頑張るだけでは苦しいと思うよ。
紫陽花の花びら
第1話
わたしは、とあるバレエ団に所属為ているダンサーだ。
名前は美奈、年は19才。
目下、秋の公演に向けて、リハーサルの真っ只中だ。
今回わたしは、初めてソロパートを貰えた。
が、喜んでいられたのも束の間、毎日毎日罵声と怒号を浴びているのだった。
もう、辟易だよ。
なぜ??どうして?わたしだって頑張っているのに。
「美奈!!何回ったら判る?そんな踊りされたら、全てぶち壊しなんだよ。リズムを感じろよ!あ~そこの入りは、ンターのンでクッペだろ?」
判ってる!判ってるんだ!そこだけやれば出来るんだよ。
こうなると、全てがちぐはぐになる。
今までやれていた事が信じられなくなり、積み上げたて来たテクニックさえ、ガラガラと音を立てて崩れてく。
「じゃあ次のシーン、留美と隼人のパ・ド・ドゥ」
留美はふたつ年上のソリストだ。
なんだろうな、余裕がある踊り。
柔らかい光を放つんだ。
メリハリはあるのに、流れてくる空気が心地良い。
たったふたつしか違わないのに。
「美奈はいいもの持っているのに、頭が硬いんだよ」
これは、最初にバレエを習った恩師から言われ続けていた言葉だ。
頭硬いって言われても、物の見方は変えられない。
何事もきちんとしなければ気が済まないタチなんだ。
だから、きちんと踊れていると思っている。
然しながら現実は厳しい。
今日も、リハーサルがやっと終わった。
辛く苦しい時間を何とかやり過ごした。
真面目にやってますよ!神様~
もうこうなったら、神頼みしかない。
お願い致します!助けて下さい。
冗談抜きで!
残って練習を始めると、降ってわいたかのように、留美が真ん前にドッカと腰を下ろした。
ったく腕なんか組んで、先生か?
気にするな、気にするな、そう言い聞かせても……怖い顔している。
馬鹿にしている?そんなの気持ちが擡げてきて、途中で踊るのをやめてしまった。
「如何したの?なぜやめるの?」
「気になるの!次期プリマにジッと見られているとね」
「阿呆か!誰がプリマだって?伊山ハムぐらいだよ!」
「寒~相変わらず、お寒うございますねぇ」
「すんまそん!そんの事どうでも良いんだけど、あのさぁ美奈の踊りって、全く余白のないノート見ているみたい。ギジギジでさ、実際のノートもそうでしよ?」
「はぁ?何それ」
「踊っているとき、何考えてる?」
「イメージを作って、音楽を聴いて表現為ていく事を考えているよ。留美は?」
留美はセンターに立つと踊り始めた。
無音なのに、オデットのアダージョが聞こえてくるのだ。
「ねえ、今何考えてる?」
留美は踊りを中断すると
「今は心に余白を作っている」
「余白?」
「うん……夢中になって、頭真っ白になって、身体が勝手に暴れ始めてしまう前に捨てる。今感じていること以外を捨る。」
「判らない。何言ってるの?」
笑い出す留美はまた踊り始めた。
暫く見ていると、突然ジャスダンスに変わった。
「ねえ!頭大丈夫?」
留美がキャッキャッと奇声をあげている。
やっと気が済んだのか、わたしの隣に腰を下ろすと
「美奈はバレエ以外に好きな物ある?バレエ為てなかったら、何してる?」
「絵を描いている!」
「お~即答だ……絵ってさ、キャンバスいっぱいに色塗りたくる前は、真っ白じゃん。考えながら少し色を置いていく。其れを眺めてはまた考える。この余白は何色を欲しがっているかとかさ。
踊りも同じだよ。音、振り付け、ストーリー、背景、衣装、相手、照明を考える。自分の肉体はそれらで何を表現したいのかを。目に見えるものを体、心、頭に叩き込んだら捨てる。少し捨てると、そこから軽やかさと自由が始まって行く。これが大事!本当軽くなるんだ、すると頭に「ささやかな余白」が生まれる。すると筋肉にも余裕が生まれて心が解放される。でっ、また「ささやかや余白」が生まれてくる。音も振り付けも、舞台の全てが自分の味方になる。そしたら、その余白に美奈の感情を注入すると、美奈しか表現出来ないものが生まれる!」
「説明長いし、難しい!」
「まずは下準備!しっかり音を取る。振りをキッチリはめ込む。ここは妥協しないよ!それが自由に繋がるんだ」
留美恐るべきソリスト!でも有難う!
ささやかな余白のこと何となく解って来たよ。
余白は、頭に広がるキャンバス。
そして、きっと新たな感性を生み出す予感。
思考がパターン化する前に
捨てるんだね、
心の趣くままに
余白はフリー。
その為の努力は楽しそうだよ。
もう愚痴らない。
わたしだってこれからだ!
秋の公演を楽しみにしていて!
わたしだけの、わたしだけが踊れる、ソロパートをお見せしますから!
頑張るだけでは苦しいと思うよ。 紫陽花の花びら @hina311311
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