4.11章 日本艦隊の夜襲

 既に日が暮れた艦橋で、山口多聞は帰還してきた第四次攻撃隊の着艦を見ていた。第三次と第四次は攻撃としては中途半端な面もあったが、味方機の被害が少なかったのが幸いだ。


 草鹿参謀長が速足で歩いてくる。

「山口長官、三川さんからの進言です。戦艦部隊で英軍に追いついて、夜襲をやらせてくれとのことです」


 山口長官は苦虫をつぶしたような顔をしている。

「手負いと言っても敵は15インチ、つまり38センチ主砲だぞ。それに比べてこちらの金剛級は36センチだ。一発でも食らえば無視できない被害が出るぞ」


 疲れたような顔をした通信参謀がもう一通の電文を草鹿少将に持ってくる。

「利根の阿部少将からです。夜間の水雷戦で敵戦艦に引導を渡すとあります。さっきから入れ代わり立ち代わり電文が来ています。もう止められませんよ」


「わかった、戦艦と重巡部隊の夜襲を認めよう。但し、大きな被害が出たら直ちに撤収するという条件を付けさせてもらう。できる限り被害を受けないように戦い方を工夫してくれということだ」


 山口長官からの返事を受けると、放たれた猟犬のように金剛型の戦艦4隻と利根型の重巡2隻は、敵艦隊に向けて一気に速度を上げた。金剛型戦艦を護衛していた秋月と第十八駆逐隊の3隻の陽炎型駆逐艦もついてゆく。


……


 約6時間後、4隻の戦艦と重巡部隊は圧倒的な優速で英国艦隊に追いついていた。しかし三川長官は電探で得られた情報をもとにして、後方から英国艦隊には近づかず、主砲の射程よりも外側を通って英国艦隊を追い抜いた。西に向かう英国艦隊に対して縦列になった三川部隊は約25浬(46km)北側を後方から西へと進んで追い抜いて行った。この距離でも比叡の電探は電波反射の大きな英戦艦の位置をとらえていた。


 艦橋の戦闘状況表示盤に自軍と英艦隊の駒が張り付けられた。電探士官が敵艦隊の位置の変化を報告してくる。三川長官は、電探の情報により、状況表示盤の駒の位置が少しずつ変えられてゆくのを見ていた。

「取舵。艦隊を西南に向けてくれ。速度は25ノットで接近する」


 三川艦隊が方位を変えて接近して行くと、奇跡的にまだ稼働していたラミリーズのレーダーが反射の大きな三川艦隊の戦艦をとらえた。サマヴィル中将はT字の頭をとられるのを嫌って、取舵を命ずる。英国艦隊は方位を南南西に変えた。


 英国艦隊の方位の変化はすぐに比叡の電探が検知した。

「想定通りだな。次も取舵だ。東南東に転舵して頭を押さえる。速度を全速にせよ。上空の友軍機に照明を落とすように命令した。位置は事前に決めた通り、こちらの艦隊は照らさない位置にしてくれ。それと、阿部少将に全速で前面に出てくるように連絡してくれ」


 サマヴィル中将は右舷方向から接近してくる敵艦隊の報告を受けていた。

「レーダー探知の情報からは敵艦隊の速度が増しています。恐らく30ノットは出ています」


 サマヴィル中将は思ったことを口にした。

「魚雷で敵の戦艦に被害を与えたと報告があったが、これは無傷じゃないか」


 30ノットの敵艦に対して、こちらは相変わらず10ノットだ。3倍も速度が違ってはできることに限りがある。しかし、すぐさま頭を切り替えて命令を出す。なんとしてもアデンの友軍基地にたどり着くために、できることをするだけだ。


「軽巡洋艦隊に命令。全速で北上して、敵戦艦を雷撃せよ。とにかく敵の足を止めろ」


 英海軍の軽巡洋艦3隻が8隻の駆逐艦を従えて、戦艦の後方から全速で抜け出した。先頭は6インチ(152mm)主砲を備えた軽巡ドラゴンだ。それに軽巡ダナエとカレドンが続く。3隻とも1917年から1918年に就役した旧式艦だ。その後方に8隻の駆逐艦が後続していた。縦列になった11隻は、30ノットまで加速して、ラミリーズよりも前に出ると北方に転舵した。この時、零式水観が英軍の後方から吊光弾を落とした。あらかじめ日本軍は戦艦が搭載していた零式艦上観察機を射出していた。英艦隊の後方から接近した水上機は次々と6発の吊光弾を落としてゆく。吊光弾の光は後方からシルエットのように英国艦隊を照らしだした。


 サマヴィル中将がうめく。

「なんという悪いタイミングだ。これじゃあ丸見えだ」


 三川中将は敵の小型艦が出てくることも想定していた。既に利根と筑摩には前に出るように命令してある。

「阿部少将に命令。敵艦隊を雷撃せよ。敵の巡洋艦と駆逐艦を蹴散らせ」


 この時、利根と筑摩は戦艦部隊の東側を通って速度を上げていた。重巡の後ろには、秋月が続く。更にその後方には第十八駆逐隊の不知火、陽炎、霞が続いていた。利根は南東から北上してくる英軍の軽巡と駆逐艦に接近するために、進路をやや東寄りに変えた。照明弾に照らされて、日本艦隊からは右舷よりの前方から近づく英艦が見えていた。日英艦隊共に30ノットを超えているので、相対速度は100km/hを超えていた。短時間で彼我の距離は20km以内に接近する。


 阿部少将が大きな声で命令する。

「撃ち方、はじめ。敵駆逐艦への雷撃戦はじめ。魚雷が撃てる位置になったら撃って構わん」


 利根の砲術長は、既に照明弾に浮かび上がった先頭の巡洋艦への照準を終えていた。

 艦首の20センチ砲が射撃を開始する。前方に指向できる3基の砲塔が交互撃ちの火炎を噴き出すと、利根に続いていた筑摩も2番艦の巡洋艦に向けて射撃を開始した。


 前方の利根が射撃を開始すると、秋月も撃ち始める。

 秋月艦長の古賀中佐は電探で照準するように命じていた。

「砲術長と電探士官に命令。新型の電探を使って照準してくれ。対空戦でも電探射撃は確実だった。船の方が大きいのだから、命中できるだろう。うまく行かなかったら直ぐに光学照準に切り替えてくれ」


 秋月は既に二号三型により敵艦隊を探知していたが、ある程度近づくと二号四型でも探知ができるようになる。マイクロ波の送受信をするお椀型のアンテナを敵艦隊に指向すると精密な方位と距離が得られた。


 秋月の艦首の10センチ砲が敵駆逐艦隊の3番艦を狙って射撃を開始する。1門当たり毎分15発を超える全力での斉射は航空機に対する射撃法と同じだ。5回も射撃すると敵艦を夾叉することができた。4秒に一回の射撃を続けると、すぐに直撃弾が得られた。敵艦の上で爆発が発生して、装備品の何かが飛び散る。10センチ砲にはまだ徹甲弾が準備されていなかったので、すべて榴弾射撃だ。それでも船体に命中すれば、艦上のあちこちが破壊されてゆく。


 次に、利根が狙っていた1番艦にも爆発が発生する。英軽巡は単装砲なので、毎分撃てる弾数が利根の半数に満たない。利根の20センチ砲弾が相次いで連続して命中すると先頭のドラゴンは速度が落ちて隊列から遅れていった。英艦隊の先頭が軽巡ダナエに代わる。この時、利根の艦首にも敵巡洋艦の6インチ(152mm)砲が命中した。3隻の軽巡洋艦は艦の大きさを正確に見極めて、利根と筑摩をまず狙っていたのだ。このため、秋月はやや離れたところから4番艦以降の駆逐艦の4インチ(102mm)砲に狙われることになったが、まだ夾叉されない。3番艦のカレドンには短時間で秋月から、数発の10センチ弾が命中して、火災が発生した。陽炎級の駆逐艦も12.7センチ砲を撃ち始めている。


 砲戦に続いて、利根と筑摩は、左舷の2基の4連装発射管から雷撃を行った。これを見て後続の駆逐艦も一斉に魚雷を発射した。最終的に44本の魚雷が敵に知られず隠密に発射された。


 一方、英軍の巡洋艦と駆逐艦は砲撃を開始したが、雷撃は距離が遠いとして見合わせていた。


 雷撃が終わると利根は、面舵をとった。阿部少将の指示だ。

「このまま多数の命中弾を受けていては、被害が拡大する。敵艦との距離を少し開けてくれ。」


 転舵したことにより敵からの命中弾も避けられるが、英艦への照準もやり直しになる。方向を変えた後も、秋月が最も早く再照準を終わらせて先頭のダナエに命中させた。艦の後部の砲塔も敵艦隊が射界に入ってきたため、8門での射撃となった。10センチ砲は敵艦の3倍以上の早さで撃っている。40発ほど撃つと数発が命中して英軍巡洋艦の上で爆発が発生する。


 陽炎級の駆逐艦も6門の主砲がすべて射撃可能となり全砲塔で射撃を開始する。この時点で、利根に6インチ弾が1発命中して、筑摩にも2弾が命中した。利根は後部の水上機格納庫が破壊され、筑摩は2基の左舷高角砲が破壊された。更に脅威と新たに認識した秋月にも複数の艦が射撃を行ってきたために4インチ弾の2発が命中して、後部砲塔1基が射撃不能になった。


 この時、英巡洋艦と駆逐艦で砲弾の命中とは異なる大きな爆発が発生した。爆発は連続して6度発生した。


 阿部少将が命令する。

「どうやら魚雷が命中してくれたようだな。まだ、無傷の艦も残っている。全力で攻撃せよ」


 魚雷が命中した軽巡ダナエとカレドンはあっという間に沈み始める。利根から20センチ砲を複数被弾したドラゴンも火災の発生と浸水が増してきて、右舷に傾斜していた。火災に向けて利根と筑摩が集中砲撃をする。


 続いて命中した魚雷で後続の4隻の駆逐艦が撃沈されたために、無傷で残っている艦は隊列の後方を航行していた4隻となった。この4隻は魚雷を恐れて、日本軍から遠ざかるように東方に転舵して全力で退避してゆく。逃げてゆく英駆逐艦に対して、駆逐艦から主砲の射撃が続いている。


 前方に出た利根が率いる艦隊が戦闘を開始した時、戦艦部隊も敵艦隊を射程にとらえていた。三川艦隊は、当初の目論見通り英国の戦艦部隊の頭を押さえこんで、T字の体制に持ち込もうとしていた。英艦隊は西から南へと方向を変えて同航戦に持ち込もうとするが成功していない。


 三川中将が射撃開始を命令する。

「各艦、撃ち方、はじめ」


 比叡艦長の西田大佐が、電探射撃を命令する。

「砲術、電探は動いているな。一番艦を狙え」


 砲術長が了解と答えるのと、比叡の36センチ砲から砲弾が飛び出したのはほとんど同時だった。後続の霧島と榛名、金剛も旗艦の発砲を見て相次いで射撃を開始した。三川艦隊は、縦列の英国艦隊に対して南東に向けて航行しながら射撃を開始した。


 英戦艦の近傍で着弾を示す水柱が発生するが、初弾は遠弾となって命中しない。各戦艦が発艦させた零式観測機が英軍の上空を旋回しながら着弾位置を報告している。英軍もレーダーで上空の日本機をとらえているが、対空砲が爆撃で被害を受けていたので、有効な攻撃ができない。英戦艦が38センチ砲の射撃を開始した。ラミリーズのみがレーダーによる射撃を行ったが、レゾリューションはレーダーが使用できず光学測定で照準をしていた。ロイヤル・ソブリンは急降下爆撃でA砲塔とB砲塔が使用不能であり、頭を押さえられて後部の砲塔が日本戦艦を射界に入れていない現状では射撃できない。


 交互打ちを繰り返しながら、相互の艦隊の距離が短くなってゆく。英戦艦は左舷への回頭を続けて、艦の後部のX砲塔とY砲塔が日本戦艦を射界にとらえて射撃可能となった。すぐに英戦艦の全砲塔が射撃を開始する。


 英艦隊との距離が2万程度に縮まってきて、比叡は8斉射を行って夾叉を得た。すかさず、砲術長は射撃を一斉打方に移行させた。霧島、榛名、金剛も上空の観測機からの情報に基づき射撃を修正している。しかし、英軍には観測機もなく上空の明かりもないのでラミリーズ以外は射撃の補正に時間がかかっていた。


 比叡からの次の斉射で命中弾が発生する。1発がラミリーズの船体後部に命中した。Y砲塔横の甲板に命中した砲弾は水平防御を貫通して機関室で爆発した。しばらくして、もう1発が艦首近くの右舷側に命中して艦内で爆発した。Y砲塔が動作不能となると同時に機関の出力が減ってラミリーズの速度がどんどん落ちていった。航空攻撃で発生した魚雷による浸水に加えて、艦首の破孔からも浸水が発生して、喫水が深くなってゆく。


 一方、少し遅れてラミリーズからの砲弾も1弾が比叡に命中した。艦体の艦首寄りの左舷に命中した徹甲弾はそのまま水平装甲を斜めに貫通して、更に右舷側を内側から外側を海中に抜けて爆発した。艦首右舷に破孔ができて浸水が発生した。西田大佐は直ちに防水処置を命ずる。更に命中の爆風と振動により、電探が停止してしまう。比叡は浸水の増加を避けるために縦列から外れて速度を20ノット以下へと落とした。


 その頃、霧島が狙っていたレゾリューションにも砲弾が命中した。観測機からの着弾観測に基づいて、砲撃諸元の修正をしながら10斉射ほど交互射撃を繰り返していたが、ついに夾叉した。次の斉射で1発の命中弾が出ると、その次の斉射では連続して2発が命中した。船体中央部への命中弾により、航空攻撃によりできていた破孔が拡大して海水の侵入を止めていた隔壁も次々に破壊されて大量の浸水が発生した。機関部に貫通したもう1弾が浸水から生き残っていた最後の機関を破壊した。


 後方の主砲が日本艦隊を射界に入れて射撃可能になると、ロイヤル・ソブリンは日本の3番艦の榛名を狙って砲撃を開始した。しかし、榛名と金剛もロイヤル・ソブリンを狙って射撃を続けていた。砲戦距離が近くなって、狙いが正確になるとロイヤル・ソブリンに命中弾が発生した。ロイヤル・ソブリンは4門の主砲が使えるだけで、しかも爆弾の命中により射撃指揮装置もまともに動作していない。砲撃を続けても近弾にさえならない。一方、榛名と金剛は射撃の狙いが正確になってくると、3発をたて続けに命中させた。


 一度、英艦隊を追い抜いていった利根と筑摩、駆逐艦群が戦域のはずれで一斉回頭して戻ってきた。縦列の最後尾が先頭艦となって、駆逐艦の霞を先頭とする縦列になっていた。ほとんど停止しつつある英艦隊の南方を逆行してゆく。英戦艦はどれも爆撃の被害に砲撃の被害が加わり、既に断末魔の状況だった。


 先頭艦の霞が右舷側を過ぎてゆく戦艦に向けて再装填した魚雷を2基の発射管から射出する。続いて、後続の陽炎、不知火も魚雷を射出した。秋月と筑摩、利根も雷撃を行う。既に惰性で動くだけで回避もできない英戦艦に近づいて雷撃した。


 霞と陽炎が狙ったロイヤル・ソブリンには3本が命中した。不知火と秋月が狙ったレゾリューションには1本が命中した。筑摩と利根が狙ったラミリーズには2本が命中した。魚雷が命中した3隻の戦艦は右舷の破孔から大量の海水が流れ込み次々と沈没していった。

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