第17話
人が少なくて話がしやすい場所というのは、学校という限られた空間の中ではなかなか難しい話だった。
その中で、可紗は彼女が知る中で人の少ない場所ということで図書室に向かっている。
彼女自身、図書委員であるから頻繁に訪れる多い図書室だが、その実あまり他の生徒たちは利用していない。
蔵書が少しばかり古めかしいと不満の投書が来ることもあるくらいだ。
他校では仕事が楽で人気なんて言われているらしいが、この高校では図書委員は人気のない委員会の一つであった。
理由は〝出る〟から。
勿論、それは噂に過ぎない。
いわゆる〝学校の七不思議〟的なものだろうと可紗は考えている。
なにせ、一年生の頃からずっと図書委員を続けていて冬場も外が暗くなるまで活動したが一切そのテのものは見かけなかった。
(……私に霊感がないだけかもだけどね!)
それはそれとして、この学校の図書室は、かつて別の教室だったらしく準備室が存在する。
委員たちがそこでお昼を食べたり、委員会会議をしたりするのだが、今日は幸いにも人の姿は見えない。
(っていうか、サボったな……)
今日の担当は誰だったか。遠い目をしながら可紗はウルリカの手を離した。
「ごめんね、引っ張って来ちゃって。でも呪いとかおまじないとか、そういうのをみんなの前で話すのもどうかなって思って……」
「あっ、そうね! アナタ、頭いいわね!!」
それまで物珍しそうにキョロキョロと周りを見回していたウルリカが、可紗の言葉に驚いて感心したように笑顔を浮かべた。
可紗はその様子に不安を覚えつつ、ウルリカにも椅子を勧めた。
「それで、食べながら話を聞かせてもらっていい? 協力できることならしたいとは思うけど……」
「そうよ! ワタシのおまじないが失敗しちゃったから、呪い返しで命が危ういの」
「……でも丑の刻参りって、相手を呪い殺すもので恋のおまじないと違うんじゃないかな」
「え?」
「それに、あの時間は丑の刻じゃないし、そうなると条件的にそもそも成立してないんじゃない? 呪い云々はともかく、本当に命が危ういかどうかとかは自分でもわかったりするの?」
可紗は、淡々とウルリカに対して疑問をぶつけ、事実を告げる。
昨日の夜の内にジルニトラに相談した際、手順が違えばその段階で無効になっている可能性は高いから、それをまず本人に教えてあげてはどうかと助言されていたのだ。
それが功を奏したのか、可紗の言葉にウルリカは驚いた顔をして言葉が出ないようだった。
「えっ、えっ……ほ、ほんと? 恋のおまじないじゃないの?」
「……丑の刻参りって割と日本でも有名な呪いで、ホラー映画とかにも題材になるくらいなんだけど……明石さんのお母さん、日本人なんでしょう? 聞いてみたら?」
「う、丑の刻ってなに? 名前じゃないの?」
「丑の刻っていうのは、日本の古い時間の言い方。古典で出てくるけど……ちょっと待ってて」
可紗が図書館の中にある辞書を引きずり出して検索し、ウルリカの前に置いてやった。
日本語をしゃべるのに不自由はないようだが、読むほうはどうなのだろうと首を傾げつつ、ここだと示せばウルリカががっくりとうなだれたので、どうやらその心配は必要なかったらしい。
「ね? 私も詳しくないけど、時間指定のことみたいだし、手順が違うと意味がないかもしれないから……その、呪い返しだっけ? それもあるかわからないじゃない」
「そんなことないんだから! この方法はワタシのお父さんが教えてくれたのよ! 人魚の魔力があるなら、絶対効くって教えてくれたんだからア!」
「わっ、ちょ、ちょっと落ち着いて……って、え? 人魚?」
「そうよ! ワタシは人魚なんだから!!」
可紗の言葉にうなだれていた姿勢から勢いよく立ち上がったウルリカが、大きな身振り手振りで訴える。
それを制しようとしたところで、可紗は奇妙な単語に引っかかった。
だが、ウルリカはむしろ誇らしげに腕を組み、胸を反らして肯定したではないか。
自分は『人魚だ』と。
(いや、魔法使いとか吸血鬼がいるんだから、いてもおかしくない?)
驚いたけれど、身近なところにいい例があったため思わず納得してしまった可紗に対して、ウルリカは大分経ってから『しまった!』という顔をした。
「あっ、違うわ! これ内緒だったの! ワタシは人間よ、いいわね!?」
「いや、いいわねって言われても……人魚で、外国の人がなんでわざわざ日本の呪いなんて使うの……」
「だって、お父さんがゴウに入ったらゴーするんだって」
「……えっと?」
「日本の
ウルリカが地団駄を踏むようにして悔しそうに言うのを、可紗は目を瞬かせて考える。その間もヴィクターが作ってくれたサンドイッチを
可紗は「ゴウがゴーする……」とオウム返しして、ふと閃いてぽんと手を打った。
「ああ! 郷にいっては郷に従え!」
「それよ! 多分!!」
「わー……」
思わず友人たちとのノリでクイズのように答えてしまったが、正解しても可紗はあまり嬉しくなかった。
大体、意味も使い方も、今回に関しては間違っていると思うのだ。
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