アンドロイドの彼女

まにゅあ

アンドロイドの彼女

「おかえり」

 仕事を終えて帰宅した私を出迎えてくれたのは、一体のアンドロイドだ。

「ただいま」

 私が彼女(それは女性アンドロイドだった)と出会ったのは半月ほど前。近所のデパートに買い物に出かけたときだった。

 デパート一階のイベント会場で、偶然にも「アンドロイド展覧会」が催されていた。

 離れて久しいが、大学の頃はアンドロイドの研究をしていたため、興味をひかれた。

 気に入ったアンドロイドがいたら、レンタルもできるらしい。

 昔に比べてアンドロイドの表情や仕草がとても人間らしくなっていることに驚きつつ展覧会を見て回っていると、その中で一体のアンドロイドが目についた。

 それは黒髪ショートでエプロンを付けた、地味な格好の女性アンドロイドだった。

 他のアンドロイドが表情豊かに色々な仕草を見せているなかで、彼女だけは無表情で突っ立っていた。

 どうして彼女だけ?

 昔から疑問に思ったらとことんまで追究するのが癖だった。

 彼女に近づき、色々な角度から彼女を見ていると、

「いかがなさいましたか?」

 突然の声に驚き、びくりと体を震わせる。

 ゆっくりと顔を上げると、彼女が無表情でこちらを見つめていた。

 時間にしたら一瞬のことだったに違いない。だけど、彼女と見つめ合ったその瞬間のことを、私は今でもはっきりと思い出せる。

「……なんでじっとしてたのかな、と思いまして。ほら、他のアンドロイドはあんな感じなのに」

 ヘンテコな日本語になってしまったけれど、意味は伝わったようで、

「私、疲れるのは嫌いなんです」

 とても人間らしいことを言う彼女に、思わず笑いがこぼれた。

 私が彼女をレンタルすることに決めたのは、このときだ。

 彼氏との同棲に疲れて、破局したのが一年前。この一年間、気ままに一人暮らしを満喫してきたけれど、時折家が広いと感じるときがあった。一緒に住んでくれる相手を無意識のうちに欲していたのかもしれない。それにアンドロイドのレンタルなら終わりがある。終わりの見えない同棲とは違う。もし気が合わなくて返却することになっても、相手がアンドロイドであればそれほど気に病むこともないだろうという後ろ暗い考えもあった。

「今日はね、職場の山崎さんが――」

 いつものように話を始めると、彼女は「ああ」とか「うん」とか半ばなおざりな返事をする。

 そのいい加減さが心地よかった。人との会話の多くが相槌で成り立っていることを知ったのは、彼女と住むようになってからだ。

「今度の週末、遊園地に行きたいな」

 テレビを観ていた彼女が言う。番組では地元の遊園地が特集されていた。

「いいね」

 彼女にはフランクに接してほしいと言ってある。彼女の敬語を聞いたのは、展覧会で彼女と出会った日が最初で最後だ。


 遊園地はとても混んでいた。休日だから混んでいるのは仕方がない。それは分かっていたけれど、それでもこの暑さだ。愚痴を言いたくなるのも仕方ないよね?

「……さっきから全然、列進まないね」

 私たちは炎天下の中、人気のジェットコースターの待ち行列に並んでいた。

 自分でも信じられないくらいの量の汗が噴き出す。人間の体の大部分が水でできていることを実感する。

「私は暑さを感じないけどね」

 正直なところも彼女の美点だ。思ってもいないことを同情されると空しくなるから。

「別の乗り物にする? 空いているやつ」

 彼女の提案を断る。ジェットコースターに乗ることを提案したのは彼女で、私は彼女の願いを叶えたかった。

 汗だくで並び続ける私を見て、彼女が何を思ったのかは分からない。

「ちょっと飲み物買ってくるよ」

 彼女はそう言って列から抜ける。彼女の後ろ姿はすぐに人ごみに紛れて見えなくなった。

 しばらくしても彼女は戻ってこなかった。

 いくら何でも遅すぎる。

 搭乗まであと少しだった待ち行列を抜けて、彼女の姿を探した。

 どこにいるの?

 遊園地の係員に近くの自動販売機の場所を訊いて向かってみたけれど、そこにもいなかった。

 アンドロイドが道に迷うなんてことはあり得ない。となると考えられるのは、彼女が何らかの事故に巻き込まれて身動きが取れなくなっている可能性だ。

 大衆を縫うようにして彼女の姿を探した。

 ――やっと、見つけた。

 彼女はベンチに座っていた。

 小さな子供を太ももに寝かせていた。

 彼女がこちらに気づき、口を開こうとする。

 シーッ。

 人差し指を唇に当てて彼女の言葉を遮る。寝ている子供を起こしたくはなかった。

 私は彼女の隣の空いているスペースに腰かけた。

 子供は泣き疲れたみたいに目元が赤くなっていた。迷子だろう。

 何かを言おうとする彼女に、首を振って「今はいい」と伝える。

 目の前をたくさんの人々が通り過ぎる。誰も彼もが楽しそうに笑い、子供たちのはしゃぎ声があちらこちらから聞こえてくる。

 ベンチに無言で座っている私たちは、彼ら彼女たちとは別世界にいるみたいだった。

 だけど、寂しさや虚しさは感じなかった。

 彼女が隣にいるからだ。

 彼氏と別れてからの一年間。家の中で時折感じた寂しさも、彼女が来てからの約二週間で一度も感じることはなかった。

 泣き疲れて眠っている子供の横顔を見ながら、私は彼女を返却することに決める。

 彼女は多くの人を救うことができる。

 私を救ってくれたように。

 彼女と出会うのを待っている人々は、まだまだたくさんいるのだ。ちょうど遥か向こうで今も並んでいるであろう大行列みたいに。

 返却すると言ったら、彼女はどんな反応をするだろう。いつものように「ああ」とか「うん」とかそっけない返答であってくれればいいのにと願う。そうすれば、彼女と心置きなく別れられると思うから。

 だけど、今だけは、ほんのちょっと甘えさせてほしい。

 私は彼女の肩にそっと頭を寄せる。

 彼女は何も言わない。

 額から伝い落ちる汗が、とてもありがたかった。

 

 

 

 


 

 

 

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アンドロイドの彼女 まにゅあ @novel_no_bell

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