第19話 最終目標、達成へ

 恋人っぽい甘々な雰囲気でお姫様抱っこされて寝室に連れて行かれた僕は、ふわふわした気持ちのままベッドに寝かせられた。あぁ、ついに最終目標を達成するときがきたんだなぁなんて、感慨深い気持ちになってくる。

 ついでに言えば、ものすごく心臓が暴れまくるし体は緊張しすぎてガチガチだった。そんな僕の目に、ベッドの脇に並んだいかがわしい道具たちが目に入った。


「……ぅわあぁぁぁぁぁ!」

「どうした? ……あぁ、これか」

「みみみみ見ないでくださいぃぃ!」


 慌てて道具を隠そうとしたけれど、ガチガチになった体は急には動かなくて起き上がることができない。そんな僕を見て穏やかに笑ったスピネル様の目が、ついと道具たちに向けられた。


「随分いろいろと使っていたようだな。さすが医者というべきか」

「うわあぁぁぁぁぁ! だから見ないでくださいって!」

「なぜだ? わたしのために準備してくれていたのだろう? 恥ずかしがることはない」

「無理です、恥ずかしいです! だから、手に取ったりしないでくださいぃぃ!」

「ふむ、これが最大か。わたしのより少し小さい気もするが、ここまで入ったのなら十分だろう」

「あんたはもっと情緒とか機微とか学んでくださいっ!」


 涙目で情緒もくそもなく叫ぶ僕の目には、まだ道具を観察しているスピネル様が映っていた。

 今夜使う予定だったソレは、旅行鞄トランクの中に用意されていた中で一番大きいものだった。昨夜、最後に挑戦したときには半分くらい入った。だから今夜は最初からコレにしようと思って用意していた。


(それをまさか見られるなんて思わないだろ!?)


 いや、道具を見られるだけなら何てことはない。そりゃあ気まずい思いはするけれど、医療道具の一種だと思えばここまで狼狽えることはなかった。

 しかし、この道具は僕が使っているものだ。しかもアレコレの準備のために使っているものなんだ。そう思うと顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。


「ほう、水仙を選んだのか」

「~~……っ!」


 死ねる、これはもう完全に死ねる! 道具もだけれど、何種類もある中から水仙の香りのものを選んだって知られるの、死ぬほど恥ずかしいんですけど!?


「たしかに水仙の香りはサファイヤにぴったりだ。清涼感のある甘さで、どこか凛としているところはサファイヤそっくりだしな」

「~~っ!」


 駄目だ、もう声すら出てこない。きっと僕の顔は真っ赤になっているはず。気のせいでなければ、羞恥のあまり手足がブルブルと震え出している。


「それに水仙といえば希望を表す花だ。サファイヤがわたしとのことに希望を抱いているのだと思えて、柄にもなく興奮した」


 あまりにも綺麗な笑顔を見せられ、頭のてっぺんからプシュウゥと湯気が出たような気がした。もちろん爆上がりしていた心拍は限界を超え、動いているのか止まっているのかわからない。きっとみっともないくらいの涙目にもなっているはず。


 それなのにスピネル様は「かわいいな」なんて言って、優しくキスをしてきた。


  ※ ※


 水仙の澄んだ甘い香りが鼻いっぱいに入ってきて、酔っ払ったみたいに頭がクラクラした。これからいよいよ最終目標に……、それを実感させられて、激しく動きっぱなしの鼓動がそろそろ限界に達してしまいそうだった。


「達しそうなのは鼓動だけか?」

「……っ」


 だから、なんでこんなときまで心の中を読むかな!


「サファイヤはかわいいな」

「だ、から……、そんなことを、言うんじゃ、……っ」


 文句を言っている途中だったけれど、慌てて口をつぐんだ。


「……あぁ、本当に初心者だったんだな」

「~~……!」


 だから、そういうことを口にするな! 本当に羞恥も何もないんだな! そう思いながらキッと睨んだが、スピネル様は楽しそうな顔をしたままだ。

 そもそも僕はこれが初めての体験なんだ。上半身はもちろんのこと、下半身だって他人に触られたことなんかない。だから、ちょっとくらい粗相をしてしまったとしてもおかしくはないはずだ。


(っていうより、毎日の精力増強料理のせいに違いない)


 そうでも思わないと男の沽券に関わる。


「これからさらに先のことをするのに、大丈夫か?」

「だいじょ、ぶか、って……ほんとに、初めてなんですか……」

「もちろん」


 ……嘘だ。初めてのくせに、こんなに落ち着いているなんて絶対におかしい。いくら優秀だといっても、こんなことまで手際よくできるなんてスピネル様でも無理に決まっている。


「どうも集中できていないようだな?」

「ひぃ……っ」

「まだ腕に触れただけだぞ?」

「そ、ですけ、ど……ま、待ったっ」

「肩も駄目なのか?」

「そう、じゃないです、けど……って、そこ、足、」

「好きな相手の足だ、触りたくなるものだろう?」

「そ、かも、しれな、ですけど……っ」

「別に恥ずかしがる必要はない。それに、この程度で恥ずかしがっていては先には進めないぞ? これから股間も……」

「だから羞恥心! っていうか、そんなにあちこち触らなくても大丈夫です!」


 若干涙目になりながらスピネル様を睨みつけた。こんなときにこんな態度はどうかと思わなくもないが、そうでもしないと羞恥で気絶しそうだったんだ。すると、なぜか大きなため息をつかれてしまった。


(え……? なんでため息なんだ?)


「やれやれ。情緒や機微に疎いのは、サファイヤも同じだな」

「……どういうことでしょうか」

「こういうとき、男は恋人を悦ばせたいと思うものだ」

「……よろこ……ばせ……」

「それはそうだろう? せっかく好きな相手とこうしているんだから、できるだけ恋人には気持ちよくなってほしいと思うのが当然だ」

「あの、そういうことじゃなくて……」

「それとも、やっぱりわたしと最終目標を達成するのは嫌だということか?」


 オレンジ色の目がじっと僕を見下ろしている。っていうか、真面目な顔で何てことを訊ねてくるんだ。そもそも同意したからこうなっているんじゃないか。そりゃあ恥ずかしくてちょっと睨んでしまったのは悪いと思わなくもないが、僕がそういう気持ちになっていることはスピネル様だってわかっているはずだ。


(世の恋人たちは、こういうときどうしているんだ? それとも僕が変なのか?)


 ……駄目だ、どうすればいいのかまったくわからない。間抜けにもベッドに寝転がったままウンウン考え込む僕に、スピネル様が小さくため息をついて体を起こした。


「あの……」

「何事にも真面目に取り組むのも、サファイヤのいいところではあるが」

「……ええと、」

「わたしが脱ぎ終わるまでに結論を出してくれ」

「え?」


 シルクのパジャマをきっちり着ていたスピネル様が、いつになくてきぱきと上着を脱いでいる。そうして膝立ちになってズボンを下着ごと下ろすのが目に入った。


(…………は……?)


 スピネル様の股の間には、それはもうご立派なモノが鎮座していた。思わず「は?」と疑問を浮かべるくらい立派なモノだ。

 一瞬にして立派な股間に意識を奪われた僕は、「美貌の言葉にピッタリな綺麗な色合いだし、医学書に載っていそうな理想的な形だ。それに太くて長くて、こりゃあ世の男たち全員が負けたと思ってもおかしくない逸品だぞ」なんて馬鹿なことまで思ってしまった。


「そんなに熱く見られたら、抑えがきかなくなりそうだ」

「……へ?」

「それだけ期待くれていると理解していいんだな?」

「え? あ、いや、それは、」


「まだ結論は出ていません」と答える前に、スピネル様が覆い被さってきた。見下ろしてきたオレンジ色の目は見たことがないくらいギラギラしていて、射貫かれた僕は思わずコクリと頷いてしまっていた。

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