後日談③ 義兄の結婚  

「えぇえええええ!? 叔父さん結婚するの!?」


 家中に琴乃ことのの叫び声が木霊する!


 文化祭が終わった直後、せい兄ちゃんから手紙が届いた。


 内容は結婚式の招待状だった。


「誠兄ちゃん、ようやくその気になったみたいだね」

「まったく、こんなに待たせて。奥さんが可哀想よ」


 今日は心春こはると一緒に、琴乃ことのの家にやってきていた!


「ようやく自分のことをする気になったみたいだね」


 オフクロがその招待状を眺めながら、どこか感慨深げに呟いた。


「良かったね琴乃ことの! いとこができるかもしれないよ」

「いとこぉ!?」


 琴乃ことのから素っ頓狂な声が聞こえてきた!


「んーと、私がいとこになって、心春こはるちゃんが叔母さんになって……」

 

 琴乃ことのは混乱しているようだ!


「だ、誰がおばさんですって! まだぴちぴちの高校生なんですけど!」

「その言葉を使ってしまったらおばさんだろ……。それにそっちのおばさんじゃない」


 相変わらずズッコケたことを言っている心春は置いておいて、琴乃ことのがこんな風に混乱しているのも当然ではある!


 せい兄ちゃんに子供ができるとなると、更に家系図がややこしいことになる! いや、そこに今の俺と心春こはるは入ってこないはずなんだけどさ!



チーン



 俺たちのやり取りを横目に、オフクロが仏壇に線香をあげていた。

 仏壇には丁寧に、誠兄ちゃんの結婚式の招待状が置かれていた。


 珍しくオフクロが真面目な顔をしていた。


「と、ところでなんだけど!」

「どうしたの?」

「叔父さんって付き合ってる人いたの!?」

「うん」

「えぇええええええ!?」


 琴乃ことのが目ん玉飛び出そうなくらい驚いていた。

 そういう事情って姪っ子は分からないもんなぁ……。




※※※




―二ヶ月後―



 誠兄ちゃんの結婚式当日がやってきた。


 誠兄ちゃんのことだから、もっと派手にやるのかと思ったが、ほぼ親族のみの小規模な披露宴になるらしい。


「うぅううう、良かった。本当に良かった……」

「会長ぉおおおおお」


 後三十分ほどで披露宴が始まるのだが、既に泣いてるやつが二人もいる……。


 心春こはる将人まさとだ!


 ロビーの待合室で既に号泣している。


「泣きすぎじゃない?」

「馬鹿野郎! めでたいときはいくら泣いてもいいんだよ」

「そうですか……」


 将人まさとに思いっきり背中を叩かれた。



 ――誠兄ちゃんの結婚式の招待状が届いてから、少し時間が経った後、俺は義父であり前世の親友でもある将人まさとに自分と心春こはるのことを告げた。


 最初は驚いていたが、すぐに表情は笑顔に変わり、俺との再会を喜んでくれた。


 唯人ゆいととして生きていくことも素直に話した。


 そのことに全面的に協力すると、応援すると言ってくれた。

 重くなり過ぎず軽くなり過ぎず、今の俺のことを受け入れてくれた。


「はぁ……。そういうところは昔から変わってないなぁ」

「うるさいな! 制服姿で参列できるお前たちが羨ましく仕方がないわ!」


 将人まさとが俺と心春こはるのことを真っ赤にした瞳で睨みつけてきた!


「そうは言ってもなぁ」

「うん」


 俺と心春こはる琴乃ことのは制服で参列している。

 学生だからこういうときは、わざわざ礼服を探さなくていいから楽チンだ。


琴乃ことのはこういうのに来るのは初めてだよな」

「う、うん。何か緊張するなぁ」

「おめでたい席なんだからそんなに肩肘張らなくても大丈夫だって」


 そう言って、琴乃ことのの肩を少し揉んでやる。


「よし、じゃあ開場してるから中に行こうか」

「うん!」


 そう言って、みんなで披露宴会場に入っていった。




※※※




 披露宴はつつがなく進行していった。


 二人のなりそめなどが、スクリーンのスライドショーで紹介されていく。


 心春こはるは、披露宴のプログラムが進行するごとに涙を堪えるのに必死なようだった。何度も何度も自分の目をハンカチで拭っていた。


 意外なのはオフクロだった。

 誠兄ちゃんが、俺たちのテーブルにキャンドルサービスにきたときに、オフクロは頬に涙を流していた。


 俺には決して涙を見せることのなかったオフクロが、この日初めてはっきりと涙を流していた。


「……オフクロも泣くときあるんだな」

「人のことをなんだと思ってるんだい」

「ただのおばば」


 そんな軽口でその場を誤魔化した。


 オフクロと誠兄ちゃんも付き合いは長い。

 俺と美鈴みすずが幼馴染だったように、誠兄ちゃんも小さいときはうちによく遊びに来ていた。


 せい兄ちゃんは俺たちが死んでいる間も、きっと古藤ことう家に全力で協力してくれていたのだろう。それこそ、琴乃ことのの体育祭に顔を出すくらい気にかけてくれていた。


 オフクロと誠兄ちゃんの間には、俺たちには分からない苦労が相当あったのだと思う。俺にはオフクロの心中は分からないが、そこには相当複雑な感情があったのだろう。


 なんとなく……俺がそこに簡単に踏み込んではいけない気がした。


「ったく! みんなで泣いてばっかりなんだから! せっかくのおめでたい席なのに!」


 俺は席を立ちあがって、大きな声を出すことにした!


「誠兄ちゃんおめでとぉおおおおおお! 幸せになれよーーー!」


 俺は心の底からその言葉を叫んだ!


「ほら! 琴乃ことのも声出して!」

「う、うん!」


「「おめでとーーーー!」」


 琴乃ことのも誘って一緒に声を出した。


 白いスーツに身を包まれたせい兄ちゃんがこちらを一瞬振り返った。

 俺たちの方に向けて、ニコっと微笑んだような気がした。




※※※




「誠兄ちゃん! おめでとう!」


 お酒を持って、誠兄ちゃんたちがいるひな壇に行く!


「これからも誠一郎を宜しくお願いします」


 心春こはるが誠兄ちゃんの奥さんに深々と頭を下げていた。

 新郎を女子高生にお願いをされるという謎の光景だった。


「はぁ……。君たちだから言うけどこういう席って本当に緊張するよなぁ」

「誠兄ちゃんでも緊張するんだ。というか、まさか結婚式をやるとは思ってなかったよ!」

「僕は別にいいかなぁと思ったんだけど、こっちがさ」


 誠兄ちゃんが奥さんの方を見る。


「今日は私の我が儘でやってもらったの。散々待たせられたからこれくらいは言う事聞いてもらおうかなって」

「というわけさ」


 誠兄ちゃんが少し恥ずかしそうに笑った。


「そんなに結婚式ってやりたいものなんですか?」


 琴乃ことのがその話に食いついた!


「結婚式っていうか……ねぇ?」


 誠兄ちゃんの奥さんが少し悪戯っぽく笑った。


「女の人ならいくつになってもウェディングドレス着てみたいでしょう?」

「う、ウェディングドレス……!」


 琴乃ことのがぼそっとその言葉を呟く。


 い、いいい嫌な予感しかしない流れになってきたぞ!


唯人ゆいと君、ウェディングドレスだって!」

「めっちゃ似合ってます! 純白のドレスって素敵ですよね!」


 琴乃ことのに話しかけられたが、俺は全力で誠兄ちゃんの奥さんに話をふった!

 

 今日の主役はこの二人だ!

 琴乃ことのに真面目にとりあっていたら、そのまま爆弾を投下されてしまう!


「結婚式って結構お金かかるぞ」

「知ってますよ!」

「二回分は大変だぞ」

「今日は俺の話はやめましょうよ!」


 誠兄ちゃんが思いっきり俺のことからかってきた。

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