040 方法
「……優貴先輩としては、俺が大人に戻らないとヤバいんだよね?」
「まあ、ヤバいよ」
ええ、ヤバいです。母親の承諾の下、父親の依頼で伯父に監禁調教されていたところ、こうなりましたと言ったら、オレも一緒に病院送りです。
「戻る方法知ってる?」
「えーと、今の勝也からすると、わけわかんない方法なんだけど」
「教えて?」
「オレに、勝也が挿れて、いって、オレのこと呼び捨てにしたら、戻る……と、思う」
人って、あんまり驚くと、何も反応できないもんなんですね。父もきっと、そうだったんですね。二人とも、頭がパンクして、フリーズしてたんでしょうね。このときようやく思い知りました。
勝也はしばらく、口を開けたまま、オレの顔を見つめていました。
「……どういうこと?」
「うーんとね、大人の勝也が、そう決めたの」
そうとしか、言えませんでした。
ただ、そこからの理解は、早かったのです。
「え? 俺、優貴先輩とえっちしてるってこと?」
「まだしてない」
「もしかして、初えっちしようとしたら、こんなんなっちゃったの?」
「まあ……それは、間違いない」
そう言うと、勝也は小さい声で、あーなるほどねーだのなんだのゴニョゴニョと言い始めました。まあ、元々は確かに伯父の発想なのですから、高校生の勝也にも思い当たる節があったんでしょう。
「大人の俺が考えてたことって、きっとさー、童貞の頃に戻って、初体験やり直したかったんだよ」
そういう結論を、勝也は導きだしたのです。
「まあ、後悔してるとは、大人の勝也に聞いたよ?」
この辺りからオレも、前後関係の整理が追い付かなくなってきました。なのでとりあえず、考察は勝也の方に任せてしまうことにしました。
「じゃあ、神さまがさ、もっかいチャンスくれたんだよ。優貴先輩って、大人の俺が好きってことだよね?」
「まあ、そういうことだけど…」
「だったら、両思いじゃん?」
「えっ」
「今の俺、優貴先輩に惚れてるもん。目が覚めたとき、なんかすっげーカッコいい人がいて、びっくりした。ドキドキした。一目惚れかも」
伯父がナオさんのことを、しきりにバカだバカだと言うのは、すなわち同族嫌悪ですね? そのときのオレは、バカだなんて言いませんでした。優しい先輩を繕っていたからです。心の中では、この人、どれだけバカなのかと思っていました。
一目惚れ、と聞いて、ようやくこちらからもツッコミを始めました。
「……あのさ。オレって、貴斗先輩の子供なんだけど」
「うん。だからだと思うよ? だって、貴斗カッコいいじゃん」
「あ、そうだよね」
「今もどうせカッコいいんでしょ?」
「まあね……」
「だから俺、絵理子に貴斗紹介したの。こんなカッコいい奴が義理の弟になってくれたらさ、俺の家族、みんな喜ぶじゃん? って思って」
ジュースを買ってきた勝也とは、また少々ニュアンスの違うことを言いました。
このときは、もうオレもいっぱいいっぱいだったので、そうだったの? 等と返したように思います。
よくよく考えてみると、彼らはそれぞれ、言った相手が違いましたね。貴斗本人に言うセリフと、貴斗の息子に言うセリフは、同じはずがありません。
「まじかー、二人そのまま結婚するんだ……初恋同士で結婚かぁ……」
「勝也?」
「あの二人が幸せならそれでいいよ。俺、自分はどーせ、誰からも愛されずに死ぬんだと思って生きてるからさ」
オレはまた、同じことを言われてしまいました。もう、ナオさんだって、勘づいていますよね。それは、オレだって、何度も何度も考えて、不安になって、寂しくなって、誰とも会いたくなくて部屋にこもって考え続けていたのと、全く同じことだったんです。
オレも、彼も、孤独な人生だけしか、想像できなかったのです。
だから、オレはもう一度、想いをぶつける必要がありました。今度は、泣きわめかず、落ち着いて、ハッキリと。
「そんなことない。オレ、勝也を好きになった。めちゃくちゃ好きになった。死ぬまで好きでいる」
それは、後輩にとって、プロポーズそのものでした。勝也は、可愛らしく、はにかみました。
それでいて、浮かれきっていたわけでもなさそうでした。自らの状況を、勝也は忘れていませんでした。
「でも、優貴先輩って、大人の俺からすると、甥なんだよね?」
「そう。大人の勝也は、本当は伯父と甥の関係で、そんなことしたくなかった」
「血、つながってるもんね」
「でもオレは、それでもいいから、大人の勝也としたくて」
「受け入れてくれようとしたら、こうなったと」
「そう」
勝也という男の子は、それほどバカでもなかったと安心し始めたときでした。
「じゃあ、やっぱりそうじゃん。両思いじゃん。俺にとったら、優貴先輩って他人だし、カッコいいし、そういうの、抵抗ないよ?」
やっぱり勝也は、バカでした。
「でも本当は、血が繋がってるよ?」
「大人の俺が覚悟決めたんでしょ?」
覚悟、という、重い言葉は、無意識に出たのか、そうでないのか。オレも、どうやらそうしないといけないみたいです。
「うん……そういうこと。オレも、絶対にやっちゃいけない関係だって分かってる。その覚悟決めたら、こういうことになった」
「じゃあよくない? まあ、今の俺にとったら、初体験だからさ、お互い初めてになっちゃうけど……」
さらにバカなことを考えていそうなマヌケ面だったので、反射的に現実を突きつけてしまいました。
「実際は違うよ?」
「わ、わかってる。あのさ、もしかして、優貴先輩、キスもまだ?」
「えーと……二回したよ」
貴斗としてのキスだったので、本当は勘定に入れない方が良かったのかもしれないですが、それってパソコンとかに向かってるからできる発想ですからね?
現場では、単純な足し算しかできないですよ?
そのときは、勝也が計算してくれました。
「じゃあ、優貴先輩にとって次は、三回目のキスになるの? 俺にとっては一回目なんだけどな……」
オレは、二回とも相手は大人の勝也だから、嫉妬することはない、と伝えようとしました。散々父親から妬み嫉みをぶつけられていたんです、そんな発想にもなりますよ。
しかし彼は、そんな心配などしていませんでした。
「ねえ、じゃあ、優貴先輩に任せていいんだよね……?」
あまりにも、無垢な申し出でした。
オレはそれを、力強く受け入れることにしました。
「そうだよ。オレも初めてだけど、大人の勝也に色々、教わったから……。素直な気持ち、伝えて? こわかったり、いたかったりしたら、ちゃんと言っていいからね?」
「うん。ちゃんと言う」
「素直だね。オレ、素直な子、好きだよ? 勝也、可愛い。愛してる」
そう言って、唇に軽く触れ、離した後、勝也の頭を撫でました。
それから、勝也の初めてをオレは次々と奪っていきました。肉体だけは、大人のままのようでしたから。彼は酷く過敏に反応しました。
まって。こわい。やめて。そういった言葉を聞き漏らさないよう、丁寧に丁寧に勝也に尽くしました。オレは先輩ですから。可愛い後輩の頼みを聞くのは当然でした。
伯父は言いました。お前に幸せな初体験などしてやらないと。それなのに、伯父は自分の初体験まで上書きさせました。ここまでされてしまっては、幸せでないはずはないでしょう?
伯父は自分でも、退行してしまうことまでは想定していなかったはずです。それでも彼は、高校一年生まで戻ってくれました。そうすることで、オレを「優貴」ではなく「優貴先輩」として抱くことができます。
彼は彼の約束を守りながら、両思いの幸せな初体験をオレにくれたのです。律儀なくせにひねくれていて。それが、彼という人間なんだと、ナオさんも、知ってますよね?
オレは、そんな人を好きになって、本当に良かったと思いました。
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