4.3章 東洋艦隊出撃

 アッズ環礁に移動した東洋艦隊は、日本艦隊がインド洋に侵攻してくるという情報を既に入手できていた。この時点で、米国が分析した戦略情報を受けて日本の機動部隊は6隻の正規空母から構成されていることを認識していた。


 日本艦隊がひそかにインド洋に向けて行動を開始してから、4日後には日本艦隊の行動を示す2通の電文が東洋艦隊司令部に届けられた。


 フィリップス中将は、サマヴィル中将と参謀たちを旗艦に集めて、今後の作戦計画について議論を行っていた。

「諸君、どうやら日本海軍が行動を開始したようだ。私のところに暗号文を解析した情報が届いた。敵の攻撃目標はコロンボで、4月11日を予定しているとのことだ。極東軍からの情報だ。もう一つ通知が来ている。少し前の情報だが、空母多数の機動部隊がセレベス島のスターリング湾にやってきて停泊しているとのことだ。これは、オーストラリア経由でもたらされた。おそらく島民の中にオーストラリアの監視員がまぎれていて、監視結果を送ってきたのだろう」


 副官のパリサー少将が2つの作戦案を示した。

「日本艦隊が、スターリング湾に停泊しているとなると、おそらくロンボク島周辺の海峡を抜けて、インド洋に入ってくると思われます。4月11日にコロンボを空襲するとなると、遅くとも4月5日頃にはインド洋に侵入してくるはずです。我々の行動予定としては、セイロン島の近海で待ち受ける案があります。これは、セイロン島の空軍機と連携して行動できる利点がありますが、敵もこの行動は想定していると思われます。別の作戦としては日本艦隊がインド洋に入ったところで、早期に敵の側面から仕掛けます。日本艦隊が海峡を抜けたところで、西方に向かう艦隊を攻撃します。おそらく、インド洋に入って早い段階で我々が想定外の方向から戦いを仕掛けることは、想定していないはずです。うまくすれば海峡を抜けている途中で艦隊の陣形が整っていない時期に奇襲できる可能性があります。ただし、位置的に友軍基地航空隊の行動範囲外なので、攻撃は我々の艦隊の兵力だけで行う必要があります」


 これに対して、サマヴィル中将が自分の意見を述べた。

「敵をセイロン島の近辺で待ち構えるのか、インド洋の東側に打って出るかと問われれば、できる限り味方の多い状況で戦う案をとります。基地航空隊と空母が連携することにより、敵機動部隊に被害を与える可能性が増加します。機関を損傷させて速度を落とせれば、わが戦艦部隊が敵の懐に入る機会が生まれてきます。我が艦隊は、多少の敵航空機の攻撃ならば、自力で回避してみせます。日本海軍は急降下で約500ポンド(227kg)の爆弾を使用しているとの情報ですので、装甲板に当たっても戦艦の航行と戦闘力には影響がありません。セイロン基地の空軍にも支援を依頼して、少しでも優位な状況で戦うべきです」


 フィリップス中将は既に腹を決めていた。軍事とは別の理由からとりえる行動が制限されていたのだ。

「実は、コロンボやトリンコマリーが空襲を受ける前に敵艦隊と戦ってくれと強く要請されている。日本軍が先にセイロン島の空襲を行えば、我々としては、基地と空母で2方面から攻撃するという作戦をとることができる。しかし、コロンボ基地の司令官からは、大規模な日本の攻撃隊による港湾や基地の被害は決して無視できないと言われているのだ。民間人への被害の可能性も指摘されている。それで、日本軍と戦うならば、コロンボが空襲される前にしてくれというわけだ。本心は、コロンボやトリンコマリーを囮としないで、セイロン島から離れたところで戦ってくれということだ。すなわち、我々にはインド洋に出ようとする敵を急襲する以外には選択の余地がない」


 周りの将官たちの顔を中将は見回した。しぶしぶという顔もあるが、全員が了解したようだ。しばらく間を開けた後、話を続けることにした。

「参謀、敵が4月11日にコロンボを空襲する前提で、敵艦隊はインド洋にいつ進出してくるのか精密に計算してくれ。それに対して、敵艦隊がインド洋への侵入時点で戦いを挑むとすると、我々がこの環礁から出撃する時期はいつにすべきか逆算で決定する。B部隊はA部隊の後方から少し離れてついてきてくれ。航行時にはA部隊とB部隊が同時に空襲を受けないだけの距離を開けることとする。空母対空母の戦いが生起したら、敵の攻撃隊がA部隊を攻撃している間に戦艦部隊は全速で前に出て突進してもらう。戦艦の数ではわが軍がはるかに有利だ。空母の戦いが行われている最中に敵艦隊に肉薄するのだ。A部隊との戦闘と並行して、B部隊の戦艦も攻撃を受けるかもしれないが、攻撃機の数は少ないはずだ。自力で排除しつつ戦艦で敵を射程距離まで追い詰めてくれ。戦艦に懐に入られれば、空母は弱いはずだ。なお、航空機は1機でも多くほしいので、今回は空母ハーミーズも艦載機を搭載してA部隊に入って行動してもらう」


 東洋艦隊はフィリップス中将の決定に基づいて、あわただしく出港の準備を開始した。想定した日本艦隊のルートは、大型艦の通行が可能な水深を有するロンボク海峡を抜けて、西方のココス諸島を目指すルートだ。東洋艦隊は戦闘エリアとして、最も望ましいのはロンボク海峡と考えていた。しかし、現実的にはそこからクリスマス島の間の海域になるだろうと想定していた。日本艦隊がインド洋に入るタイミングを想定して、4月2日の早朝にA部隊が出撃することになった。B部隊は、4月2日の午後に環礁を出る予定とした。深夜にはA部隊の戦艦と空母がアッズ環礁外へと動き始めた。東方に進んだプリンス・オブ・ウェールズを中心とする艦隊は、太陽が昇るころには、アッズ環礁の東方30浬(56km)の地点を東に向けて航行していた。


 一方、4月2日にアッズ環礁への奇襲攻撃を意図していた第一航空艦隊は既にインド洋に入ってきており、アッズ環礁に向けて南東から接近していた。

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