1.9章 レキシントン参戦
ミッドウェー島に爆撃機と海兵隊を輸送していた空母レキシントンを中心とした第12任務部隊のニュートン少将は、ミッドウェー島まで、およそ400浬(741km)を残す地点で真珠湾が攻撃されたことを知った。真珠湾攻撃の通知に続いて、輸送任務の中止が太平洋艦隊司令部から命令されたため、ハワイに帰投するために進路を東南東に向けた。その日のうちに、ジョンストン島近海で訓練を行っていた重巡インディアナポリスを旗艦とするブラウン中将の部隊と合流することができた。合流とほぼ同時に、ハワイのPBYカタリナがオアフ島の北方300浬(556km)に多数の空母よりなる日本の機動部隊を発見したという通知を受信した。エンタープライズと同じ情報をレキシントンも受信したのだ。
第12任務部隊がオアフ島に向けて航海を開始した直後に、更に衝撃的な情報が届く。オアフ島近海の海戦で、日本海軍によってエンタープライズと護衛の2隻の巡洋艦沈められたという情報だ。エンタープライズの犠牲により日本軍に与えた戦果は、日本空母1隻の大破だ。作戦会議が必要だと判断したブラウン中将の指示により、ニュートン少将とその幕僚がブラウン中将が座乗するインディアナポリスに移乗してきた。この部隊全体の指揮は先任のブラウン中将になるのだ。
ブラウン中将が最初に口火を切った。
「太平洋艦隊司令部は大混乱しているようだな。これからの我々の作戦行動については、今のところ具体的な命令は来ていない。はっきりしているのは、真珠湾でほとんどの大型艦が沈んだということと、エンタープライズが沈没したことだ。現時点で、ハワイ近海で日本の空母と戦える戦力は我々だけになった。そこで、これから我々はどうすべきか、諸君の意見を聞きたい。言っておくが、私は無条件で日本艦隊から逃げるつもりはない。しかし、簡単にやられるつもりもない。我々が大きな被害を受けずに、日本艦隊に手痛い一撃を与えられる方法を考えてもらいたい」
冷静にニュートン少将が答える。
「今から、偵察機が見つけたオアフ島の北方に行っても、我々の到着は明日以降ですので、日本艦隊は移動しているでしょう。まずは、敵の今後の行動について想定することが必要です。敵艦隊はオアフ島の北方から艦載機を発進させて真珠湾を攻撃しました。エンタープライズへの攻撃もほぼ同じ海域からの攻撃だということが、ハルゼー中将から司令部への報告により判明しています。日本艦隊はハワイと日本を結ぶ線上よりもかなり北側の航路を選んだようです。荒れた海ですが、それだけにその航路では商船と出くわすことが少ないことを考えると、ハワイを奇襲するためには合理的な判断だと思います。恐らく、彼らは帰りも似たような航路をとるのではないでしょうか。往路ほどは北寄りでなくとも、ミッドウェーよりも北側の海域を通って日本に戻ると考えます」
しばらく、ニュートン少将は間をおいて、一同の理解を確認するように周囲を見まわした。誰からも異論はない。
「その日本艦隊の行動を前提として、二つの作戦が考えられます。第一の選択肢は、我々は南方の航路を東に進みハワイ諸島の南方で戦況を確認するという作戦です。日本艦隊とは出会うことなく、艦隊を温存してハワイまで行って、そこで周囲を警戒しつつ司令部からの指示を待ちます。第二の選択肢は、積極的に日本艦隊を迎え撃ちます。我々は、ハワイに戻るよりも、これから北上して、ミッドウェー近海に進出して敵の帰路を襲います。これにはもう一つメリットがあります。ミッドウェーの航空戦力もあてにできるということです。この島の爆撃隊と飛行艇の戦力はそれほど大きくないですが、偵察や爆撃などに使えば、我々の戦力を補える可能性があります」
ブラウン中将が質問した。
「第一の選択は最後の手段だ。他にとるべき手段がない時には考えよう。第二の選択について質問がある。日本の機動部隊が君の想定とは違う行動をとる可能性もあるぞ。例えば、明日もハワイ近海に留まって、空襲を繰り返したらどうするのだ?」
「日本海軍がハワイ近海に留まるならば、西方から近づいて背後から襲います。その時はオアフ島の我が軍の航空機と共同作戦が可能となります。しかし、日本軍もいつまでもハワイからの攻撃圏内に留まるようなことはしないはずです。いずれにしても、オアフ島からはこれからも続けて偵察機を出してもらうように強く要請します。明日になっても、ハワイの近海で日本海軍を発見できたならば、そこでもう一度考えましょう」
再びブラウン中将が質問する。
「もう一つ質問がある。日本海軍の空母戦力についてだ。エンタープライズで生き残った攻撃隊員は、大型空母1隻に爆弾を命中させて大破したと主張している。また、オアフ島上空でも、エンタープライズの戦いでも日本機に多数の損害を与えたとの報告もある。どのように考えるべきかね?」
「もともと、敵空母は4隻でオアフ島を空襲したとの情報があります。エンタープライズがそのうち1隻を損傷させたので、残る空母は3隻でしょう。日本軍の空母艦載機の損害については推定するしかありません。しかし、オアフ島の陸軍機は、日本軍の攻撃隊に対して反撃したと報告しています。エンタープライズも戦いの過程で日本機を損耗させているに違いありません。今までの戦いで日本軍の稼働機がある程度損耗していると推定すれば、3隻の空母から稼働機は2隻に相当する程度に減っている可能性があります。それに対して、我々はミッドウェー島の機体をうまく使えれば、我々の位置を秘匿して、先に敵艦隊の位置を知ることができます。つまり、地の利を生かして先制攻撃できる可能性があります」
「今までの戦いで日本艦隊の航空兵力がすり減っているとすると、およそ我々の2倍の兵力ということか。ミッドウェー島の友軍と今までこの空母が運んできた爆撃機も数に含めればもう少し比率は改善するな」
ニュートン少将は、黙ってうなずいた。ブラウン中将が結論を宣言した。
「了解した。まずは進路を北に向けて、日本艦隊との戦いに備えることとしよう。ミッドウェー島近海に向かう。今からハワイに行っても間に合わないという君の意見に賛成する」
「もう一つ提案があります。これからは、航空機による作戦が中心になるでしょう。航空部隊の指揮のためには、搭乗員と直接話せるレキシントンに我々は移るべきだと考えます。あの大きな艦ですから、我々のいるところくらいどこにでもあるでしょう」
ニュートン少将の意見に従い、第12任務部隊は、レキシントンを指揮官が座乗する旗艦として北上を開始した。
……
一方、南雲部隊では船体前半部に爆撃を受けた赤城は応急修理により、20ノットまでは速度が出せるようになっていた。ハワイを攻撃した部隊とエンタープライズへの攻撃から戻った部隊も収容して落ち着きを取り戻していた。赤城の搭載機は、大部分は他の艦に誘導されて着艦したが、後半部の飛行甲板が無事なのを確認して、強引に赤城に着艦した機体もあった。艦隊は、オアフ島から爆撃機が飛んでくることを警戒して、北方に向けてハワイから遠ざかりつつある。
草鹿少将は真珠湾でも戦果をあげて、空母を撃沈したことにより少しばかり興奮していた。赤城が被弾したことも無縁ではないだろう。
「噴進弾を使って対空砲火を最初に押さえ込んでから、爆撃と雷撃するという作戦は正解だったな。噴進弾の装備をどんどん進めるように私からも航空本部や軍令部に進言しよう。さてこれからの我々の行動について、意見を聞きたい」
主席参謀の大石中佐は早期に帰投すべきとの意見だった。
「淵田中佐から報告のあった通り、真珠湾の戦艦群や石油タンク、工廠も攻撃して、米軍には大きな被害を与えたと判断します。しかも、先の海戦では空母と巡洋艦を撃沈しました。沈めたのは、恐らくエンタープライズとノーザンプトン級の巡洋艦でしょう。戦果としては十分と考えます。この赤城の修理も必要です。一刻も早く柱島へ帰投すべきと考えます」
源田参謀にも言いたいことがあった。
「エンタープライズとの戦いで、我々の位置が米海軍にばれてしまいました。一方、敵にはまだ空母があります。太平洋艦隊のサラトガかレキシントンのどちらか、あるいは両方が太平洋で行動中と考えるべきです。つまり、日本に進路をとるにしても、敵空母との遭遇戦があり得ると考えて準備すべきです」
草鹿参謀長が続けた。
「救助したエンタープライズ機の搭乗員への尋問から、エンタープライズはウェーク島への補給任務に就いていたことがわかっている。真珠湾にいない他の空母も外洋に出ている可能性がある。我々の帰り道で出くわす可能性はゼロではない。赤城はこのままでは戦力にならないので、加賀と一緒に最も北側の航路をとって日本に戻る。二航戦と五航戦は、護衛艦隊とともにそれよりもやや南寄りの航路を進んで、敵の部隊を発見したならば、これと戦う。敵艦隊は最大でも2隻の空母なので、二航戦と五航戦を合わせれば、充分戦えると考える」
医務室で寝ている南雲中将の意見も聞くべきかもしれない。それでも、もともと早く帰ることを考えている南雲中将がこの意見に反対するはずはない。
一航戦は草鹿少将の意見に従い、赤城には護衛の加賀が随伴して北寄りの航路を進んだ。二航戦と五航戦の部隊は山口多聞少将が部隊の指揮権を継承した。
夕方になって連合艦隊司令部から一通の電文が届いた。起草者は連合艦隊参謀長の宇垣中将である。
『帰路状況ノ許ス限リ「ミッドウェー」島ヲ空襲シ之ガ再度使用ヲ不可能ナラシム』
飛龍艦上では、この指令を受けて山口少将と伊藤主席参謀が相談していた。加来艦長も議論に加わる。
山口司令は連合艦隊司令部の命令に従うつもりだ。
「この攻撃にはあまり大きな意味があるとは思えないが、連合艦隊司令部の指示なので、私は順守しようと思う。明日から南下して、島への攻撃は明後日の10日に計画したいと思うがどうか?」
伊藤参謀が答える。
「無線封鎖なので離れている一航戦からの意見はわからないですが、南雲さんは反対すると思いますよ。真珠湾攻撃の本来の任務からは外れていると言いそうです」
「南雲さんの意見はいいから、君自身の意見はどうなのか?」
「ミッドウェーには航空戦力が存在しています。補給を受けて規模が大きくなっている可能性もありますが、我々に比べれば劣っていると考えます。まずは航空機による爆撃、その後は戦艦の艦砲射撃により敵基地を完全に破壊できます。我々にとって、危険の少ない任務なので、連合艦隊司令部の依頼に応じてよいと考えます」
後ろで聞いていた加来艦長が議論に加わった。
「日本を出港する間際に、この艦に電探や新型機関砲を装備しましたが、その時に古巣の空技廠に行って知人からマル秘情報を仕入れてきました。最近になって、米海軍は太平洋での戦いを想定して、ウェーク島とミッドウェー島に慌てて航空部隊を送り込んでいたようです。手っ取り早く、航空部隊をまとめて運ぶためには、空母を使うことが有効です。飛行甲板に乗せて、航空隊をそのまま輸送できますからね。エンタープライズがウェーク島に向かっていたとすれば、他の空母はミッドウェー島に向かっていた可能性が大と考えます」
山口少将がニヤリとする。
「ふーん、その話、筋は通っているな。それが事実ならばミッドウェーに近づけば、途中で敵空母と鉢合わせする可能性があるということだな。望むところだ、帰りの土産を増やしてやろうじゃないか。山本長官の命令通りにミッドウェーに向かおう。10日の朝には、ミッドウェーに接近できるように航路を調整してくれ」
「実は、空技廠でマル秘情報に加えて封書を渡されまして、真珠湾攻撃が成功したら開封するように言われていました」
山口少将が見ている前で、懐から封筒を取り出して中身のメモを見せる。
取り出した用紙には、簡潔に3つの注意点が記載されていた。
・エンタープライズ、恐らくウェークからハワイ近海に帰投中。
・レキシントン、ミッドウェー近海にあり。
・海軍暗号は解読されている恐れあり。機会があれば、策をもって確認されたし。
山口少将がびっくりして目を見開く。
「君の友人は予言者なのかね? 我々が日本を離れる時にここまで、予測していたというのか。まずは、レキシントンがミッドウェー近海にいる可能性が高いというのは、我々の想定範囲内だ。1隻と予言しているが、最悪はサラトガが一緒で2隻の空母の可能性もあるということで行動しよう。それと最後の文章だ。我々が絶大な信頼を寄せている海軍暗号が解読されているとすれば、大問題だ。これは本当だろうか?」
「私の友人は、日ごろから言っていることがよく当たると言われている人物です。この男は、暗号に関してもそれなりの根拠がなければこんなことは決して言いません。恐らく、暗号が漏れたと考えられる、何らかの兆候をつかんでいるのでしょう。それに策をもって確認すべしと書かれていますよ。本当かどうかを自分で確かめてみろと言っているのです」
二人はこの確認法について何かいい案はないかを相談し始めた。
……
レキシントンはブラウン中将の決断に従って、ミッドウェー島の東海域を目指して北上していた。一度南下してしまったため、この時は想定海域にはまだ400浬(741km)の距離がある。同時刻、日本海軍の駆逐艦「潮」と「漣」がミッドウェー島に接近し、艦砲射撃を開始した。この作戦は山口少将への命令と同じく、出どころが連合艦隊司令部の宇垣中将だった。同日に日本軍はウェーク島に上陸しており、その支援のためにもミッドウェーを無力化しておきたいという思いつきのような作戦だった。
2隻の駆逐艦は一航過して飛行場を中心にして、12.7cm砲で射撃した後に反転して、次は基地の建物のあたりを攻撃した。このとき、潮は100発程度、漣は200発弱を砲撃している。これにより、航空機の格納庫が破壊され内部の機体も失われた。同時に、ガソリンタンクに砲弾が命中して、飛行場で火災が発生した。飛行場で整備中のPBYカタリナも砲撃で吹き飛んだ。
駆逐艦の砲撃が終わったときには、レキシントンは、既にミッドウェー海域に接近していた。北上を開始してから8時間をかけてミッドウェーの東方海域に近づきつつあった。ミッドウェー島からの艦砲射撃を受けているとの悲痛な通信を受けて、レキシントンは、夜の間にミッドウェーの東岸沖に接近した。
夜が明ける前に偵察爆撃隊のSBDドーントレスを発艦させる。12機のSBDがそれぞれ目的の偵察海域に到着するまでには夜が明けるという計算だ。この時、ニュートンとブラウンはある程度規模の大きな日本艦隊を追っていると考えていた。まさか夜間砲撃を加えたのが駆逐艦2隻とは思っていない。ウェーク島に対して日本軍の攻略が行われているとの情報が艦隊司令部から入っており、ミッドウェーも同規模の艦隊により攻撃されても不思議ではないと想定していた。従って、砲撃を加えた部隊をあえて見逃すという必要性を全く考えなかった。
夜明けの空を西に向けて飛行した2機の偵察爆撃隊のSBDドーントレスが2隻の駆逐艦を発見した。上空を飛行する爆撃機を発見しても、わずか2挺の対空機銃しか持たない駆逐艦はまともな反撃ができない。SBDは母艦に報告してから、500ポンド(227kg)爆弾による爆撃を行った。ベテランパイロットが操縦するSBDは、慎重に狙いを定めると急降下を開始して通常よりも低空の1,500フィート(457m)まで舞い下りて爆弾を切り離した。その結果、漣に1発が命中して、甲板を貫通してボイラー室で爆発した。あっという間に速度が低下し始める。一方、必死に回避する潮を狙ったSBDのパイロットはそこまで腕がよくなかった。投弾はギリギリのところで外れて艦首への至近弾となった。付近を飛行していたSBDが無線を受けて飛来すると、海上をのろのろと移動する漣は絶好の目標となってしまう。1発の500ポンド爆弾が漣の船体後部に命中すると、合計2発の爆弾が命中した駆逐艦は、艦尾からあっという間に沈み始めた。漣が犠牲となることで、潮は何とか攻撃から逃げ延びることができた。
潮から発信された米海軍機の攻撃を受けたとの通報は飛龍でも受信された。
「攻撃してきたのは単発の急降下爆撃機だ。ミッドウェーから飛来した爆撃機にやられたということか。それとも、空母の艦載機に叩かれたと考えるべきなのか。君はどう考えるか?」
しばらく考え込んで、加来艦長が答えた。
「爆撃機の航続距離を考えると、攻撃を受けた位置はミッドウェーから少し遠いと感じます。しかも、爆撃機は東南方向からきて、同じ方角に去ったと報告されています。ミッドウェーとは方角が違います。爆撃を受けた地点の東南側に空母がいたと考えた方が、つじつまは合っているように思います。とにかく敵空母は間違いなく存在します。位置については確定的なことは言えませんが、このあたりに空母がいる可能性が大きいと考えます。偵察機を飛ばしてはっきりさせましょう」
加来艦長は海図のミッドウェー島東側の海域に指で円を描いた。
「うむ、賛成だ。敵の位置がはっきりしないことには攻撃ができない。すぐに二段索敵を行う。準備をしてくれ」
ミッドウェー島では駆逐艦の艦砲射撃を免れた機体もあるのだが、滑走路への砲撃とガソリンの火災により、滑走路が使えるまでにはもう少し時間がかかりそうだった。ニュートン少将が、米軍を有利にさせると考えていた条件は既に崩れ始めていた。駆逐艦の砲撃により、頼りにしていたミッドウェー基地の偵察機と爆撃機はしばらくの間は無力化されていた。しかも自らの爆撃機により駆逐艦を攻撃することで、米艦隊の位置を推定できる情報を相手に与えるという失敗を犯していた。
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