第53話

 翌朝。

 目覚めすっきり……とは勿論、いかなかった。

 

 すっかり寝坊した可紗は『レディの部屋に入るわけにはいかない』と頑なに拒否したらしいヴィクターに代わり、ジルニトラの手によって起こされた。

 そして時計を見て驚愕し朝から大声をあげて叱られつつも、最終的にヴィクターに車で送ってもらって遅刻することなく無事に登校したのであった。

 

 学校に着いてからもそれはもう大変で、あの時大量に来ていたメッセージの大半は返事が途絶えたことで心配していた汀からだったのだが、途中ウルリカからも来ていたのだ。


 どうやら彼女はオーナーに会いに行く口実として可紗がアルバイトの日かどうか知りたかったらしく、学校に到着するなり教室で突撃されて宥めるのに大変苦労した。

 勿論、心配をかけてしまった汀にも丁寧に謝った。

 

「大丈夫、なにもないってわかれば、それで十分だから」

 

「ううう……私のカレシがとても優しい……」

 

「恋人には優しくしたいものだろう?」

 

「追い打ち!」

 

 くすくす笑う汀に、可紗は照れ隠しにおどけてみせる。

 そんな二人のやりとりに周囲が驚いているようにも思えたが、朝の時間ということもあって可紗は早々に教室へと戻った。


 一時限目から小テストがあるということも可紗にはショックだった。

 常日頃から勉強していれば大丈夫だとは思うが、それでも予習しておきたかったと思うのは仕方のないことだろう。

 

(でも、しょうがないね)

 

 寝不足もあって、授業中は何度も居眠りをしそうになって必至になった可紗だったが、明確に進学するという目的ができたおかげだろうか、やる気に満ちていた。

 とはいえ、真面目に受けているだけでは理解できない点などは今まで以上に努力は必要だと思っているし、なにより汀と一緒の大学を選ぶならば努力に努力を重ねなければならない。

 

 当然、自分の夢にも続く道なのだ。

 可紗にとって大切なことだった。

 

(進路については今度、先生にもお勧めの大学を聞いてみるとして……今は自分が弱い教科についてどう勉強していくかだなあ)

 

 進みたい道が見つかれば、自ずと必要な行動が見えてくる。

 

 だが、可紗はクラスメイトと比べるとやや遅れているような気もして焦りの気持ちが生まれていた。

 それこそ、道が見つからないときから焦っているのできっとどの状況でも焦るのだろうという妙な達観はしていたので、気持ちを落ち着かせることはできたのが不幸中の幸いだろうか。


 昼休みは汀と過ごし、勉強についてアドバイスをいくつかもらって放課後は神社へ向かう。

 

(あの子がいるとは、限らないけど)

 

 それでも、行かずにはいられない。

 鞄の中で、スケッチブックが出番を待っているのだ。


 今までで一番軽い足取りで、境内へ続く石段を登る。日差しは夕方でもまだ十分強く、可紗は額に浮かぶ汗を腕で拭った。

 

(いるかな)

 

 初めて会ったときと同じように、茜がうっすら差す空を背負った神社を見上げてなんとはなしに財布を取り出し二礼二拍手一礼。

 

 今日の境内は静かで、人がいない。

 不思議なものだなあと思いながらお参りを済ませて可紗が帰ろうかと踵を返したところで、笑顔の女の子が立っているではないか。

 

「こんにちは、おねえちゃん!」

 

 満面の笑みを浮かべた女の子は、出会ったときと同じ、ひまわりのワンピースを着ていた。

 目を丸くする可紗をよそに、女の子はご機嫌に体を揺らして可紗の周りをくるくる踊るように回っている。

 そして可紗の手を取って、ベンチへと誘うのだ。

 

「いつの間に、来たの?」

 

「そんなのいいから! ねえねえ、おねえちゃん、続きは!?」

 

「う、うん。できたよ」

 

「やったーー!!」

 

 万歳と大喜びする女の子の姿に、可紗の小さな疑念は吹き飛ぶ。

 早く早くと急かされるままに、通学鞄の中からスケッチブックを取り出して開いた。

 

「女の子は、もらったお花を自分のリボンで一つに束ね、歩き続けました」

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