと体が震えた。

あんな気持ちの悪いバケモノがいっぱい? 

 無機質な赤い瞳。 鋭い爪を容赦なく振るうその姿に、正直少しちびったわ。

 

 黒い煙を上げ消えていくバケモノの横。 無残に殺されたクラスメイトの姿を見て、すぐに目を離した。


「木実は貞操の危機。 でも私たちは生命の危機」


 珍しく饒舌な葵。

それだけ深刻な状況なのね。


「……行きましょ!」


 私たちは教室を飛び出した。

 どこに逃げればいい? やっぱり職員室?


「うっ、こっち!」


「ん……」


 階下の喧騒。


「こっちも!?」


 教室のある西校舎から、東校舎へと向かう通路。

東校舎側の階段からも悲鳴が聞こえた。


 逃げ場がない。


 激しさを増す悲鳴と騒音。 

 私と葵は咄嗟に中間にある女子更衣室に飛び込んだ。

 逃げ場のない小さな部屋で、静かにジッと、時が過ぎるのを待った。


 もし、見つかってしまったら。 窓から飛び降りようか。 

そんなことを考えながら……。


「……」


 喧騒と悲鳴が止み、ペタペタと聞こえる足音が止んでも、私たちは待つだけだった。


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