明日死ぬきみへ

鴉杜さく

第1話

「枯れそうな花ほど、強く美しいと思わない? 稲村いなむら君」


「いや、俺にいわれても」


ふふっと声をあげながら、窓から吹き込む風に髪を押さえ笑うキミは明日死ぬ。

どんな形であろうと明日、必ず死が訪れる。


だから、関わらずにいようと思ったのに。

彼女から離れようと思ったのに。


彼女の死を知ったのは、1か月前。

普段通り帰ろうとした矢先、一人の女生徒に呼び止められた。


それが、飾葉かざりは 牡丹ぼたんであった。

彼女はなんだか緊張しているようだった。


「稲村君、話があるんだ。君にしか言えない大事な話」


「え、俺?」


新手の嫌がらせかと考えた。

そうでもなければ、クラスで常にぼっちを極めているこの俺、稲村いなむら てるにクラスの上位グループの中心的人物である彼女が話しかけてくるわけがなかった。



「そう。君だよ」


前髪を整えながら答える君は、なんだか変だった。


「わたしね、実は1か月後にさ死ぬんだ」


その言葉はみんなが帰ってしまって静まった教室では酷く静かに響いた。

とても現実のことに言っているとは思わなくて、半笑いで何かの冗談かと聞いてしまった。


「冗談じゃないの。本当なの。わたしは、そう定められているの」


「そんなことを俺に言ってどうしてほしいの? 助けてほしいの? 悪いけど_」


つんざくような声で彼女はそれを否定した。


「ちがう!!!!! わたしは、君だから見ていてほしいんだ。君なら、わたしを冷静に看取ってくれると思ったから」


「そんなのあまりにも無責任すぎるだろ」


「そう、かもしれないね。でも、わたしは一人では死にたくないんだ」


じゃあ、普段一緒にいるやつに頼めと言いそうになると、さらに彼女は言葉を重ねてきた。


「でも、あの子たちじゃだめなの。あの子はわたしに近すぎるから」


「それで、俺が『はい、そうですか』とでも言うと思ったのか?」



それを言うと首を彼女は振った。


「分かってる、だから」


涙をこぼした彼女は、グッと力を込めた。


「はぁ~! 分かった、分かったから……お前を看取るだけだからな別に1か月だけだし。ま、精々1か月ぐらい頑張れよ」






「どうしたの?」


ほら、今だって。

そうやって微笑む君に死んでほしくないと願っている俺がいるんだ。


「べつに、あした死ぬけど死ぬ気配ないなって思っただけ」


彼女は、自分の腕をさすりながら確かにと呟いた。


「わたしは、どうやって死ぬのかな? 稲村君はどう思う?」


「俺にいわれても、困るよ」


「そっか……」


5時のチャイムが鳴り響き、二人とも帰る流れとなった。


「あした、土曜日じゃん! 行きたいところあるんだよね!」


じゃ9時に駅前で、と急な予定を取り付けると、校門から走り去っていった彼女。

伸ばした手は空気を切り裂いた。


「それまで、生きているかも分からないし、いつ死ぬのかも分からないのにどうしろっていうんだよ」


彼女に情が、死んでほしくないと思うほどにそれを打ち消すほどの苦しみが襲い掛かる。

彼女が何を考えているのかなんて俺には全く分からない。


この夕暮れの影のように自分についてくるというのが分かっていれば、どんなに楽だっただろうか。


「ただいま」


「おっせぇ~よっ!!」


腹に痛みが走る。

苦しみを感じる。

久しぶりに見たな、父親の顔。


部屋に缶が山積みだ。

片付けないとと考えながらも意識は、遠のいていった。


ふっと起きるとすでに深夜をまわっているようだった。


「災難だ。家の鍵変えたんだけどな」


当然のごとく、入って殴って、金を持っていく父親。

父親といえるかはさておき、暴力を受けている現状は変わらない。


リビングの床に横になり、冷たさを感じる。

眠気が襲ってくるようで、うとうととそのまま再び眠ってしまった。




びくりと身体を揺らし、起きると朝の5時だった。

頭を掻きながら、シャワーを浴びようと思い風呂場に行った。



そうこうしているうちに、8時40分となった。


ちょっと急ぎつつ、駅前に行くと彼女はすでにいた。



「こっち~」


「ごめん、遅くなった」



二人でカフェに寄り朝食をとった。



パンケーキのあとにパフェが来ると、目を輝かせた。


「え、おいし~!!」


「意外だった。パフェ好きだったんだ」


「うん、大好き。フルーツがどーんっていっぱい乗っているやつとか宝石箱みたいですごく好き」


それはもう、きらきらした目で言うものだから少したじろいでしまった。


それから、二人で花畑に行ったりした。

花畑では、飾葉が埋もれて笑っていたりしてつられて笑ってしまったり。

その場で売っていたバラアイスというものを食べたり。


すごく楽しくて、この一分、一秒が。

この一瞬が過ぎていくのが嫌だった。


そんな気持ちを持つ自分にも嫌気がさしていた。


陽も落ち始めたころ、手を引かれ連れられてきたのは彼女の家だった。

和風の家だ。


庭には、牡丹の木が植えられていた。



書斎らしき場所に連れていかれると、ちょっと待っててと言われ彼女はどこかへと行ってしまった。


書斎にはたくさんの本があり、背表紙がない本も何冊かあり、不思議に思い手に取るとそれは誰かの日記のようだった。


かなり古いようですこし字が見えずらくなっていた。



 月 日



今日は、わたしの子どもが生まれた。

しかし、あの呪いは継続されているようだ。

あの子も妻もいつまで持つか分からない。

早くなんとかしなくては、早く。





その日記に記入されていたのは、おそらくこの家の当主などの人物だと思われる。

後半は破られており、なくなっていた。



部屋のドアが開き、慌ててその日記を戻した。

部屋にはお茶となにかを持った飾葉が入ってきた。


「ごめん、遅くなった。これは、渡したかったもの。これさえ、やればわたしは満足するの」


それは、手紙のようだった。

あて先は、俺だった。


「んへへ、ごめんね。読むね」



稲村君へ


わたしは、お家が代々抱えている呪いで死にます。

最初はこんなことを言うつもりはありませんでした。

誰にも知られずに死ぬつもりでした。

でも、誰かにはわたしがいたということを覚えていてほしいと思ってしまったんです。


だから、君を巻き込みました。

それに関しては、わたしの私情で巻き込んだから、ごめんだと思うの。

でもね、君はいつも一人でいて寂しそうで、なんだか放っておけなかった。

だから、君にしました。


最近は、君も笑うことが増えてきて、わたしはとても嬉しい。


わたしは、生まれた時から家の呪いで死ぬことを義務付けられていました。

これは変わることのないものです。


わたしは、最初はもちろん反発しました。

しかし、手立てがないということに10歳のときに分かりました。

それからは、諦めて生きています。



言うつもりなかったけど。

手紙だから最後、言いたいこと言おうかな。




_本当はもっと、もっとたくさんのものを食べたいし、もっと、もっと生きていたかった。


わたしには、みんなと同じ幸せを享受する権利すらないのは、あんまりだよ。

つらい、なんて言えなくてみんなの前では笑顔を振りまいて。

最近だと、息があまり続かなくて、自分でも死ぬのが分かってきてとっても嫌。


でも、今日でそれも最後。


稲村君。

わたしは1か月間君といろいろなことをしたよ。

わたしの最後のことだからとたくさんのことに付き合ってくれてありがとう。




「すきになって、ごめんなさい」



そう言い終わると、彼女は後ろへと倒れた。


「……は? ここまで言って終わりかよ」


ふざけんなよ、なんて言ってももう彼女には届かない。



「俺だって言いたいことたくさんあったのに、言い逃げかよ。ずりぃよ」



いつだって。

彼女はずるかった。


彼女は覚えていないだろうが。

俺は一度、彼女に救われている。



保育園の頃に、親が家に帰ってこないことを理由にいじめられていた俺は教室の隅の方で体育座りをしていた。

そこへ彼女はやってきた。


「あら、ひとがいたのね! わたしは、かざりは ぼたん!」


「いなむら、てる」


「いなむらくん! あいつらなんて、むししましょう! あなたのちからで、できることをしましょ」


その言葉は俺に勇気を与えてくれた。

できることから。

単純だけど、すごい言葉だった。


小学校、中学校ともに彼女とは会わなかったから再び教室で声をかけられたとき、驚いた。


死ぬなんて言わないでくれと、思った。

彼女にとっては、教室の陰キャに話しかけた程度のものかもしれないけど、俺にとっては苦しかった。






「あした、生まれるきみへ」


きみは、衰弱死という死に方をしたよ。

今日も手を握られたときに、骨が浮き出ていたようだった。

隈もメイクで隠せないほどになっていた。


でも、気づいていたけど俺はなにもしなかった。



それでも、きみは笑って許しそうだよ。


本音を言うのは、初めてかもしれない。



本当は、もっとたくさん君と行きたい場所があったんだ。

もっと、たくさん、話したいことがあったんだ。


本当は、悲しい目をしていた理由を教えたかったんだ。



きみのことを知っていた理由を話したかったんだ。



でも、もういいんだ。

ありがとう。


人は失うことでしか大切なことを確かめられないとはよく言ったものだ。


自嘲の笑いが込み上げ、言葉を零した。


「あやまらないで。すきだよ」


牡丹灯籠みたいに会いに来てよ。









彼女を抱きしめたまま庭に出ると、牡丹が落ちた。















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