第16話

 遅くなった理由と共に、呪われたかもしれないという話を可紗は保護者たちにきちんと報告した。

 それによりしっかりとお説教をされたのだが、それはまあしょうがない話である。


 ジルニトラによって呪い返しとやらに関しては『可紗自身に影響は特にない』と断言されたことにより、可紗の気持ちも少しだけ落ち着いたし、しっかり反省することができた。

 

『まあ、なんとなく痕跡のようなものは感じるけれど……そうね、たとえるなら香水の残り香のようなものよ』

 

 そうジルニトラからお墨付きをいただいたので可紗としては焦る必要もない。

 

 原因がはっきりしているなら、どうにもならないときに相談しなさいとなんとも頼もしいお言葉をいただいたので、可紗はいつものように登校した。

 

「おっそーい!!」

「ぅぇ!?」

 とりあえずウルリカについて、クラスメイトにでも話を聞いてみようと思っていた矢先。

 下駄箱で大きな声を出し仁王立ちするウルリカの姿を見て、可紗はため息が出るのを止められない。


 あの〝おまじない〟についてどうこう文句を言うつもりはないのだが、まさか朝一番であちらから来るとは予想していなかったのだ。

 

(いや、彼女からすれば命がかかっているのだから当然か……)

 

「待ちくだびれちゃったじゃないの! 話をするにも時間ってものは有限なんですからね!」

 

「はあ……」

 

 プリプリと文句を言うウルリカではあるが、可紗はなんとも言えず適当に相槌を打つ。そもそも可紗の登校時間は別段、他の生徒と比べて遅いわけではない。

 きちんと朝のHRホームルームの十五分前にはいつも到着しているのだから、ウルリカに遅いと苦情を言われるいわれはないのだ。

 

「えっと……明石さん? 悪いんだけど、話をするなら昼休みでいい?」

 

 できれば放課後まで引きずりたくない、それが可紗の正直な気持ちだ。


 幸いにも今日はアルバイトがお休みではあるし、最悪ジルニトラを頼ればきっとなんとかしてくれるに違いない。

 だが、だからといってなんでもかんでも持ち帰るつもりはないので話をして即解決するならば、自力でなんとかしたかったのだ。

 

 とはいえ、可紗にとっても〝呪い〟なんて言われてどうしたらいいのかわからない、不安な部分でもあった。

 

「しょうがないわねえ。じゃあ後で教室に迎えに行くから、首を洗って待ってなさい!」

 

 言いたいことだけ言うとウルリカはさっさとその場を後にする。

 それをポカーンと見送る可紗の後ろから、ちょうど登校してきたらしいクラスメイトが首を傾げた。

 

「なんだあ、柏木。早速転校生と仲良くなったのか?」

 

「お父さんがデンマークの人だって話だけど、日本語上手よねえ」

 

「あれだろ? アンデルセンの町だとかなんとかって隣のクラスのやつらが言ってたぜ! 美人だよな~金髪美女金髪美女!」

 

「へー、そうなんだ……」

 

 可紗は転校生の話題に興味がなかったし、昨日はアルバイトがあるからと帰りのHRが終わってすぐに下校したためよく知らなかったようだがウルリカは既に有名なようだ。


 確かに外国の風貌そのままな金髪美少女で、日本語も達者とくれば話題になるに違いない。

 ただ、可紗はジルニトラとヴィクターという存在が身近にいるので興味が湧かなかっただけの話かもしれないが。

 

(とにかく、昼休みだよね)

 

 結局、昨日の件で呆気にとられただけでなくヴィクターには説教を受ける羽目になるわ、テストの点について話すことがもできず、その上、ジルニトラにマグカップは渡せずじまいで可紗は散々だったのだ。

 昼休みに万事解決して、今度こそジルニトラにテストのことを報告してマグカップを渡したい。

 

(それに)

 

 どうにかならなければジルニトラに助力をお願いするとしても、可紗自身、困っているであろう相手を放っておくのは気が咎めた。

 それは可紗の母親が幼い頃から口を酸っぱくして言い聞かせてきたことが起因する。

 

『人に親切にしてもらったら、その分ほかの人に親切にしてあげなさい。困っているところを助けてもらったなら、困っている人を助けるの。そうやってみんなが助け合っていくのは、大切なことなのよ?』

 

 今になってみれば可紗にもわかる。


 それはジルニトラが親切にしてくれたことに対して、感銘を受けたからなのだろう、と。

 別にそれを面倒だとかは可紗も思わない。

 母親は近所の人たちに親切にしていたし、同様に近所の人たちは可紗のことも含めて親切にしてくれた。


 要は持ちつ持たれつの関係、つまり助け合いの精神というやつなのだろう。それはいいことだと可紗は思うのだ。

 

(……そうだよね、ちょっとおまじない? それが過激だっただけで、呪いとかはわかんないけど……なにか方法があって、私に手伝える範囲なら手伝ったっていいし……。きっと、転校したてで不安もあるんだろうし)

 

 そう決意も新たに可紗は授業を受ける。

 びっくりするような事態に直面しているというのに、可紗は落ち着いていた。


 母親の死から驚かされてばかりで麻痺している部分は否めないが、手に負えなければ解決できる第三者に頼ることが可能であるという環境が、可紗の心に余裕を持たせているのだ。

 ふと可紗が顔を上げると、時計の針はもうじき昼休みの鐘を鳴るくらいだった。

 チャイムと同時に教師が「今日やった部分を明日小テストするからな~」と言い置いて去って行く姿にブーイングが起こったところで、入れ違いにウルリカが入ってくる。

 

「可紗! 昼休みになったから話をしに行くわよ!」

 

 ずんずんと大股で近づいてきてお弁当を片手に可紗の前で仁王立ちするウルリカの姿に、周囲の生徒たちも目を丸くして二人の様子を見比べていた。


 そんな状況に頭が痛い可紗だったが、気を取り直してなんとか笑顔を浮かべる。

 

「……明石さん、あの、場所変えよう? あ、ごめんね。今日は明石さんとお昼食べる約束してるから」

 

「うん、いいよぉ。可紗ったらいつの間に転校生と仲良くなったの? 今度あたしたちも混ぜてね!」

 

「うん、それじゃね。行こう、明石さん」

 

「えっ? ええ」

 

 可紗はお弁当の包みと水筒を小脇に抱え、反対の手でウルリカの手首を掴んで教室を飛び出したのだった。

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