第22話 小柴山の夏祭り

 小柴山こしばやまは三百メートルちょっとの山で、ロープウェーで山頂までは五分程度で到着する。僕たちは小さな頃から今いるみんなとこの小柴山によくハイキングに来ていて、ロープウェーにも何度も乗っているけど、子供だけで乗るのは初めてだった。


「ガチすぐ到着とうちゃくするのな!」


「ね、思ってたよりすぐに山の上まで来れたね!」


 リーくんとまさやんが話している向こうには、小柴城こしばじょう城跡しろあとがあって、その手前にある広場では盆踊ぼんおどりりのやぐらが建ち、周りには屋台やたいがずらっと並んでいる。やぐらから赤い提灯ちょうちんや、子供が書いた絵がはられた提灯がいくつもいくつも伸びていて、いかにも夏祭りの雰囲気ふんいきに僕の胸は高なった!


「すげぇ! ガチの夏祭りうれしすぎるな! リン!」


「うん! でもお兄ちゃん! まずはシルクハットのマークを探さなきゃ!」


「だな!」


 ここでシルクハットのマークがはやく見つかれば、僕たちは夏祭りを満喫まんきつできるはず! 僕はみんなに声をかけて、まずは小柴城跡がある石碑せきひの周りを探した。


「ガチ何にも見つからねぇ! てか俺っち腹減ってきたし!」


 リーくんがそうぼやいて、そう言えばお昼ご飯におにぎりを食べたあと、アイスクリームを食べただけで、何にも食べてないことを思い出した。そう思うとお腹がぐうっとなる音が聞こえる。


 リュックをおろし、お財布さいふを取り出して中身を見ると、二千円入っていたお財布には七百円しか残っていなかった。


 うそ! そんなに使ったっけ?! バスに乗ったのがえっと、七回で、一回一五〇円だから、えっと……? と、とりあえず! バスと図書館で食べたアイスと、ロープウェーで千三百円使っちゃったってこと?!


「マジでやばいし!」


 この予算では夏祭りを思いっきり楽しむなんて無理かもしれない……。


 僕は急いでみんなを集め、この事実を話した。


「うわぁ、俺っち、二百円しかないかも!」


「リーくんコンビニでアイスと大きなコーラ飲んだしね」


 リンが冷静に計算してそう言うと、リーくんが「マジか……」と肩を落とした。


「でも大丈夫! もしもの時のためにお母さんに私だけ多めにもらってきたから!」


「「「「おおー!」」」」


 リンはもしも足りない時のためにと、千円余分よぶんにもらっているらしい。

 

 てか! どんだけ僕たちママーズから信用がないんだ?! 二年生の妹に多めにお金を渡すだなんて!


「電車乗り間違まちがえたりとかあるかもだしって。だからこの千円をみんなで分けたら、一人二百円増えるけど、それでもリーくんは四百円だからね!」


「ガチかー……」


「みんなのお金合わせてみんなで分けたらどう?」


 肩を落としているリーくんはこうちゃんの提案ていあんを聞いて大喜おおよろこび!


「まじ助かる! こうちゃんナイスアイデアサンキュー! みんなもありがとな!」


 こうして僕たちはひとり八百円のお小遣こづかいを手にして、とりあえず何か食べようと言うことになった。まずは腹ごしらえだ!


 小柴山の夏祭りは、小柴山の管理事務所かんりじむしょの人がやっているお祭りのようで、焼きそば二五〇円、射的しゃてき一回二百円と、僕たちのお財布に優しいお店ばかりだった。


「リン、とりあえず焼きそばでいい?」


 リーくんとまさやんとこうちゃんは、それぞれ屋台を楽しみに行ったみたいだけど、僕はリンのそばにいた。リンはなんだかんだ言ってもまだ小学二年生。知らない場所での夏祭りの会場で一人きりにはできない。


「ここすわって待ってろよ!」


 小柴山の展望台てんぼうだいに置いてあるベンチにリンを座らせ、僕は焼きそばを買いに行く。途中とちゅう千本引せんぼんびき一回二百円の屋台に心がかれたけれど、まだまだ景品けいひんはありそうだったし、とりあえずはリンと焼きそばを食べてからにすることにした。


 焼きそばの屋台はそこそこんでいたけど、出来上がりのパックが沢山たくさんあって順番はすぐにやってきた。僕は焼きそばを買って、急いでリンの元に戻った。


「リン、買ってきたぜ!」


「お兄ちゃん、ありがと。本当はみんなと一緒に夏祭りまわりたいよね?」


 めずらしく僕に気を使うようなことを言うリン。それを聞いて、僕はなんだか変な気持ちになる。


「別に、食べてから合流ごうりゅうすればいいだけじゃん」


「そうだけど」


 ベンチに座ってキラキラ夜景やけいが広がる街を見下ろしているリンの元気が明らかにない気がする。


「リン、どうした? 元気なくね?」


 僕の問いかけにリンは、「だって」と言葉を返し、そこで下を向いて言葉を続ける。


「ここまで来たし、怪盗キューピーからの謎はだんだん解けてる気がするけど、でも、まだ怪盗キューピーにたどり着けてるわけじゃないし。それに、時間だってどんどん減ってくし。本当に変な模様もようを見つけたりしてるこれが正解せいかいなのか、わかんない……」


 確かに、だんだんなぞは解けてる気がする。だからこそ、小柴山にも来たんだし、次に見つけるものもシルクハットのマークだって分かってる。でもそれを見つけたところで怪盗キューピーにどうやって辿たどり着けるのかがわからない。


「もしも、怪盗キューピーが見つからなかったら、どうしよう……。そしたらお父さんの会社のシステムがこわされちゃうよね……お兄ちゃん……」


 僕はリンのとなりに静かに座った。


「大丈夫だよ。きっと見つかるよ」


 それしか言えなかった。僕よりもずっとしっかりしてる妹がこんなに落ち込んでるのに、それしか言えない僕はお兄ちゃんとしてはダメかもしれない。でも、僕にはそれしか言えなかった。


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