042 過去視の功罪
そして、その日の内に、オレは確認を取ってしまうことにしました。
「その……父さんの、伯父さんって」
「ああ、あれな。まさか、こんな形で、優貴にばらしちまうとは、思ってなかったな」
あのとき、伯父が引きずり込まれていた過去は、彼らが高校三年生のときでした。父が自身を性被害者だと初めて知ったのは、そのときだったのです。
「あれ、日本の方の伯父らしいんだけど、あいつが五歳のときに死んでるっぽいの。だからまあ、そういうこと」
もう、それ以上は、確認する必要も、それができる方法も、とっくに失われていたことを意味しました。
「二人とも、オレには隠しておきたかったんだよね、本当は」
「ああ。まあ、仕方ないよ。俺がお前に指示して、お前がその通りにやったら、たまたまそうなっただけ」
「甥とする、ってこと、二人にとっては、絶対ダメなことだったんじゃないの? だから伯父さん、あんなにオレのこと拒絶したんだよね」
「そーだ。だから、お前を必死になって演技して追い返したの。貴斗のことがあるだろ。だから、絶対にそんなこと、できなかった」
ようやくここで、一つの大きな答え合わせができました。
「ごめん……」
「お前は何にも知らなかったろ。だから、しょうがない。それにさ、貴斗の奴、優貴に俺のこと取られるんじゃないかって必死で、伯父がとか甥がとかそもそも考えてなかったからな? 自分のトラウマを忘れるくらい、ショックだったってこと。だから、お前のこと、怒ってたんだよ」
貴斗と勝也にとって、「怒り」という感情は、彼らの関係性を如実に表すものでした。
「お前の父さん、滅多に怒らねぇだろ。あれ、きっと、怒らないんじゃなくて、上手く怒れないんだと思う。高校入ってあいつと出会ったときには、既にそうだった」
***
さらなる父の秘密を、オレは知ることになりました。
「俺さ、あいつの第一印象、よく覚えてるよ。なんか、ほわほわしすぎて不気味だった。いいよなその顔、人生イージーモードじゃん? とかって煽ったら、困った感じでニコニコしてるだけなんだよ。そこは怒るとこだぞ、って言ったんだけど、あいつ、益々困ってて。なーんかありそうだな、って思っちゃったわけ」
その時の父の様子なら、簡単に目に浮かびます。彼は罵られても言い返しはしません。そういう、性格の、男性です。
「それで……過去視のこと、あいつに言ってみたら、すぐ信じてくれて。僕の過去なんて大したことないですから、いくらでもどうぞなんて言い始めたんだよ。まあ、俺も不安だったから、貴斗の言葉に甘えて、過去視の制御ができないかどうか、色々試してた。その内に、貴斗自身も忘れていた記憶、視ちゃったわけ」
ここの箇所は……。おそらく、オレが同じことを、誰にもしてはいけないという意味も込められていたんでしょう。オレは今、もちろんそのとおりにしています。
「元々、あいつの過去に興味あったけどさ。まさか、そんなんだとは、思わなくて。まあ、俺もそういう専門家とかそんなんじゃないから、よく知らねーけど、あのせいであいつ、怒れなくなったのかもな」
オレはこのことについて、追及はしないでおこうと思いました。心理学やら精神医学やら、そういうことは深く学ばないでおこうと決めました。さすがに、最低限の知識はついてしまいましたがね……。それはまた別の話です。
「あのことさえ無ければ、貴斗だって、優貴みたいに短気で我慢弱くて泣き虫だったかもしれねーぞ? あ、泣き虫なのは貴斗も同じか」
ようやくそこで、オレも軽口を言えるようになりました。
「父さんが子供の前で泣いてるとこ、あんまり見たことないけど?」
「そりゃ、あいつにも、父の威厳ってものがあるからな。絵理子と夫婦喧嘩してメソメソしてるのを何回慰めたか」
ごめんなさい。実は、母から聞いて、そのことは知っていました。オレの負けん気が強いのは母譲り、だから父さんと口喧嘩しちゃダメだよ、そんなことを言われたことがありましたからね。
「そうだ。絵理子も、特にそういった努力をしなくても、二十歳近くになると、自然に制御できるようになっていったからな。だからさー、無駄だったみたいなんだよな、貴斗の努力」
無駄な努力。将来のことを知っていれば、父だって苦しまなくて済んだ。現実にはそうならなくて、こんな未来になってしまった。
「だから、優貴も何もしなくていい。ひたすら待て。お前さー、帰ったら、しっかり勉強しろよ? 大学行きたいんだろ? 俺さ、長生きしたくねぇって言ったけど、せめてお前が過去視を制御できるまでは頑張るからな」
「わかった。ありがとう、伯父さん……」
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