第45話
目的を、失った。
だから、自分は迷子になったのだと可紗は気づいて愕然とする。
これが不安の正体だったのかと。
からっぽになってしまった自分の、進むべき道を見失ったのだと気づいてショックを受けた。
「おねえちゃん、おえかきしてるの?」
「えっ?」
愕然とする彼女に、横から声がかかった。
子どもたちが夕暮れと共に去っていく姿を見て、もう全員境内からいなくなったものだと思っていたがまだ残っていたらしい。
それは、ひとりの女の子の姿だった。
夏物のワンピースを着たその子は、不思議そうに可紗を見上げている。
「おねえちゃん、おえかきしてるの?」
可紗が反応しなかったことに聞こえていなかったのかと思ったらしいその女の子は、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
そのことにハッとした可紗は咄嗟になんとか笑顔を浮かべる。
「そうだよ、夕焼けが綺麗だったから」
「そうなんだ! ねえねえ、見せて!」
「え? い、いいけど……色は塗ってないよ?」
「いいから見せてー!」
まだ幼稚園児くらいだろうか、無邪気に見せてくれとねだる女の子は可愛らしく、可紗は困ったように笑いながらスケッチブックを渡した。
受け取った女の子は「わあ!」だとか「すごいね!」だとか、とにかくしきりに感心し続けて楽しそうにしている。
そんな姿を見て可紗も悪い気はしなかった。
「絵本みたい!」
「えっ……」
女の子がスケッチブックを返しながらの無邪気な言葉に、可紗はどきりとして思わず胸を押さえる。
そんな可紗に構うことなく、女の子は身振り手振りを加えて自分は絵本が好きなのだということを語ってくれた。
家にある絵本はもう全部覚えてしまった、新しいのがほしいが買ってもらえない、そんな話だったように可紗は思う。
「ねえねえ、おねえちゃん。その絵のお話、教えて!」
「え……ご、ごめんね。これは別に……絵本とかじゃなくて、ただ、描いただけっていうか」
困ったように言う可紗に、女の子が不満そうに口を尖らせる。
その仕草は大変可愛らしかったが、可紗としては返答に困るばかりだ。
お互い帰らないと、家族が心配するに違いない。
そう言い訳めいたことを考えて、可紗は立ち上がる。
「ごめんね、おねえちゃんそろそろ帰らないと。あなたも、おうちで待っている人がいるでしょ?」
「……そうだ、おねえちゃん!」
「え?」
「明日もここに来てよ! おねえちゃんが
「え?」
「約束だよ!」
言うが早いか、女の子が走り去っていく。
呼び止めることも、拒否することもできないままその女の子は境内の出口で可紗に大きく手を振って、姿を消した。
なんと足の速い子なのだろう。
慌てて追ったのに追いつけなかった可紗は肩を落とすしかない。
(
幸い、明日もアルバイトがない日だ。
だから確かに、この時間で神社に寄ることは可能だと可紗は思う。
だが、もし可紗に予定が合ったらどうするつもりだったのだろうか。
まあ幼い子どものことなので勢いで言っただけでもしかしたら来ないかもしれないし、待たされて帰ってしまうかもしれない。
可紗は面倒なことになったなと大きなため息を吐いて、スケッチブックをしまって家路へとついたのだった。
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