16.2章 パナマ運河攻撃(後編)
パナマ運河の太平洋側には、米海軍のバルボア海軍工廠がある。3つの乾ドックとクレーンや工場設備を有している。1940年代になってからも継続して拡張が行われ、工廠として艦艇の改修や修理が可能になっていた。
ロッドマン海軍基地は、その工廠の対岸のパナマシティ側に位置する。米海軍艦艇に燃料、食料、その他の支援を提供する軍港として整備されていた。基地には、艦艇に給油するための大規模な燃料貯蔵施設も隣接している。更にフォート・シャーマンを代表とする陸上基地には、警戒レーダーが配備され、沿岸防衛のために11基の16インチ(40.2cm)要塞砲が備えられていた。
パナマ防衛の航空基地については、太平洋岸にアルブルック陸軍航空隊基地とハワード陸軍航空隊基地、運河からやや北西に離れたところに位置するリオ・ハト航空基地が存在している。加えて、長距離哨戒機が主に使用しているアグアドゥルセ海軍飛行場が運河の西方向に存在していた。また大西洋側には、ココ・ソロ航空基地が存在している。運河を取り囲むようにいくつもの航空基地が建設されていた。
……
5隻の潜水艦が発射した飛行爆弾が運河に向かってゆくと、真っ先にシャーマン基地に設置された長距離探索用のSCR-271レーダーが探知した。西北西の方向から海岸に沿って飛行してきた飛翔体を80マイル(129km)でとらえたのだ。続いて飛行爆弾の飛行経路上にあったリオ・ハト基地のレーダーが不明機を探知した。直後にロッドマン海軍基地のレーダーにも電波反射が映った。本来150マイル(241km)程度で探知できるはずのレーダーによる発見が遅れたのは、飛行体が小さかったためだ。このため、レーダーが見つけた時には、飛行爆弾の速度ならば目標まで10分の距離となっていた。
高速の不明機が飛行してきていることは、パナマ防衛を任務としている第6空軍の司令官であるハーマン少将にすぐに通報された。
「未確認機の編隊が西南西の方向から、パナマ運河に向けて飛行中です。距離は80マイル以下。かなり高速で飛行しています」
米軍内では、既にパナマへの攻撃はあり得ることと考えられていた。
「間違いなく日本軍による攻撃だ。ハワイの次は、我々の本土とパナマが日本の攻撃対象となるのは想定範囲内だ。すぐに迎撃せよ」
司令官の命令により、リオ・ハト基地とアルブルック基地から迎撃機が離陸した。
リオ・ハト基地から、離陸した8機のP-80は、レーダーの指示により未確認機の想定位置まで飛行してきた。パナマ運河の西南方向に建設されていたリオ・ハト基地は、飛行爆弾の進路近くに位置していたため、最初に接敵することになった。
先頭で離陸したロバート大尉は、高度7,000mあたりを南西から北東へと飛行していく機体を確認することができた。機体は小さいが、飛行機雲を引いて飛行していたので容易に視認できた。
「高度7,000mで未確認機を発見。東北東に向けて飛行中。10機以上を視認。かなり小型だ。間違いなく無人機だ」
P-80は東北東に向けて旋回しながら、全力で上昇していった。速度は既に、500マイル(805km/h)を超えていたが、距離が縮まる気配がない。敵機と同じ高度に達して水平飛行に移ると、上昇のためにエンジンのエネルギーを使う必要がなくなる。エンジン全開で、増槽も落として飛行していたP-80の速度は、時速560マイル(901km/h)に達した。距離が徐々に縮まってくる。まだ距離が遠いと思ったが時間の余裕はない。
ロバート大尉は列機に命令しながら、自らも射撃した。
「目標の後方から射撃開始。目標は無人のミサイルだ」
最後尾を飛行していたミサイルに向けて、12.7mm弾の軌跡が伸びてゆく。直進性のいい弾丸が、回避操作をしないミサイルに命中した。ミサイルから破片が飛び散って、黒煙を噴き出して落ちてゆく。ロバート大尉は、落下してゆくミサイルを確認することもなく、前方を飛行している次のミサイルを追いかけた。2機目のミサイルに追いつくと、1度目と同じような射撃により撃墜した。右翼側では、僚機が別のミサイルを撃墜していた。更に、前方でも煙を吐き出して落ちてゆくミサイルが見える。
しかし、ここまでが精いっぱいだった。残りのミサイルは、はるか前方だ。もはや、とても追いつけそうもないほど離れている。ロバート大尉が後方を振り返ると、遅れて離陸してきた10機余りのP-80とその後方には10機以上のP-51が見えたが手遅れだ。レシプロ機のP-51は論外だが、わずかに速いだけのP-80でも、限られた時間でミサイルを撃墜できる距離まで追いつくことは難しい。
「4機を撃墜した。残りの10機以上の飛行体は運河の方向に飛んでいった。対空砲で落としてくれ」
やがて運河の両岸に配備された高射砲が射撃を開始した。近接信管を用いて射撃を行うが、高速の小型目標に対しては、至近弾にもならない。
7機の飛行爆弾は、パナマ運河の最も太平洋側のミラフローレス閘門のあたりに狙いをつけていた。1機は誘導装置の不良で運河から10km以上離れたところに落ちて爆発した。残りの6機が運河上空に接近した。マイクロ波を探知する電波誘導部を有していた1発は近傍の対空砲の射撃用レーダーの電波をとらえて、高射砲陣地のレーダーに突入した。残りの5機は運河のあたりで大きくらせん状の降下を始めた。
日本軍にとって不運だったのは、この日は閘門を通過中の艦艇がそれほど多くなかったことだ。ミラフローレス閘門を通過中だったのは、駆逐艦が1隻だった。
駆逐艦グレイソンが閘門の出口近くまで移動したところで空襲警報が鳴り始めた。艦長のストークス少佐は、ロッドマン海軍基地にあるパナマ司令部からの無線を聞いていた。司令部の無線は、飛来したのは日本軍の誘導ミサイルらしいと警告していた。彼は、ハワイの戦いでアーレイ・バーク大佐が行った誘導ミサイル対策のレポートを読んでいた。
「星弾を南西に向けて発射しろ。すぐに射撃開始。星弾を20発撃ったら、続けて対空射撃だ」
グレイソンが発射した多数の星弾が右舷側に光りながら落ちてきた。星弾の赤外線に欺瞞された2発が、運河の西岸から1kmのあたりに落下して爆発した。それでもまだ飛行してくるミサイルがある。
既に、グレイソンは、4基の主砲と対空機関砲でミサイルを狙って全力射撃を開始していた。当然、射撃のためにはレーダーも作動する。上空の超短波の電波を受信する誘導部を有する飛行爆弾は、陸軍のSCRレーダーや海軍のSKレーダーなどの波長の長い電波には反応しなかった。しかし、駆逐艦のMk.8レーダーが放射したマイクロ波は狙いを定めるべき電波源として受信することができた。
40番弾頭を有する飛行爆弾がグレイソンの艦橋の前方に、命中して2番主砲を破壊しながら船体内に突入した。続いてもう1発の電波誘導の飛行爆弾が後部艦橋付近に命中した。2発の弾頭が甲板と水平隔壁を破って船殻内部で爆発した。爆圧により、船体には大きな亀裂が発生した。同時に甲板上で火災が発生する。グレイソンはミラフローレス閘門の中で急激な浸水により、右舷側に傾いていった。
後方を飛行していた飛行爆弾は赤外線誘導部を有していた。この飛行爆弾の誘導部が探知したのは、消えつつあった星弾ではなく、甲板上の火災だった。
飛行爆弾がグレイソンの2本煙突の間に直上から命中した。魚雷発射管の位置に命中した弾頭が魚雷の誘爆を引き起こした。弾頭の爆発の直後に、それ以上の大爆発が起こって船体中央部がゴッソリえぐれた。魚雷の誘爆は閘門両側のコンクリート壁を吹き飛ばして、船を牽引する機関車やレールも破壊した。
最も影響が大きかったのは、閘門の水をせき止める複数の扉と2レーン存在していた水路を隔てるコンクリート製の中央分離帯が破壊されたことだ。飛行爆弾の爆発で発生した巨大な水圧が、駆逐艦の前後を塞いでいた水路の扉を破壊した。続いて発生した魚雷の誘爆が引き起こした爆発により爆発地点のレーン間の分離帯が粉砕されて、レーンを分ける壁がなくなってしまった。しかも、閘門の扉が破れたことにより、閘門内の水は低くなっている太平洋側へとどんどん流れ出ていった。水の抜けた閘門の中には、船体を破壊された駆逐艦が横たわっていた。
一方、9機の飛行爆弾は、大西洋側のガトゥン閘門を目標にして飛行していた。ここでは、リバティー型貨物船が大西洋側から太平洋側に向かう方向で、閘門に入ろうとしていた。空襲警報が発令されたのを受けて、この輸送船は、牽引用ロープを切り離して、後方の大西洋側に向けて全力で後進しようとした。機関を一杯に吹かせて、大西洋側の出入口に向けて後進していったところに、赤外線誘導の飛行爆弾が命中した。
船体中央と後部の煙突付近に2発の飛行爆弾が連続して命中すると、貨物船は左舷に横転しながら急速に沈んでいった。横倒しになって出入口の付近で沈没した輸送船により、大西洋側のコロン湾に面する出入口は、小型船を除いて塞がれた。
ガトゥン閘門を大西洋へと向かう方向のレーンでは、軽巡バーミングハムが運河の曳船機関車に牽引されていた。飛行爆弾の接近により、バーミングハムも対空射撃を開始した。電波誘導の飛行爆弾が、MK.22対空レーダーの電波を捕捉した。後部艦橋付近に1発が命中して、次に1発が2本煙突の間に命中した。更に、1発の飛行爆弾が軽巡左舷側の閘門側面のコンクリート壁に命中した。
バーミングハムに命中した2発の40番弾頭は最上甲板の2インチ(51mm)装甲板を貫通して第一機関室と第二缶室で爆発した。船体前後の5インチ(127mm)隔壁により、船体内が広範囲に破壊されるのは免れたが、船体側面に亀裂が発生して浸水が始まった。
閘門側面のコンクリート壁への命中弾は、左右のレーン間の隔壁に穴をあけた。更に閘門の前後の扉も爆発の水圧で飛ばされて、低い水位の大西洋側にどんどん水が流れ始めた。やがて、閘門の水位が下がると、バーミングハムは閘門の中に傾いて着底した。
……
三式飛行爆弾を発射した潜水艦隊は、浮上したまま25ノットの全速で西の方向に退避していた。しばらくして、逆探を担当している通信兵が声をあげた。
「東南方向、電波をとらえました。米軍の電探と周波数が一致。発信源は2から3と推定」
ほとんど同時に、セイルに上がっていた見張りの兵が叫ぶ。
「方位130度の水平線上に艦艇。こちらに向かってくる」
木梨艦長が、間髪を容れずに命令した。
「急速潜航、急げ。哨戒中の米艦に見つかったぞ。飛行爆弾発射時に、遠くからも見えるような噴煙を巻き上げたから、無理もないな」
パナマ運河地区には、軍港の規模と基地の航空機の数など、どれをとってもハワイのオアフ島に匹敵する規模の兵力が配備されている。本来は、中途半端な戦力で攻撃できるようなところではない。それに対して潜水艦だけで接近して、哨戒圏の中に浮上して飛行爆弾で攻撃したのだ。木梨艦長が心配した通り、米軍の水上艦が警戒していた。まもなく対潜装備の航空機もやってくるだろう。
伊号19潜は、急速潜航で接近してくる駆逐艦を回避しようとした。しかし、艦長の命令は、反撃だった。
「艦首を東南東に向けろ。方位110度だ」
思わず有田航海長が、確認してしまった。
「敵艦が向かってきている方向ですよ。逃げないのですか?」
「我々の艦だけならば、逃げるのが正解かもしれん。だが、味方の潜水艦を逃がすために反撃する。ドイツから譲渡された新型の魚雷を搭載しているのは、この艦だけだ。電気魚雷の充電のために改修が必要だったからな。わざわざ手間をかけて搭載したドイツ製新兵器のお手並みを拝見してやろうじゃないか。G7魚雷、2本を発射管に装填しろ。残りの発射管は九五式を装填」
元気よく、山口水雷長が返事をする。
「G7魚雷を1番と2番発射管に装填します。電気は充電済みです。3番から6番までは、九五式を装填します」
やがて、聴音兵が報告する。
「本艦前方、8,000mあたりを敵艦が接近してきます。恐らく、本艦ではなく右舷方向の友軍潜水艦を追尾しているものと推定。敵艦は潜水艦探知のために速度を落としています。15ノット程度の速度で航行中」
聴音報告から少しして艦長が命令した。海図を見ながら、相互の位置関係を計算していた。
「潜望鏡を上げよ」
米駆逐艦は東南を向いて、伊号19潜の前方を西南に向けて斜めに横切っていた。左舷側後方に離れて、もう一隻の駆逐艦が見える。すぐに潜望鏡を降ろす。
「面舵一杯、続いて電池出力一杯」
駆逐艦が前進することにより、伊19潜が駆逐艦の側方から進む位置関係になってから、木梨艦長は魚雷発射を命じた。
「電池4分の1に落せ。1番、魚雷発射」
ミソサザイと呼ばれているG7es魚雷は、発射されると前方の音響探知を開始した。ドイツ製の高性能な音波探知器は、すぐに前方の2軸艦が発する音波をとらえることができた。斜め後方から蛇行しながら接近した音響誘導魚雷は、駆逐艦の後部に接近した。一方、駆逐艦も魚雷航走音をとらえた。直ちに機関全力として前方に向けて加速を開始した。
聴音兵が報告する。
「駆逐艦、速度を上げています。スクリュー音から機関の出力上昇」
艦長が潜望鏡を上げて状況を確認する。後方から接近する魚雷に対して、20ノット以上に加速して魚雷から逃れようとしている駆逐艦が見えた。想定した反応だ。これで音響魚雷は回避できるかもしれないが、横腹を見せながらこちらに接近することになる。後方から曲がって接近する魚雷がなければ、不可能な作戦だ。
「3番と4番、続けて5番、魚雷発射」
水雷長は、次の魚雷発射を予測して、既に92式方位盤への入力を終えて発射の方位角を算定していた。伊号19潜は、艦首の向きを微調整すると、3本の酸素魚雷を発射した。駆逐艦の2倍以上の速度で、魚雷が船体の斜め後方から接近してゆく。
すぐに2発の爆発音が艦内の全員に聞こえた。2本の魚雷の破壊力は、駆逐艦の水上に浮かぶという基本機能を奪うには十分だった。
「取舵いっぱい。電池出力一杯。航海長、5分前進だ」
艦長は、既に後続の駆逐艦に対しての襲撃行動を考えていた。有田航海長が、5分経過したことを小声で知らせる。
「電池4分の1、潜望鏡上げろ」
駆逐艦が伊号9潜の左舷に向けて斜め前方に向かってくるのが見えた。
「2番、魚雷発射」
水雷長が応答するが、思わず自分の意見も言ってしまう。
「魚雷を発射しました。この角度でミソサザイは、追尾してくれますかね?」
「うむ、どうかな。ここは、ドイツの技術を信じよう。魚雷の速度を考えると、加速している駆逐艦に対して、真後ろからじゃ命中しないからな」
やがて、1回の爆発音が聞こえてきた。斜め前方から進んでいった音響誘導魚雷はなんとか船体に命中したようだ。
「6番発射。引導を渡す」
「西北に向きを変えろ。退避する。電池出力半分」
「撃沈は確認しないのですか?」
思わず有田中尉が質問する。後方で魚雷の爆発音が聞こえた。
「そんな悠長な時間はない。退避優先だ。すぐに航空機が飛んでくるぞ」
哨戒機が飛んできたが、既に半分以上の船体が沈んでしまった駆逐艦と海上に停止して沈みつつある駆逐艦の上空で旋回している。駆逐艦の乗組員の救助が優先だからだ。日本軍の潜水艦は、虎口を脱した。
水雷長の山口大尉が、ほっとしながら報告する。
「ドイツ製の魚雷は全部撃ちました。残りは九五式が8本です」
艦長がわかったと、うなずく。
「それにしても、我が軍で開発していた酸素魚雷に音響誘導装置を追加していた開発は、まだ完了しないのですかね? 50ノットの魚雷に誘導装置を追加できれば、無敵だと思いますよ」
「その開発は、不可能だということで早々に放棄したらしいよ。たとえ話になるが、駆逐艦が潜水艦を音波探知するときにはどうするのだ? その理由はなんだ?」
「そりゃあ、海中の音を聞くためには速度を落としますよ。理由は高速ならば、自分自身の騒音が大きいので、邪魔になって海中の音が聞こえないためですよ」
そこまで話して、水雷長はそうかと手をたたいた。
「わかったぞ。高速で走れば騒音が大きいのは、魚雷も同じだ。高速の魚雷は推進器から大きな騒音が出る。スクリューがかき回すことで発生する海水の泡が破裂する音だ。加えて、酸素魚雷は内燃機関だ。エンジンが発する騒音も相当大きいですね。そんな騒々しい魚雷に聴音機をつけても、全然音が聞こえないというわけか」
「その通りだ。ドイツの魚雷が24ノット以下で電気推進になっているのも、理由があるのだよ。自分がたてる騒音を減らさないと音響誘導はできない。スクリューを使って前進する限り、気泡による推進器の騒音はなくならないから、高速魚雷の音響誘導はこれからも無理だと思うぞ。酸素魚雷に音響誘導を追加するなどというのは、最初から無理だったわけだ」
「それじゃあ、どうやっても無理なのですかね?」
「まあ、航走してから一時停止して聴音する。その結果で狙いを定めたらそちらに走り出す。しばらくして、また止まって聴音してから走ることを繰り返すという、未来の賢い魚雷ならば可能かもしれんな。それとも、音波以外の船の航跡が発生する圧力を探知して追尾するようなやり方が、むしろ有力かもしれん」
……
パナマ運河が日本軍に攻撃されたという報告は、ホワイトハウスにもすぐに伝わった。副大統領のヘンリー・ウォレスとハル国務長官、スティムソン陸軍長官、ノックス海軍長官が呼び出された。
ノックス長官が、自分も先ほど目を通したばかりの報告書で被害を説明する。
「被害は、ミラフローレス閘門とガトゥン閘門の2カ所です。大きな被害を受けたミラフローレス閘門は通過中の駆逐艦が攻撃されて、魚雷が誘爆しました。爆発により閘門の2レーンが共に通行不能になりました。被害の小さい側は、恐らく2ヶ月程度で修復できるでしょう。駆逐艦の残骸が横たわっているもう一方のレーンは、回復に半年程度の時間がかかりそうです。ガトゥン閘門の大西洋側には、輸送船が沈みましたが、1ヶ月もあれば引き上げて、大西洋に押し出て撤去することができると思われます。一方、ガトゥン閘門の中の軽巡洋艦はもう少し厄介です。閘門自身を修理して水をためてから外に引き出すという手順になります。3ヶ月はかかるでしょう」
「2ヶ月か3ヶ月で片側通行は再開できるが、元通りになるには半年かかるということだな」
大統領は、大きくため息をついた。
「それで、日本軍の攻撃手段はわかったのか?」
手元のメモを見ながら、ノックス長官が答える。
「パナマの南西の海上で浮上した複数の潜水艦を発見しています。潜水艦から長距離飛行可能なミサイルを発射したと考えられます。ミサイルは赤外線による誘導弾だったことが判明しています。そのほかに電波誘導のミサイルがあったようですが、詳細は確認中です」
ハル国務長官が話し始めた。
「さっそく、チャーチル首相が、パナマの被害をかぎつけたようです。パナマの守りをもっと強化してほしいという要望が来ています。英連邦のニュージーランドやオーストラリアにとって、パナマ運河は欧州と太平洋を結ぶ交易路なのです。アッズ環礁を日本軍が抑えた結果、インド洋航路は非常に危険になっています。従って、パナマ経由の輸送路は以前にもまして重要になっています」
スティムソン長官が答えた。
「我が国にとってもパナマ運河は重要です。合衆国内の航空兵力の一部をパナマ防衛強化のために移動しますが、よろしいですね? P-80でなければ役に立たなかったという報告もきていますで、ジェット戦闘機の派遣を優先することになります」
ルーズベルトは力なく答えた。
「わかった、国内から派遣可能な航空兵力を見繕ってくれ。ハル長官、我が国はパナマの防衛を決しておろそかにはしないと、葉巻をくわえたあの英国人に伝えてくれ」
ウォレス副大統領はルーズベルトの顔色を見て、以前よりも不健康な状態になっているのがわかった。後でひそかに主治医のブリューンに体の状況を確認してみようと思った。
大統領がこちらを見ているのでウォレスに発言を促しているのがわかった。
「パナマ運河を通る貨物は、連合国だけでなく中立国などの荷物も含まれています。パナマの物流が滞れば、遠からず複数の国が気づくはずです。コスタリカなどパナマ周辺の国が勘づく可能性もあります。多数の国がパナマを利用している以上、通行不能を隠すことは不可能とお考え下さい。ここは、被害の大きさは隠すにしても、パナマ運河がしばらく通過できないことは先に報道すべきと考えます」
「そうだな、当初隠ぺいしていて、他国にばらされるようなことになったら目も当てられない。そもそも既に英国には知られているのだからな」
……
3月20日の夕方には、早くも山本軍令部総長のところに、パナマ運河の攻撃が行われたとの報告が上がってきた。しかし、どれだけの被害を与えたのかがわからない。直接、パナマ運河を偵察する手段がないのだ。
数日もすると、欧州のスイスやスウェーデンなどの大使館から、パナマの運行に支障が出て物流が滞っているとの報告が入ってきた。同時に合衆国の新聞にも記事が出てきた。パナマが被害を受けて運行に支障が出たという簡単な内容だったが、運河としての機能がしばらく失われたのは確実だろう。
総長は、軍令部次長の伊藤少将と富岡大佐を呼んだ。
「運河は機能停止したようだ。太平洋に新造空母や戦艦が出てこない間に、次の作戦を実行したい。小島大佐にドイツでの作戦状況を確認せよ。国内の研究機関の状況はどの程度進んでいるのか確認してくれ。もともと、パナマの閉塞はかなり困難だと予測していたが、今回の結果は想定以上だ」
富岡大佐が答える。
「パナマ防衛に米軍が予備兵力を送ることで、米本土の防衛力を少しでもそぎ落とすというのが最低限の作戦目的でしたが、いい結果が出て一石二鳥でした。詳しくは報告書を出しますが、ドイツでの準備も物理学者の核分裂物質の実験も状況は悪くはないようです。次の作戦の準備が整うのも近いと思いますよ」
山本総長は、窓の外を見た。
「次の米本土への作戦で、米国の新型爆弾の実戦使用を、なんとしても阻止しなければならん。鈴木少佐の知識や物理学者の意見が当たっているならば、今後1年か2年で米国の新型爆弾が完成するだろう。そうなれば、我々が海や空の戦いで優勢でも、結局戦争は負けになる」
伊藤次長もつられて窓の外を見てしまった。
「山口長官からは、4月初旬に米大陸攻撃作戦を実行するとの連絡が入っています。私は、必ず良い結果を出してくれると信じています。この作戦が成功すれば、米国の新型爆弾の開発は停滞することになるでしょう」
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