TARO・URASHIMAの反例
中田もな
一
「……死にたいのか、貴様は」
――そんなわけが、ないだろう。薄汚れたこの世界では、誰もが生きることに必死だ。俺は一瞬、そう言い掛けたが、咄嗟に下唇を噛んだ。
「貴様のような愚か者は、そう遠くない内に死ぬ。終戦まで生き延びられたら、それこそ奇跡と言っても良い」
上官だからと、偉そうに。人の命を、何だと思っているんだ。俺は歯を食いしばって、「申し訳ありません」と謝った。
上官の言葉は絶対だ。逆らうことはできない。特に俺のような、徴兵あがりの一等兵は。
「敵兵を前に逃げ出す奴も愚かだが、貴様のような脳なしも、同じぐらいの愚か者だ。周囲の戦況を考えるぐらい、少し時間があればできるはずだ」
ふざけるな。俺は戦争がしたくて、兵士になったんじゃない。させられたんだ、お前らに。日本のために生きて死ねと、そんなことばかりを覚えさせられた。
「いいか。今回は私が間に入って助けたが、次はないと思え。少しでも隙を見せたら、米兵に撃ち殺されるぞ」
淡々と言い放つと、副官はその場を去った。
悔しい。俺は自分の陣地に戻り、静かに拳を握り締めた。
確かに、副官――浦島太郎少佐――は立派な軍人だ。二十そこらの青年だが、歩兵団をまとめる統率力も、作戦を立てる頭脳もある。あまりに優れたものだから、中にはこう言う奴もいた。なんで副官なんだろうな、団長でもいいもんだが、と。
正直、どうでもいい話だ。団長だろうが副官だろうが、どうせ同じように死ぬのだ。死んでしまえば、階級なんて、冥途の土産にもならない。
だが、俺のような考えの奴は、軍の中では少数派らしい。皆、昇進するのは素晴らしいと言う。玉砕こそが美しいと言う。こんなこと、正気の沙汰だと思えるか? どいつもこいつも、頭がおかしい。
寝る前に、俺は決まって心に誓う。明日も必ず、生き延びてやる。生きて、故郷に帰るのだ。不衛生な雑魚寝をしながら、俺は今日も目を閉じた。
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