二
「ああ!! いっそ一思いに、俺を殺してくれ!!」
気狂いのように喚いた奴は、真顔の副官に殴られた。冷静なように見えて、すぐに手が出る上官なのだ。俺はそれが分かっているから、決して馬鹿な真似はしない。
「ぎゃあぎゃあ喚くな。やかましい」
副官は周りに指示を出し、狂った兵士を下がらせた。見張りのくせに騒ぎやがってと、思っているに違いない。
「副官殿、どうされますか。代わりの兵を、呼んできましょうか」
「いや、結構。私が代わりをするとしよう」
何だか、妙なことになったぞ。心の中で、俺は思った。羽虫の多い夜空の下で、副官と二人っきりで、見張りの番をするなんて。
とてつもなく、気が重い。現に、副官と見張りをしてから一時間は経つが、互いに全く口をきかない。仲間内での当番なら、小声で話したりもするものだが。
――そう思った矢先、副官が静かに口を開いた。
「貴様、故郷はどこだ」
「……自分は、神奈川であります」
副官は「そうか」と言って、近くの枝を焚き火に放った。炎は一瞬、大きくなって、すぐに元の形に戻る。
「副官殿の故郷は……?」
気まずくなって尋ねると、副官はちらりとこちらを向いた。軍隊式の髪型でなければ、かなり格好が良いのだろう。少なくとも、俺はそう思う。
「ない」
ぱち、と炎が弾けた。いやに乾いた空気だった。
「いや、あったと言う方が正しいな。随分と、昔の話だ」
「……一体、どういうことでありますか?」
足首が痒い。蚊に食われた。よく見ると、副官の腕にも止まっている。
「どうもこうも、そのままの意味だ。昔はあった。今はない。私が遠くに行きすぎたのだ」
貴様はすぐに死にそうだから、私の昔話を吹き込んでやる。副官はそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。
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