魔法使いの名付け親
玉響なつめ
はじまり、はじまり
第1話
長めのポニーテールを揺らして、快活に笑う彼女は友人も多く、得意な科目は現代国語。成績は良くもなく悪くもなく平均的といったところだろうか。
部活は入っておらず、図書委員を務めており、同じ委員会にいる同級生に片思い中。
そんなどこにでもいる、普通の少女。それが可紗だ。
そんな彼女は母子家庭で育ったこともあり高校生になってからは駅前のカフェで働き、少しでも家計を助けたいと努力してきた。
母一人、子一人、これからも手を携えて頑張っていこうと可紗が言ったときには、母親はありがとうと彼女を抱きしめたものだ。
いつもつけているトレードマークの明るい緑色のリボンは、母親の手作りだ。鳥のような模様の刺繍が施されていて、彼女のお気に入りで宝物である。
そんな彼女に転機が訪れたのは、高校二年の終わりだった。
「来年は受験だねえ」
「進路とか決めてる?」
「まだまだ。なぁんにも決まってないー!」
「そうだよねえー、可紗は片思いの彼と同じ大学とか?」
「偏差値が違いすぎるでしょ……それに、ちゃんと話せたこともないし」
「もー! 可紗ってば純情なんだからー! 恋はいつ始まるかわかんないよ!?」
「あ、でも
「ちょっと、バカッ! 可紗の前で……ッ」
「あ、ごめっ……」
「……気にしないで! 私も知ってる話だもん」
休み時間にありきたりな話題で友人と教室での談笑。それこそいつも通りの日だった。
そんな中、担任の田中先生が慌てた様子で駆け込んできたとき、まだ可紗は驚くだけだった。先生からの言葉を聞くまでは。
「柏木……! お前のお母さんが、職場で倒れて病院に運ばれたそうだ!!」
「えっ」
そう告げられた可紗は、始めなにを言われたのか、まったく理解できなかった。
ただ、目の前が真っ暗になった。意味がわからなくて、呆然としただけだ。
なにか聞き間違いをしたに違いない、そう可紗は自分に言い聞かせていた。
そして、動けずにいる彼女を周りの友人たちが必死に声をかけてのろのろと動き始め、担任に促されるままに鞄を掴んで、病院に向かったのだった。
後のことは、曖昧だった。
途切れ途切れに覚えているのは、白いベッドの上で眠るように息を引き取っていた母親の姿。沈痛な面持ちで彼女を出迎えた医師と看護師たち。呆然とする彼女の肩に手を置いて、なにか励ましの言葉をかけていたであろう先生の姿。
だけれど、可紗はそれらをぼんやりとしか記憶していない。
ただ、はっきりわかっているのは、朝に朗らかな様子で「行ってきます」と言っていた母親の姿と、目の前で、真っ白な顔色で、ぴくりとも動かなくなってしまった母親の姿があまりにも違うということだった。
同じ人物のはずなのにまるで重ならない母親の姿を見て、目の前のそれが悪い夢であったならと願ったのに、そうベッドに縋りついて可紗は泣いた。彼女が触れた母親は、いつもの温かみはなくて、ひやりとしていた。
たくさん泣いて、泣いて、泣いて、夢なら醒めてと可紗は願わずにいられなかった。
しかし、朝は来た。
現実は非情だと可紗はまた泣いてしまった。
正真正銘、独りぼっちになってしまったのだ。
そう、彼女はようやく理解したのだ。納得することは難しかったが、それでも受け入れることができたのはそれこそ母親のおかげだろう。
『大丈夫よ、可紗。貴女の名前はね、ロシアの魔法使いにつけてもらったんだから!』
思い出すのは、母親の朗らかな声だった。母親は、いつだって彼女にそう言って、辛いときに励ましてくれたものだ。
それは、可紗の好きな童話の【死に神の名付け親】をなぞらえてのこと。死に神だと仰々しいと思ったのか、母親は魔法使いといつも言っていた。辛いとき、苦しいときにずっと繰り返された言葉でもあった。
『貴女が辛いときは、あのひとがロシアから必ず助けに来てくれるわ。それまでに私たちも、胸を張って会えるよう頑張ろうね!』
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