第2話 はじめまして+運命

丸顔だし、服装も、スカート多め。


女の子らしいといわれる顔立ち。


けれど、意外と現実主義。


舞は”運命”なんて少しも信じていないのだ。


だから、彼と初めて会った時、最初に浮かんだ言葉に一番自分が驚いた。


何度も?マークを浮かべて、確認してみた。


ほんとに?間違いじゃない?


でも、出て来た答えはひとつだけ。





★★★★★★




先生の借りているオフィスから、駅前の教室までは電車で2駅。


午前中の教室で焼き上がったケーキをラッピングして記者との待ち合わせ場所である、有名な老舗コーヒー店に向かう。


今日はこのまま直帰して良いと先生から許可を貰っているので、久々に駅前をウロウロして帰るつもりだった。


新作のコスメを試して、春夏のファンデを買って、口紅も1本ほしいなぁ・・


3月だし、春っぽいワンピースを買って、それに合う羽織りものも探そう。


悩んでいる気持ちが、少しでも晴れるような、明るい色のワンピース。


そう思いながら、コーヒー店のドアを開ける。


記者の名前を告げると、奥の個室へ案内された。


仕事で何度か訪れたことのある店だ。


コーヒーの味には定評があり、常連客も多い。


無理に店舗を増やさず、固定客を大事にする会社の方針が気に入っていた。


先生の考え方と同じだったから。


「顔も知らない生徒さんたちに、心から美味しいお料理を教えることはできないのよ。だから、人数は少なめで、ちゃんと質問にそのつど答えられるような教室にしたいの」


無理に生徒数を増やすこと無く、いつも同じ目線で教えてくれる先生。


きっと、あんなに尊敬できる人に会うことはないだろうなぁ・・・


これから、どの先生についたとしても、やっぱり一番の先生は、石川先生だと思う。


「お連れ様がおみえになりました」


「どうぞー」


中からの返事を待って、舞はドアを開ける。


スタッフはもう廊下をフロアに向かって歩き始めていた。


「失礼します」


軽く会釈して、頭を上げると、中にはふたりの人間がいた。


こちらに背を向けてソファに座る、男の人の向かいに腰かけていた人物が立ちあがる。


恐らく、この人が記者だろう。


「どうも、お呼び立てしてすいません。お電話させていただきました、吉岡と申します。すいません、もう一社お願いしている会社さんとの取材が続いてまして・・」


その言葉を受けて、背中を向けていた人物がこちらを振り向いた。


「アポの時間に少し遅れてしまったんですよ。申し訳ない・・・」


「・・・・・・・あ・・・いえ・・・」


そう返すのが精一杯だった。


舞の頭に真っ先に浮かんだ言葉。


”私、このひとと、結婚する”


そのせいで、しどろもどろの返事しか返せない舞を見て、緊張していると思ったのか、彼がやんわりと手まねきした。


「良かったら、取材聴いて行きません?ただ待ってるだけってのも、退屈でしょうし」


吉岡も安心させるように微笑んで、テーブルの上のベルを鳴らす。


「料理教室のスタッフさんだから、この店はご存じですよね?なんでもお好きなもの頼んでくださいねー」


舞は呆然としたまま、二人の真ん中のいわゆるお誕生日席に納まった。


嘘・・・何かの間違いじゃない・・・?


次の仕事先に悩み過ぎて、結婚に逃げたくなったとか??


そうよ・・・そうにきまって・・・・


自分を納得させようと、もう一度彼に視線を送る。


・・・好きとか・・・そういうんじゃない・・・


でも・・・なんだろ・・・


この人の家族になるって、疑いも無く、直感で、そう思った。


これまで出会った誰にも、そんな風に思ったこと無い。


・・・運命なんて、ぜんっぜん信じてないのに・・・なんで、こんな事・・思うわけ?


「緊張しなくても大丈夫ですよー。ちゃんとこっちで文章整えるので、質問にいつも通り答えてくだされば」


「・・・あ・・・・ハイ・・」


吉岡の言葉に曖昧に頷きながら、やっぱり彼から視線を逸らせない自分がいた。


緊張しすぎて、何を話したのかも、覚えてない。


でも、自分が持っていったケーキをふたりに食べて貰って、しっかり教室の宣伝をしたことだけは覚えている。


別れ際に告げられた彼の名前が、頭から離れない。


”橘さん・・・”


業種も、職種も、なにもかも違う。


きっと、これっきり、会うことは無い。


それなのに、あの時の気持ちはいつまでたっても消えないのだ。






★★★★★★






パソコンとにらめっこしていると、声がかかった。


「安藤さん、少しいい?」


先生に呼ばれて、応接に向かう。


あ・・・そうか・・・もう金曜日・・なんだ。


自分で区切りをつけた期限の日、だった。


心底心配そうな先生の視線から逃げるように俯く。


「決められそうかしら?」


「あ・・・・すいません・・・」


本当は、それどころではなかった。


仕事のことも、これからのことも、みーんな頭からスッポリ抜けてしまっていたのだ。


自分でも馬鹿みたいだと思う。


友達が、きゃっきゃとはしゃいでいたような事態にまさか自分が陥るなんて。


「安藤さん・・・あのね」


「先生!」


思わず、呼びかけていた。


自分でもびっくりするくらい大きな声で。


先生が目を丸くして、問い返す。


「どうしたの?」


「あの・・・運命って・・・信じますか?」


「え・・?」


「は・・初めて会った人に・・・全然知らない人なのに、この人と結婚するって・・・そんな風に思ったことってありますか?」


馬鹿にされるだろうか?


呆れられるだろうか?


ぐるぐる回った舞の予想していた反応はふたつ。


けれど、先生の返した反応はそのどちらでも無かった。


にっこり笑って、一言。


「ええ。もちろん、あるわよ」


「えっ・・・そ・・・それって!?」


身を乗り出した舞の肩を叩いて、先生が続ける。


「うん。今の主人よ」


「えーっ!!!本当ですか!?」


「そんなに驚くことかしら?・・あ・・・もしかして好きな人でも出来た?それで悩んでいたのね?」


顔を覗きこまれて、舞は真っ赤になって小さく頷く。


18の時から知っているのだから、嘘をついたり、隠したりしたってすぐにばれるに決まっている。


舞は、取材で知り合った橘という男性のことを話した。


地元の優良企業である志堂のグループ会社に勤めていて、営業職をしている事、今回の取材は取引先からのどうしてもという依頼で受けたので、勝手が分からないと気さくに笑ってくれたこと。


もちろん、もう2度と会うことは無いだろうということも。


けれど、先生は嬉しそうに告げたのだ。


「安藤さんの、次の就職先、決まったわよ」


「え・・?」


意味が分からずに問い返す舞に、先生は1枚の会社案内を出してきた。


「志堂の本社で、広報担当の人員を探してるそうなの。受けてみない?」


「え・・・でも・・広報なんて・・」


料理教室しか知らない舞にやっていけるとは思えない。


眉根を寄せる舞を安心させるように、写真のビルを指さす先生。


「志堂と、バレンタインやホワイトデーのイベントで共同企画を行っている、洋菓子メーカーの篠宮との中継ぎ役を頼みたいそうなの。料理の知識も必要だし、これまでの経験も生かせる。だから、あなたに打ってつけだと思って。それにね、本社から歩いて10分の距離に、志堂グループのビルはあるのよ?その、橘さんって人にも、きっと会えると思うの。どうかしら?これはもう、運命だと思って、行ってみるしかないじゃない?」


「・・・ほ・・・ほんとですか?」


もし、これが、ホントに運命なんだとしたら。


舞は、もの凄く重要な決断をすることになる。


これからの一生を左右しちゃうような。


とてつもない決断を。


「私は、そういうの信じる方なの。あなたはどう?」


先生の言葉に、舞は両手をぎゅっと握った。


「・・・・・信じたいです・・」


あの時の、強い気持ちを。

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