第19話

「……明石さんの呪いって、どうなってんの」

 

「! 協力してくれるの!?」

 

「内容によっては。どうにもできないなら、私の知り合いを頼る。それが条件」

 

「知り合い……?」

 

 ウルリカがまた怪訝な表情を見せたが、可紗はそれについて今は教える気にならなかった。

 正直、彼女の状況について同情的だった気持ちもかなり消し飛んでいる。


 だが、呪い返しは本物だと言い張るウルリカが嘘を言っているようには見えず、そうなるとやはり見捨てるのは気が引けた。

 

(私の呪いだけなら、ジルニトラさんたちに頭を下げればいいんだろうけど)

 

 根拠のない自身ではあったが、きっとなんとかしてくれる。そんな確証があった。

 

 勿論、ウルリカが最初から大人しく話を聞いてくれて可紗の手に負えない条件であれば最初からジルニトラのところに相談するだけの気持ちだってあったのだ。

 

 だがこうなった今、すぐに頼って彼女を安心させてあげる気持ちになれなかった。

 

「それで、どうするの?」

 

 冷たい言い方になったなと心の中で少し反省しつつウルリカを見れば、少し居心地悪そうに俯いてゴニョゴニョとなにかを言っている。

 なにを言っているのか聞こえなくて可紗が眉をひそめれば、それが癇にさわったのかウルリカはキッと可紗を睨み付けて、口を開いた。

 

「猶予は昨日の夜から数えて一週間! 解除の条件は、アンタの恋愛成就よ!!」


「は」

 

 言うだけ言うと乱暴にドアを開けてウルリカは去って行く。

 一人取り残された可紗はそれを視線で追っかけて、大声で叫びそうになるのを必死に堪えて倒れ込むようにして椅子に座った。 

 

「はあ~~~~~~~!? なによ、それ……!!」

 

 恋のおまじないの失敗した代償が、命で。

 その解除が邪魔した人の恋愛成就。

 

 なにもかもが丑の刻参りとかけ離れているのだが、一体ウルリカの父親はなにを見て曲解したのだろうかと頭が痛くなる。

 日本人である可紗でも詳しくは知らず、なんとなくイメージ的なものだというのだからもっと違うなにかが混じっている可能性は否めない。

 

(恋愛、成就……)

 

 頭が痛いと思いつつもウルリカのその言葉に、ぱっと脳裏に思い浮かぶのは可紗と同級生で同じ委員をしている三ツ地みつちみぎわの姿だった。

 

 地元の名家の跡取り息子として有名で、穏やかで読書家であり、頭脳明晰だが少し体が弱いということで体育への参加率は低い。

 図書委員を一年生の頃から務めており、可紗はふとした出来事をきっかけに、恋に落ちたのである。

 

 それ以来、汀と仲良くなりたくて図書委員を毎回選んでいるのだが進展らしい進展はなく、遠くから眺めては満足する日々だった。

 

(無理無理無理……!!)

 

 ただでさえ、挨拶一つするのでさえ緊張している状況だ。

 

 地元の名家である三ツ地の家は大変な資産家で土地持ちだ。

 可紗も喫茶店で、三ツ地家が駅前のビルをいくつも所有しているという話を耳にしたこともある。


 そんな名家の跡取り息子である汀と、一般家庭の自分では釣り合わないと可紗は思っている。

 彼のような上品で知的な人物に出会えて……恋ができただけでも幸せだなんて彼女は思っているくらいなのだ。


 それなのに、ここにきて面倒に巻き込まれた挙げ句、呪い解除の条件が〝恋愛成就〟である。可紗にしてみれば、最難関ともいえる条件であった。

 

「はーあ……どうすればいいかなんて考えるまでもなかったね……」

 

 情けない話ではあるが、可紗に告白という選択肢は存在しない。


 一応同じ委員会をして挨拶をする程度は見知った仲ではあるが、個人的な会話などほとんど記憶にない。

 あちらから見たらただの同級生、その中の一人程度の認識だろう。

 そんな人間から告白されても困ってしまうに違いないし、彼を意識しすぎて行動できない可紗自身にとって告白はハードルが高すぎる。

 

 それに、一週間で距離を詰めて告白は元々無理だとしても、そもそも呪いを解除するために告白だなんて、不純な動機に思えてならなかったのだ。

 恋心は前からあった。

 だが、今まで行動をしなかったのに呪いをかけられたからこれ幸いに乗っかるには、少女の心はまだまだ恋に対して純粋だったのだ。

 

「……とりあえず、教室戻ろ……」

 

 ここでため息を吐き続けても意味はない。

 当番表を眺めて二年生の子がサボったことだけ確認し、可紗は荷物を手に持って部屋を出た。

 

(ついでだから、本でも借りていこうかな)

 

 生徒たちには古めかしいと不評ではあるが、逆を言えば今ではなかなかお目にかかれないような本があるということでもある。

 可紗にしてみれば、それは宝の山のような物だった。

 

 翻訳者が違うものであったり、今では絶版になっているようなものもある。

 特に海外の児童文学には力を入れている時期が合ったのか、複数の著者による童話があるのは可紗にとって喜ばしい。

 

(……そういえば、小さい頃……絵本作家になりたいってお母さんに言ったことがあったっけ)

 

 可紗は水筒と弁当箱を図書室の机において、見慣れた書架から一冊の本を抜き出した。

 

 それは、古ぼけたグリム童話だった。幼い頃の可紗は母親にたくさんの絵本を読んでもらった。

 勿論、〝死に神の名付け親〟も何回も読んでもらった物語の一つだ。

 幼心にわくわくしたり泣けたり感動したりとした可紗は、こんな物語を書いてみたいと母親に言ってクレヨンで画用紙いっぱいに物語を書いたこともあった。


 今となってみれば読めたものではなかっただろうなと苦笑いも浮かぶが、それでも楽しい思い出。

 

(……絵本作家か……)

 

 いつの間にか、大人になるにつれて諦めたのか、情熱が持てなくなったのか。


 なんにせよ、つい今の今まで忘れていた小さい頃の〝なりたかった職業〟を思い出して可紗は手に取った本を書架に戻した。

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