1.7章 日本空母を攻撃せよ

 艦偵からの報告を受けて、南雲艦隊は、あらかじめ手元に残しておいた艦載機をエンタープライズに向けて発艦させた。


 それからしばらくして、今度は日本艦隊に接近する未確認機を発見した。真っ先に探知したのは赤城に搭載されていた対空電探だった。技研で電探の開発にかかわっていた中尉が電探士官として乗務していた赤城では、二号一型電探が充分な性能を発揮していた。


 電探士官が防空担当士官に発見の報告をする。

「南方より不明機1。距離50浬(93km)」


「攻撃隊が帰ってきたんじゃないか? それにしては、時間が早すぎるな。とにかく上空の零戦に確認させよう」


 指示されて上空警戒の零戦が確認に向かう。高度2,000メートルで眼下に艦隊が見えるところを飛んでいたのは米海軍の飛行艇だった。戦闘機隊の小隊長は赤城に無線で、PBYカタリナの発見を連絡した。すぐに攻撃を開始するとも伝える。


 10時方向からPBYを下方に見ながら降下していった3機の零戦は、先頭の小隊長から順番に13.2mmを連射する。小隊長が一連射して追い越してゆくと2番機が入れ替わり13.2mmの射撃を加える。PBYカタリナはなすすべもなく、炎を噴き出して墜落していく。


 しかし、PBYは偵察任務についてはしっかりと遂行していた。日本艦隊を発見してから撃墜されるまでの間に日本艦隊の編制と位置を打電していたのだ。PBYが視認できたのは、一航戦と二航戦なので、空母4隻から構成される機動部隊として位置情報を打電していた。幸運にも離れていた五航戦は発見されていない。


 戦闘機隊の小隊長から受信した通信内容を通信士官が報告する。

「上空警戒機より連絡。艦隊に接近したのは米飛行艇1機。既に撃墜しました」


 米偵察機の撃墜報告はすぐに一航艦司令部に上がった。草鹿参謀長が南雲長官に報告する。

「すぐに撃墜しましたが、どうやら敵の偵察機に見つかったようです」


「いつまでも所在を隠し通せるとは私も思っていなかった。これも致し方ないな。第二次攻撃隊が帰ってくる前に、防空戦闘機を増強する必要はないか? 二航戦と五航戦、それに護衛の戦隊にも我が艦隊が敵に発見されたことを連絡してくれ」


 源田参謀が答える。

「上空の戦闘機が燃料切れになった場合に備えて、予備機として待機させている戦闘機が艦隊全体で20機ほどあるはずです。我々と敵空母の位置から考えて、攻撃を優先する敵ならば、2時間程度で攻撃隊がやってくると思われます。それを考えると、余裕を見て、1時間後には防空戦闘機を全数上げて、全力で迎撃することを進言します」


 ……


 機動部隊上空の戦闘機を増やしてから、1時間が経過した。再び電探が不明機をとらえた。


 電探士官から再び報告が上がってくる。

「西南の方向から不明機。反射波から複数機よりなる編隊と推定。距離70浬(130km)」


「機種と編隊規模の確認が必要だ。編隊の位置を上空の戦闘機に伝えてくれ」


「未確認の編隊からの反射波が増加しています。2つ以上の編隊が飛行しています」


 担当の兵が、赤城の状況表示盤に敵味方不明機の駒を張り付けていく。上空の防空戦闘機隊からは1個小隊が敵編隊に接近している。

「防空戦闘機より報告。敵の戦闘機と爆撃機の編隊を確認。機数40から50」


 状況表示盤の駒を敵を示す赤の駒に張り替える。同時に駒の数を増やしていく。表示板の状況を見て、源田参謀が次々に指示を出す。命令と報告が交差している。

「上空の戦闘機隊を全部向かわせろ。全力で迎撃する」


「雷撃機がいるのか確認してくれ。もし艦攻の編隊が飛行しているならば、雷爆同時攻撃を警戒する必要があるぞ」


「艦隊の各艦に通知してくれ。距離70浬から敵編隊が接近中だ。機数は40から50。方位は西南」


「戦闘機隊より報告。敵編隊に、護衛戦闘機、雷撃機と急降下爆撃機を確認」

「編隊の高度5000から4000、距離60浬(111km)、反射波多数、敵味方の判別困難」


 多数の敵機の侵攻により、日本艦隊の上空は次第に混乱しつつあった。


 エンタープライズからの編隊を最初に迎撃した零戦の1個小隊は、護衛のF4Fワイルドキャットと空戦に入った。零戦がF4Fの後方に回り込もうと旋回して追尾を始めると、別のF4Fがすかさず零戦の背後に向けて接近する。零戦はやむを得ず回避する。零戦は倍以上の戦闘機が相手のため、射撃可能な位置に接近できない。しかし、速度も旋回性能も零戦が優っているので、F4Fも零戦を容易に捕捉できない。しばらく旋回戦が続いていると、上空から数機の零戦が急降下してきた。これを認めてベテランパイロットが操縦するF4Fは、すかさず失速ギリギリの急旋回により回避行動に入る。しかし、後方への注意が不足していたパイロットは、回避操作が遅れた。慌てて旋回に入ろうとするが、零戦の旋回性能からすれば容易に追尾可能だ。回避の遅れたF4Fは後ろ上方からの射撃を受けてしまう。3機のF4Fが零戦の一撃で薄く煙を吐きながら機首を下げてゆく。1機は既に錐もみに入っている。


 一方、雷撃機のTBDデバステイターの編隊にも、数機の零戦が降下攻撃を仕掛けた。TBDデバステイターは初飛行から既に5年以上が経過して、この時期には旧式化しつつあった。900馬力のエンジンで1トンのMk13魚雷を搭載すると、速度は160ノット(296km/h)程度しか出せない。零戦が後方から接近しても、素早い回避など全く不可能だった。


 零戦隊には、噴進弾を装備した機体が1機存在していた。蒼龍戦闘機隊の田中飛曹長は機銃の射程距離に近づく前に、早く荷物を軽くしようと考えていた。機銃の射撃よりも早いタイミングでTBD編隊に狙いを定めて、噴進弾を発射する。田中飛曹長にとっては、初めての噴進弾の実弾射撃のため、あらかじめ聞いていた注意事項を守って、敵編隊の上方を狙って発射した。しかし、やや遠くから発射された22発の噴進弾はほとんどが、山なりに編隊の後方に飛んでいって、そのまま編隊より手前で高度を下げてゆく。遠距離のためもっと上向きの補正を大きくする必要があったのだ。


 かろうじて数発がTBD編隊の最後方の機体をとらえた。編隊の後方で2発の噴進弾が連続して爆発する。最初の爆発で最後尾のTBDの胴体がばらばらになった。2発目はその横のTBDの胴体下部に命中して爆発した。その直後に、それとは比較にならない猛烈な爆発が発生して、空中に火球が広がる。射撃した田中機が巻き込まれそうになって、危ういところで火の玉をよける。爆発炎が消えた時には、数機のTBDが空中から消えていた。噴進弾の直撃でTBDが搭載していた魚雷が誘爆したのだ。Mk13航空魚雷の600ポンド(272kg)弾頭が空中で爆発して、周囲の機体を巻き込んだ。田中機は一瞬ひるんだが、この攻撃でバラバラになったTBDの編隊に突っ込んでゆく。田中小隊の零戦が後方から狙い撃ちしたために、更に2機のTBDが黒煙を噴き出しながら落ちていった。この様子を見て、残りの機体は一斉に魚雷を投下してしまう。攻撃をあきらめて、全力で攻撃を回避するように編隊長が指示したのだろう。しかし、身軽になっても200ノット(370km/h)に届かないTBDデバステイターの速度では、この戦場で生き残ることはできなかった。5分以内に全ての機体が、防空隊の零戦の餌食になった。


 他の編隊よりも高度をとって、上空を編隊飛行していたSBDドーントレスの編隊はTBDデバステイターに比べれば幸運だった。しばらくは何事もなく攻撃すべき空母に向かって飛び続けることができた。しかし、零戦の攻撃を受けずに飛行していたこの編隊も、それ程長く見逃されることはなかった。この空域に空母の防空指揮官から誘導されて、やや遅れて到着した3機の零戦小隊は、このSBDの編隊を獲物と定めて、下方から突き上げるように機首を上げて接近した。


 瑞鶴戦闘機隊の岩本一飛曹は、後部銃座からの射撃を警戒して、斜め下方から接近して一連射した。後部胴体に命中したようだが煙も出てこない。そのまま接近してもう一連射する。2度の射撃を浴びたSBDは翼からバラバラと破片を飛び散らせながら、右翼を下げて墜落してゆく。列機の伊藤二飛曹も長機の後に続いてSBDの2番機に射撃を集中した。この機体は、たちまち炎が噴き出して墜落してゆく。岩本一飛曹は、SBD編隊を上に抜けてゆくと、上空で鮮やかなロールで背面になると急降下して3番機のSBDを攻撃した。この機体に対しては、最初の射撃の経験から長めの射撃を行う。SBDの中央胴体や主翼で13.2mm弾の爆発が起こると、飛び散る外板やガラスの破片が陽光に光った。操縦席に被弾して、ガックリと機首を下げて落ちてゆく。


 攻撃されているSBD編隊からやや離れて、雲に隠れながら9機編隊のSBDドーントレスが飛行していた。零戦の攻撃を避けるために雲中を飛行していたが、雲の切れ間を見つけてそこから抜け出る。前方に2隻の空母が見えた。さすがに艦隊上空での乱戦になると、電探では敵味方も判別できないので、人間の目だけが頼りだ。


 この時、ウォルシュ大尉のF4UコルセアはこのSBD編隊よりやや上空を飛行していた。遅れて発艦して攻撃隊に追いついてからは、このSBD中隊には護衛の戦闘機がいないことを確認して、護衛していたのだ。


 岩本一飛曹がこのSBD編隊を見つけて全力で接近するのと、上空のウォルシュ機が零戦に向けて急降下するのがほぼ同時だった。岩本一飛曹はベテランらしい見張りの良さで、上空から降下してくる異様な機体に直ぐに気がついた。列機に鋭くバンクで危険が迫っていることを知らせると、思い切り左足でフットバーを踏み込んで操縦桿を左に倒した。機体がびりびりと震えるような強烈な左への横滑りと旋回を組み合わせた機動だ。零戦は操縦席から見て時計回りにプロペラが回転しているので、その反作用を利用した左方向への機動は右に比べて急な動きが可能だ。伊藤二飛曹もすぐに小隊長のバンクに気がついて同じ回避を行う。ウォルシュ大尉は急降下しながら、回避の遅れた3番機を目標と定めて、6挺の12.7mmで射撃した。零戦の主翼に命中した機銃弾により、一瞬火が出るが消火器が作動した。しかし連続する機銃弾で再び主翼に火災が発生すると瞬く間に広がって、零戦は海に向かって機首を下げた。


 もう一度有利な上空からの攻撃のために、ウォルシュ機は零戦をすり抜けて急降下すると速度を生かしてズーム上昇に移る。岩本一飛曹は、下方から上昇してくるF4Uを見逃さなかった。タイミングを合わせて、機首を上げて飛行してくるF4Uの後方につけて、上昇を始めた。この高度では、F4Uは毎分650m程度で上昇することができた。この態勢では、F4Uは、急降下による速度も上昇に生かしていたので、毎分750mくらいは出ていたはずだ。速度でも急降下でもF4Uに性能が劣る零戦は、機体の軽さも生かして、上昇性能だけはF4Uに優っていた。高度5,000mあたりで毎分800m程度の上昇が可能だった。このため、岩本機はじりじりとウォルシュ機へと間合いを詰めてゆくことができた。ウォルシュ大尉は後方の岩本機の接近に気がつくと、機体をロールさせて急降下に入れた。たちまち350ノット(648km/h)を超えてまだまだ加速してゆく。最大速度が320ノット(593km/h)の零戦は降下して加速しても、全くこれに追いつけない。岩本機もそれを深追いしない。戦闘機を落とすことではなくて、雷撃や爆撃から艦隊を守るのが彼の仕事だからだ。しかし、中国大陸でも敵機と渡り合って、既にエースとなっていた岩本一飛曹は、この1回の交戦でこの敵機がただものではないことが十分にわかっていた。恐らく2,000馬力を超えたエンジンで、速度も零戦より圧倒的に速い。帰投してから、危険な相手として真っ先に上官に報告すべき相手だ。一飛曹は飛び去ってゆくこの機体の姿を目に焼き付けていた。


 9機のSBDドーントレスが雲から抜け出ると、右手下方に2隻の空母が航行しているのを発見した。彼らのSBD中隊に向かってきた零戦は、F4Uとの戦闘に巻き込まれて手が出せない。直ちに急降下爆撃の態勢に入る。ほぼ同時に空母直上を警戒していた別の零戦がこの9機を発見する。全速でSBDに追いつこうとするが、まだ距離が遠くて射撃できない。SBDは既に急降下爆撃のコースに入っていた。一航戦に先行して航行していた第8戦隊の利根と筑摩は、編隊で降下してくる艦爆を発見して、2艦合わせて16門の12.7センチ高射砲の全力射撃を開始した。続いて赤城と加賀の高射砲も射撃を開始する。空母の上空に達するまでに1機が高射砲で撃墜された。空母の40mm機関砲が射撃を開始すると、更に1機のSBDの胴体に命中してばらばらになった。しかし、7機のSBDが直ぐに急降下に入った。赤城には4機が投弾して、加賀に3機が投弾した。


 赤城艦上では、左舷上方から4機の急降下爆撃機が機体を翻して爆撃態勢に入るのを見ていた。艦長が面舵を叫んでいる。面舵による回頭により2発は左舷側に外れた。その後の1機は狙いを修正して投弾したため、左舷後部に至近弾となった。急降下してきた最後の1機に40mm弾が命中する。SBDの左翼で機関砲弾が爆発するのと、SBDのパイロットが爆弾を投下するのが同時だった。投下された1,000ポンド(454kg)爆弾は、赤城の前部を狙って落下してくる。左翼を半分ほど失った爆撃機はゆるくきりもみになって回りながら爆弾の後に続いた。


 同じ頃、加賀は取舵で左に回頭していた。田中艦長は防空指揮所に上がって、敵爆撃機の降下の様子を見ながら、急降下の照準が修正できなくなるタイミングで急回頭を指示していた。元々、爆撃機乗りで何度も爆撃訓練をしてきた田中大佐が得意とする、紙一重で見切った回避法だ。このため加賀に投弾された爆弾は全て右舷側に外れた。


 最終的に、1,000ポンド爆弾は赤城前方の左舷ぎりぎりの飛行甲板に命中して、2段格納庫の下段あたりまで貫通して爆発した。爆発により、前部格納庫の左舷側の外壁が飛行甲板も含めてそっくり消滅してした。喫水線上に亀裂も発生する。艦橋の防弾マットでカバーされていない前面のガラスが爆風を受けて飛散する。次の瞬間、艦首の飛行甲板上にSBDがばらばらになりながら落下した。原形をとどめない残骸になって、飛行甲板上でSBDのガソリンによる火災が発生する。赤城の飛行甲板は装甲板ではなかったが、さすがに航空機の機体が貫通することはない。直ちに消火作業が始まった。


 赤城艦長の長谷川大佐は、まずは艦橋の人員の被害を見定めてから衛生兵を呼んだ。艦橋に立っていた何人かは飛散したガラスの破片を受けてけがをしている。しかもその中に、艦橋の前方に立っていた南雲長官も含まれていた。直ちに軍医を呼んで手当を指示する。見たところ、破片で数カ所を切ったようだが命に別状はなさそうだ。もちろん本人の意識もある。


 軍医がぐるぐる包帯を巻きながら、医務室で寝てくださいと大声で言っている。すかさず軍医の命に従って兵がタンカを運んできた。南雲長官はタンカに乗せられて運ばれていった。艦長自身も右腕を負傷したが、看護兵に包帯を巻いてもらって指揮を継続する。草鹿少将や参謀たちは艦橋奥の状況表示盤の周りで防御戦闘の状況を見ていた。このため、ガラス片の雨を浴びることはなかった。


 長谷川艦長は上空の敵機の有無を確認させた。艦橋の見張りから敵機なしの報告が上がってくる。状況表示盤も艦の周囲には敵機を示す駒はつけられていない。左舷前部の復旧のために、減速を命ずる。更に一航戦周囲の戦闘が終了していることを確認してから停止を命ずる。船が前に進んでいては、水圧で浸水が止められないと判断したのだ。できるだけ早期に前方の浸水を止めて、航行ができるようにしなければならない。後部の至近弾も浸水をもたらしているはずだ。飛行甲板の火災よりもえぐれてしまった前部左舷の浸水が気になる。


 10分ほどして副長からやっと連絡が入ってきた。

「左舷の浸水は止めましたが、しばらくは10ノット以上出せません。艦首の防水処置がダメになります。爆発は下部格納庫の左舷側で起きました。格納庫壁とその下の舷側が喫水線より下まで吹っ飛んでいます。前部エレベータも全然動きません。中央部と後部格納庫の被害はなさそうです。どうやら、爆風は結構な範囲で外部に拡散したようですね。後部の至近弾で浸水しましたが、水雷防御の隔壁までは破られていません。こちらは大丈夫です」


「格納庫の処置はいいから、とにかく防水処置を続けてくれ。せめて20ノットで航行できるようにしたい」


 赤城は微速で前進を始めた。被弾して1時間後には、前部浸水箇所の応急処置が完了して、20ノットでの航行が可能になった。

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