第四夜 恋とはどんなものかしら

第35話

 可紗がジルニトラの庇護下にあるのだと、土地の名士である三ツ地家に知れてから一週間が経ったある日のこと。

 

 彼女たちは、再び三ツ地の家に来ていた。

 とはいえ、今回は正式に招かれた客人という扱いであり、到着から部屋に通されるまで大変丁寧な対応をされたモノだから可紗の方が恐縮してしまったものだ。


 あの神社の夜から可紗の生活になにか変化があったかというと、特になにもなかった。

 むしろ、いつも通りと言っていい。


 そんな中であえてあげるとするならば、本性を可紗に明かしたからか、彼女に対して汀とウルリカがとても親しげに振る舞うようになったことだろうか。

 

 ウルリカは号泣謝罪の翌日にはきちんと学校でも改めて謝罪をしてくれて、今では良い友人関係になったと可紗は思う。

 汀とも会えば挨拶するだけではなく、当たり前に友人として交わすような軽い雑談までできるくらい親しくなれたことは可紗にとって喜びでもあった。

 

 なんといっても片思いの相手なのだから、それは年頃の少女としては当たり前のことだったかもしれない。

 そんな彼女の様子にウルリカも気づいたらしく、応援しているなんて言われてウルリカがまた暴走しないかが最近の可紗にとっての心配事になりつつあるが、概ね平和である。

 

「ふわあ、すごい……日本庭園だ!」

 

 三ツ地家に着いて彼女たちが案内されたのは、庭の見える部屋だった。


 見事なまでに美しく整えられた日本庭園は、まるで旅行雑誌などに出てくるかのような光景だ。

 その景色に可紗が目を輝かせていると、ジルニトラと案内してくれた真白が微笑ましそうにしていた。


 それに気づいて慌てて居住まいを正した可紗に、真白は優しく笑いかける。

 

「後ほどお庭を散策なさいますか? 履き物をこちらにお持ちいたしますが」

 

「えっ、えっと……いえ! あの、今日はお招きいただいているんですし……ね、ジルさん!」

 

「アタシに遠慮なんかしなさんな。ここまで案内役になってくれただけで、お前さんを話し合いまで付き合わせる気はないよ。なんならヴィクターを連れてお行き」

 

「そ、そんな過保護にならなくたって平気だよ!」

 

「ぼくが、案内します」

 

 立ち上がりかけたヴィクターを制するように背後から、声がかかる。


 声の主は縁側に面した部屋の奥、そこのふすまを開けて入ってきた汀だった。

 汀は平素の学生服姿とは全く違う、和服姿だった。


 思わず可紗は食い入るように見てしまったが、彼はジルニトラの前に正座すると幾分か緊張した面持ちをして口を開いた。

 

「母から話し合いの間、友人として可紗さんのお相手をするよう言われております。まもなく母もやって参りますので、お客様方はそのままお寛ぎくださればと思います」

 

「そうかい」

 

「……ご挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません。三ツ地が息子、汀でございます。先日は、ご迷惑をおかけいたしました」

 

 汀がぴしりと姿勢を正し、頭を下げる。


 ジルニトラはそれを受け取って優美に笑みを浮かべ、そっと彼の肩に手を置いた。

 そのことに、汀が怯えるかのようにびくりと体を震えさせたが、ジルニトラは気にしていないようで、可紗は彼らのやりとりをじっと見つめていた。

 

「顔をお上げなさいな。……可紗の、同級生なんだってね? あの子の異変に気がついて、その本性を明かし力を貸してくれたこと、保護者として感謝しているの」

 

「……いえ、結局なにもできませんでした。未熟者でお恥ずかしい限りです」

 

「良いこと? 行動を起こさなければ、学べないの。アナタは友人のために、畏れられることも知っていて行動することを選んだ。それは大切なことよ」

 

「ありがとう、ございます」

 

 顔を上げた汀が少しだけほっとした顔をだったのを見て、可紗もなんとなくほっと息を吐いた。

 そんな可紗に気づいていたのだろう、ジルニトラは彼女にちらりと視線を向けるとニヤリと笑う。

 

「可紗はああ見えて無謀なところがあるから、これからも気にしてあげてくれるかい?」

 

「ジルさん!?」

 

「はい。……ああ、母も来たようです。可紗さん、庭に出よう」

 

 汀がすっと体をずらすようにして後ろを見れば、音もなく襖が開いてそこに汀の母の姿がある。

 

「えっ、あ……あの! お邪魔してます!」

 

「いらっしゃい、柏木さん。先日はちゃんとご挨拶ができなくてごめんなさいね、いつも息子がお世話になっているそうで……これからも仲良くしてあげてちょうだい。この子ったら、自分があやかし・・・・の子孫だからって人付き合いが苦手になっちゃって……」

 

「母さん……」

 

 汀と可紗は同時にため息を吐いた。

 どこも保護者には勝てないらしいと悟って、二人は苦笑しながら立ち上がる。

 

「それじゃ、可紗さんと庭を回ってくるよ」

 

「きちんとエスコートするんですよ!」

 

「坊ちゃん、履き物のご用意ができました」

 

「ありがとう、真白さん。行こう、可紗さん」

 

 いつの間にか真白が可紗の靴を持ってきていたらしく縁側に綺麗に揃えられている。

 それに驚く素振りもなく、汀はごくごく自然に可紗へ向かって手を差し出した。

 

「う、うん」

 

 汀に他意はないのだろうと思いながらも、どことなく恥ずかしくて顔が見られない。

 それにその手に自分の手を重ねることもできず、可紗がもじもじしていると、ポンっと背中を軽く叩かれた。

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