9章 外伝
9.1章 連山の開発
海軍空技廠長の和田少将は廠内からの報告書を前にして、30分以上考え込んでいた。文書の表紙には、「十三試大型陸上攻撃機に関する評価」と書かれていた。
十三試大攻は、まだ初飛行こそしていないが、既に完成直前だ。航空機は、設計が進めば大きさや重量、エンジンの出力、風洞試験による空力的な特性や、機体内部の機構の実現方法等、色々なことが判明してくる。空技廠の専門家たちが、設計社である中島飛行機から機体の情報を入手して、十三試大攻の評価を行った。その結果が報告書として上がってきたのだ。
評価の結論は、一言でいえば失敗作だった。そもそも米国の大型輸入機を参考にした機体のサイズが大きすぎる。当初の計画から大幅に重量が増加している。それなのにエンジンは出力不足で信頼度も怪しい。更に主翼のフラップや爆弾倉の扉、主脚、銃座などの機構を電動式としているがいずれも複雑な機構となっている。内々で中島に十三試大攻の見込みを問合せしてみたが、空技廠が判断の材料にした、機体の重量や大きさなどの数値に間違いはなかった。いや、機体重量などは、更に悪化する傾向にあるようだ。
昭和16年2月になって、空技廠長は関係者を呼んで、十三試大攻の対策会議を開催した。
さすがに、こんな大型機の性能を回復するためには、2,000馬力超の発動機が必要だろうということで、関係者として私も会議に出席することになった。
空技廠の飛行機部が和田少将に提出した評価報告書から内容を抜粋した簡易版資料が、会議の出席者に配布された。
和田少将が最初に会議の主旨を説明した。言われるまでもなく全員が、十三試大攻の今後の方針を決定するために集まったということを認識していた。
性能評価資料の作成者の一人である、空技廠飛行機部の三木大尉がまず資料を説明する。
「……以上説明したように、十三試大攻は、要求性能に対して、飛行性能が大幅に不足する見込みです。このままでは何らかの対策を行わないと制式化の見込みは極めて低いと思われます」
中島飛行機の設計主務の松村技師が、冬なのに額に汗をかきながら説明を始めた。
「確かにご指摘の様に、機体の重量に対して、エンジン出力が不足気味になっています。しかし、三菱さんのMK5Aや当社のNK6Bなどの2,000馬力級のエンジンに変更すれば、性能の回復が見込めます。2,100馬力のエンジンへの換装を行った場合の性能については、私のほうから配った資料に記載しています。一例ですが、速度は230ノット(426km/h)を見込むことが可能となり、ほぼ要求条件を満足できます」
空技廠飛行機部長の杉本大佐がすぐに発言した。会議に出席する前から思っていたことなのだろう。
「海軍から要求性能の数値を出しておいて、今更なのだが、たとえ230ノットの性能が達成できたとしても、世の中では既に300ノット(556km/h)の性能が当たり前になりつつある。米国の四発爆撃機の性能を調べても、8,000mの高空で270ノット(500km/h)あたりが既に実用化段階だ。つまり、これから実用化する爆撃機としてはもっと高性能を目指さないと、飛行する前から時代遅れになりつつあると考える。我々が開発している戦闘機の性能を見ても十四試局戦が350ノット(648km/h)を軽く超えている。欧米においても同等の性能の戦闘機がこれから出現するのは自明であろう。それに対抗できなければ、役に立たないと考える」
和田少将が眉間にしわを寄せた表情で質問する。
「今のままではダメだという意見はよくわかった。それで、これからの方向性について何か意見はあるかね?」
杉本大佐が、横に座った技術者たちの方を振り向いた。三木大尉がまず説明する。
「機体の大きさがそもそも問題なのです。四発機であっても、もっと小型で作りの簡単な機体としない限り高性能な機体は実現できません。小型化すれば空気抵抗も小さくなって、重量の問題も解決するでしょう」
私も一言、いわせてもらおう。将来、深山となる機体に時間とお金を投入するならば、やり直した方が良い。
「この機体が参考にした米国の機体は旅客機なので、多くのお客を乗せるためにはある程度大きな機体とすることに合理性がありますが、爆撃機とは全く条件が違います。素性が良くなければ、あれこれ改修しても限度があります。ここは思い切って最初からやり直した方が、結局いいものができると考えます」
……
この日の会議から、あまり日を経ずして、航空本部は十六試陸攻として新たな要求書を提示した。内示した要求条件は、最大速度330ノット(611km/h、8,000mにて)、上昇力8,000mまで20分以内、航続距離3,700km(爆弾2トン)、最大搭載量5トンという大型機としては過酷な内容だった。
既にこの頃は、海軍機の開発については複数社の競争開発ではなく、一機種一社への特命開発となっていたため、十六試陸攻は中島一社への開発要求となった。
十三試のやり直し的な状況で、中島飛行機では今度こそは失敗は許されないという背水の陣的な雰囲気となっていた。そのような状況下で、中島は、再び十三試大攻と同じ松村技師を十六試の設計主務者に指名した。
さっそく、松村技師は、空技廠に十六試陸攻の概要と開発方針をまとめて報告にやってきた。飛行機部と発動機部が事前確認という名目で開発方針を確認することになった。
資料を前にして松村技師が説明を始める。
「基本的な設計方針は、未知の方法や技術は極力採用せず、危険性が少なく信頼性も明らかな手段を採用することです。まずエンジンは18気筒、2,000馬力級エンジンが実現しており、疑問の余地なく2,000馬力級エンジンを使用します。高高度飛行が必要ですので、2段過給機の装備が必須となります。この2段過給機だけは我が国ではまだ開発中の技術なので、開発済みの技術とはなりません。機械式の2段過給機か排気タービンによる2段過給器かのいずれかを採用します」
発動機担当として、意見を述べておこう。
「現時点では、輝星エンジンに機械式2段過給機を取り付ける計画が最も進んでいますよ。雷電に搭載して高空性能を改善する開発が進んでいます。エンジンの効率の観点からは、排気エネルギーを利用する排気タービンが良好なのですが、確実な技術というならば、開発が一歩進んでいる機械式を選択すべきと思います」
松村技師が答える。
「中島としては、エンジンは既に完成している誉を使用したいと考えています。これから開発する機体ですので、過給機については現状では一つに決めず、2方式がどちらでも可能となるように進めます」
機体の構造についての説明にうつる。
「胴体の外形については、強度の確保と生産の容易化の観点から胴体断面を真円にします。しかも胴体の中央部付近は直径を変化させない単純な円筒とします。これでも機首と尾部の形状を適切に設計すれば、空気抵抗が問題になるようなことはありません。構造については、わが社で検討してきた外皮を厚板として助材や縦通材を減少させた構造を採用します。この構造の採用により、大型機ながらリベット数は零戦の2倍程度に抑えられると考えています」
三木技師はすぐに賛成した。
「厚板構造については賛成です。私は、それを採用しても重量がそれほど増加することもないと考えています。私も他の機体で是非とも採用したいと思っていました。主翼や脚についてはどうですか?」
「主翼は、高速化を実現するために、相当な高翼面荷重とならざるを得ません。翼面荷重は、全備重量で平方メートル当たり200kg程度になります。そのため、主翼のフラップについては、親子式の二重引き下げフラップを採用します。脚は前脚式として、主脚はダブルタイヤでエンジンナセルに格納する形式です」
我々は、中島飛行機の方針を了承した。昭和16年4月には、中島に対して4基の発動機を前提とした十六試陸上攻撃機(G7N1)が制式に発注された。この月には十三試大攻の初飛行が行われたが、空技廠技術者の予想通りその性能は振るわなかった。
昭和17年2月になって、誉4基を搭載したG7N1(試製連山)の1号機が完成した。飛行試験のための機体であり、銃座や爆弾搭載架などの装備は未搭載であった。エンジンは三菱の輝星を追いかけて開発した2段2速過給器付きの誉24型を搭載していた。
航空機エンジンの過給機は、エンジンの回転軸から取り出した駆動力をギアにより、1万回転程度に増加させて圧縮羽根を回転させている。高高度飛行のためには、1段の圧縮羽根では、空気の圧縮率が不足するので、ギアで駆動する圧縮羽根を2段重ねにする。逆に低空で空気の密度が高いと、圧力を高めすぎることになるので、ギア比を変えて圧縮羽根の回転数を落とす。これが機械式の2段2速過給器である。
試製連山 機体略号 G7N1
・全幅:34m
・全長:23m
・全高:7.20m
・翼面:125㎡
・自重:16,500kg
・全備重量:25,000kg
・発動機:誉24型(離昇2,100hp)×4基 2段2速過給器付き
・最高速度:332ノット(615km/h) 高度8,000m
・航続距離:5,000km
・爆装:搭載せず
・武装:防御機銃を搭載せず
2か月後には、3号機から5号機が完成した。これらの機体では、機首及び尾部銃座を搭載したが、胴体の上下に搭載される予定の動力銃座は、まだ未搭載であった。13.2mm機銃を連装とした動力銃座の開発が遅れていたからだ。3号機と4号機には、排気タービンを備えた誉エンジンを搭載したが、試験飛行中も排気タービンの不安定は解決しなかった。
いったいいつまでもエンジンが不調なのはどういうわけだということになり、発動機部から私が呼ばれた。顔を合わすやいなや、安定動作しない排気タービンの状況について、和田廠長から説明を求められた。
「どうやら連山の排気タービンは難航しているようだな。いったい、ジェットエンジンのタービンは既に完成しているのに、なぜガソリンエンジンの排気タービンにこれほど時間がかかるんだ?」
「現状ではガソリンエンジンの排気温度は、ジェットエンジンの燃焼温度よりも高いのです。ガソリンエンジンの排気温度は、1,000度を超えているはずです。我々のジェットエンジンでは圧縮空気を燃焼ガスに混合するなどして、800度から900度程度に抑えています。排気タービンは、排気圧力と周囲の大気の圧力差で回転しています。従って、地上では回転数が低く、大気圧の低い高空に上がるほど回転数が高くなるのです。そのため、高空ではタービンの過回転を避ける必要があります。大気圧に応じた回転数の制御のためにガバナーにより排気を逃す制御が必要です。しかもエンジンの排気圧はスロットル制御によっても変わります。このような排気タービンの制御を行うための知見がまだ十分ではありません。その点で中島飛行機も苦しんでいるのです」
「君の言いたいことは理解したが、既に開戦した状況で我々の時間は限られている。あまり時間をかけずに解決する良い方法はないだろうか?」
「機械式の2段2速過給機ならば、安定して動作していますので、それを使い続ければいいと思いますよ。排気タービンが使えないと、2段全ての過給機をエンジン出力により駆動する必要があります。その分エンジンのエネルギーが奪われていることになるので、エンジンの出力は若干下がるでしょう。それでも、推力式排気管で一部は取り返せますし、性能の差はそれほど大きくないと思います」
私の言葉が単純に受け入れられたわけではないだろうが、排気タービンによる過給機の開発は継続するとして、当面は機械式の2段2速過給機を備えたエンジンで開発を継続することとなった。
機体開発が進むと、中島社内で検討が進んでいたジェットエンジンによる加速実験が開始された。試作4号機に対して、主翼強化とエンジン装備のための搭載架を追加して、ネ30を両翼下に装備した。内部の構造としては、翼内燃料タンクの一部をジェット燃料タンクに変更していた。
なお搭載されたジェットエンジンは標準的なネ30と異なり、機上でエンジンの始動を容易にするために、ジェットエンジンカウルの前部を拡幅して、始動用モーターを内蔵させていた。試作4号機は、さっそく開始した試験飛行でネ30の推力により、高度8,000mで370ノット(685km/h)を記録した。
試製連山で達成された330ノット程度の速度では、将来想定される強固な防空網を突破できないことは明らかであり、ジェットエンジンによる高速化は必須であると考えられた。運用法としてはレシプロエンジンのみによる巡行飛行により、目的地まで進出してから、空中でジェットエンジンを始動して、敵陣を突破して爆撃を行う。ジェット燃料がなくなるまで高速巡行して、残りの復路はレシプロエンジンのみで巡行して戻る構想であった。
著しい性能の向上から、航空本部は全ての連山に、ネ30を装備することを直ちに決定した。5号機以降の機体は高速化を意識して、銃座は機首と尾部のみとして、胴体の突起物を減らしてできる限り平滑化した。性能向上型のネ30Aが完成すると、直ちにジェットエンジンを新型に交換して性能確認を実施した。これにより、高空で380ノット(704m/h)の最高速度を達成できた。
ジェットエンジンを追加した機体は非公式には連山改と呼ばれていた。正式には連山22型として、昭和17年9月に制式化された。
連山22型 機体略号 G7N2
・全幅:34m
・全長:23m
・全高:7.20m
・翼面:125㎡
・自重:17,500kg
・全備重量:34,000kg
・発動機:誉24型(離昇2,100hp)×4基 2段2速過給器付き
・発動機:TJ-30-24型(統合名称ネ30A) 推力1,300kgf×2基
・プロペラ:ハミルトン改定速4翅 カフス付き直径4.20m
・最高速度:380ノット(704km/h) 8,000m
・実用上昇限度:1,1500m
・航続距離:3,000~6,300km
・爆装:爆弾又は魚雷 5,000kg
・武装:機首に13.2mm連装機銃、尾部に13.2mm連装機銃
爆撃型の機体と並行して高高度を高速飛行する長距離偵察型が開発された。爆弾倉には長距離飛行のための増加燃料タンクを追加して、機首及び胴体内には偵察用のカメラと偵察に必要な電探を搭載した。
また別種の派生型として、偵察用カメラを搭載せずに、機上に大出力の捜索電探を搭載して、遠距離でも航空機と艦船が探知可能な電探警戒機が開発された。電探警戒機には友軍機の誘導員と戦闘指揮官が搭乗する座席が準備されて、探知に応じて友軍機を機上から誘導して、戦闘機隊を指示することが可能になった。これにより、基地を離れた攻撃隊であっても、電探警戒機が随伴することにより、電探情報を基にして、部隊として統一的な作戦行動をとることが可能になった。
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