大好きって何度も言って

宮野 楓

大好きって何度も言って

 


「ねぇ、大好きって言っていい?」


「言っていい、じゃねぇよ。言ってるわ」


「だって何度も伝えたいんだもん」


 ユキナは目の前にいるレイが好きだ。それこそ死んでもいいくらい大好きだ。

 幼馴染で、私の両親は海外に飛び交う仕事をしている為、ユキナはレイの家に預けられて、日本の高校に通っている。

 だからか両親といる時間より、レイとレイの両親と一緒にいる時間の方が長い。

 その内にレイが大好きになった。レイは一緒に居すぎた思い込みだというが、ユキナはそうじゃないと思っている。

 だが、今、レイの部屋にいて一緒にゲームしているのだが、レイは全然意識してくれない。兄妹のように扱われ続けている。

 それでもいつか伝わるか、と思っていたユキナだったが、ある日、学校の帰り道。レイとは違うクラスなのだが、知らない女の子と楽しそうに談笑しながら帰るレイを見て、ユキナは頭が可笑しくなりそうだった。

 実際、そのまま家に帰ってレイの顔を見れる訳もなく、公園で滑り台の下に潜って号泣した。

 でもレイの両親を心配させるわけにはいかない。ファンデーションで真っ赤になった目の周りだけでも隠して、充血した目自体は諦めて、レイの家に帰った。そう、レイの家に。


「あらぁ、ひっさしぶりー」


 レイの家に帰ってリビングに入ると、当然レイの両親とレイはいるのだが、何故かユキナの両親共いた。しかも夕食をご一緒していた。帰るなんて一報もなかった。

 ユキナはレイの事と自由過ぎる自分の両親に嫌気がさして、苛立ちが収まらない。


「別に。どうせすぐどっか行くんでしょ。好きにしなよ。レイのお母さん。今日、お腹減ってないの。ちょっとしんどいし、今日は寝るね」


「ユキナちゃん……」


 レイのお母さんは心配そうにしてくれていたが、そのまま、レイの家にあるユキナの部屋に入る。そう、レイの家にある。全部可笑しいのだ。

 辛くて、また涙が溢れて止まらない。

 部屋がノックされるが、ユキナは無視した。だが鍵なんて付いていない部屋は開けれるので、勝手に開けて入ってきたのは、私の両親だ。


「しけた顔ね。アンタそっくりよ」


「ユキナに向かって失礼だ」


「ふん。ま、あのさ、離婚するんだよね。簡単に言えば」


「まぁそういう事だ。で、ユキナ、お前の事なんだが」


 両親が何か言う前に、ユキナは笑って、そして言った。


「お金くれて、住む家用意して。アンタ達が私を作ったんだもん。高校卒業まででいいわ。それ以外は縁を切ろう」


 ユキナの言葉に実の母親も父親も肯定し、お金だけは稼いでいる二人は、勝手に住む場所と生活費を決めて、通帳と鍵だけ渡してきた。

 鍵は日本に一応持っていた、嘗て日本で三人で暮らしていた家の鍵。通帳はそこに生活費を振り込まれるらしい。


「良い覚悟じゃない。そろそろよそ様に頼るのも問題だったのよー。もう、高校生だし、いいわね」


「親権は一応、俺が持つ。連絡先も渡しておこう。何か困りごとが出来たら言いなさい。通帳には既にお金はいくらかある。すぐ引越しなさい」


 どんどん環境は変わる。レイの事もあったし、ちょうどいいか、と思い、ユキナが頷くと両親はあっという間に去っていった。

 愛情とか、全部教えてくれたのは、レイとレイの両親だ。だからこそ、もう迷惑かけられない歳になったな、と思い、ユキナは自分でネットで全部手配した。

 引っ越す前日にレイとレイの両親に伝えると、すごく反対してくれたが、その気持ちで嬉しくて、でも後には引かずに誰もいない家に引っ越した。


 ユキナは自分しかいない家に、寂しく感じながら、今までが可笑しくて、これが正しいと言い聞かせた。

 そして学校ではあからさまにレイを避けた。


「よぉ」


 オートロックのユキナの家であるマンションの入り口にレイはいた。

 逃げられない。そしてユキナ自身、ずっとレイを好きでいる事が出来ないと思い、自分の気持ちにケリを着けるために逃げない事にした。


「久しぶりだね」


「逃げるからだろ?」


「色々あんの。ねぇ、最後にする為にも、ごめん。レイの両親が心配して、レイを寄こしたのも分かるけど、聞いて。そしてはっきり、言って」


 ユキナがいつものようにいつもの台詞を吐こうとすると、レイに急に腕を持たれてレイの方向に引かれて、気が付けば唇を奪われていた。

 あまりの出来事に反応が出来なくて、夢ならなんて最高で、残酷だろう、と涙が溢れた。最近泣いてばかりだが、もう泣き慣れた。

 そっと唇が離され、耳元で囁かれる。


「言わせねぇ」


「なんで!」


「俺の台詞が先だろ」


 レイの低い声に、ユキナは自分の心臓が壊れるのではないだろうか、と思うくらい鼓動を打っている。本当にもう死んでもいい。

 ユキナはレイの背中に腕を回した。そして小声で言った。


「言って……」


 そう言えばレイもユキナの背中に腕を回して、ユキナの目を見て口を開いた。


「大好きだ。いなくなったら、寂しかった。いなくなって、気が付いた」


 夢だ。都合の良い夢だ。ユキナはそう思い、一番聞きたかった言葉を聞いて、涙がさらに溢れた。

 気持ちがそこになければ、どれだけ望んでいた言葉を聞いても、それに意味はない。気が付かされて、もうユキナは終わりだ、と感じた。


「レイが大好き、大好き、大好き、大好き……だったよ。今も諦められないくらい。でもね、だから、レイは彼女の所に行って。もう、私は大丈夫」


 夢相手に、と思いながら、ユキナがそう言うと、レイが背中に回してくれていた腕が離れて、軽くユキナの両頬をパンと叩いた。痛くないくらいに。


「彼女なんていない。何を勘違いしてるか知らないけど、現実だぞ。これ」


「え、だって。下校中に女の子と歩いて……で、これは夢じゃ……ないの」


「別に友達と歩いたりするわ。そして夢なんかじゃねぇ」


 レイは今度はユキナの頬に口づけてきた。


「ほら、帰ろう。どうせ結婚したら一緒だろ。帰ろうぜ、家に」


「そこはレイの……家」


「お前の家でもあるっつーの。馬鹿だな。血の繋がりなんて関係ねぇ。ずっと一緒に育ったじゃねぇか。もう、お前の家でもあるよ。ほら……な」


 レイがそう言うと、一台の車が走ってきた。見覚えのある、レイのお父さんの車。

 学校に遅れそうな時とか、買い物に行きたい時とか、小さい時はテーマパークに行くのにも載せてくれた車だ。

 車はユキナとレイの近くで停まる。そして車の窓のガラスがウィーンと機械音を小さく立てて開いた。


「親子揃って同じ考えなの? ねぇ、ユキナちゃん。私の子どもになりなさい。ね?」


「もうユキナは俺の娘だ。血の繋がりなんてどうだっていい。居なくなって、家が寂しい。帰ってこい」


 実の両親よりも、親らしい事を他人のユキナにいっぱいしてくれたレイの両親は、さらに嬉しい言葉をかけてくれる。


「レイのお父さん、レイのお母さん。お父さん、お母さんって呼んでいいの?」


 ユキナがそう言えば、レイの両親は二人で目を合わせた後、ユキナの方を向いて笑顔で、もちろん、と言ってくれた。

 今日ほど、嬉しい日はない。

 もう、本当に死んでもいい。


「ねぇ、大好きって言ってもいい?」


「あぁ、大好きだ」


「レイじゃなくて、私が!」


「もう、言ってるだろ」


「大好き」


 ユキナとレイが離れると、お母さんがあらあらと言う。


「ねぇ、お父さん。本当に近いうちに娘って堂々言えるわよ」


 その言葉にくっ付いている様子を見られていたと気が付いたが、もう気が付いても遅いので、ユキナとレイは笑って、車に乗って家に帰った。

 それから本当に家族のように扱ってくれて、あくる日、ユキナは本当に家族になった。


「ねぇ……」


「大好きだろ? ずっと言われてたら分かるよ。でも何度でも言えよ。何度でも返してやるから」


「うん。大好き、大好きだよ。レイ」


 血の繋がりなんて関係ない。ちゃんとユキナは愛され、大好きな人と共に居れる。

 これほど幸せな事はない。


 もう、死んでも良くない。

 出来るだけ長生きして、この幸せを噛みしめていくんだ。


「俺も大好きだ」


「うん」


 なんて幸せなんだろう。


 この形のない幸せは、すごく空っぽだったユキナの心を埋め尽くした。

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