第6話 初恋
地下の訓練場に着くと不思議な空間が広がっていた。
天井と壁に床が灰褐色の石で作られていて、何か魔法がかけられているのか空間が歪んで見える。それをクレインに言うと、シアの腕輪を作ったハイエルフのお婆とかいう人が衝撃を別空間に逃がす術をかけているのだという。
そこでは新米冒険者だろうか。腰砕けの剣技を見せる者達や、基礎が全くできていない魔法を繰り返し的に当てている者などが汗を流しており、熱気があふれていた。
(みんな、一生懸命に練習しているな。一人前の冒険者に早くなってほしいな)
すると、クレインが一人の男を連れて来た。なかなか筋骨隆々の男で、A級冒険者のアレンという冒険者ギルドの教官をしている男だそうだ。クレインがちょっと立会いをしてみろというので、手近な木刀を持って模擬戦をお願いすることにした。
「シアです。よろしくお願いします」
「アレンだ。よろしくな」
(クレインさんが連れてくるだけあって強いんだろうな。よし、頑張ろう!)
そう思い、まずは木刀を八双に構える。
精神を統一し、アレンさんとの間の空間を支配する。
ゆるりと木刀で弧を描き、アレンさんの鼓動を、息遣いを、その血流を把握する。
剣気を全身に走らせて、木刀と自分自身を一つの剣に昇華させる。
すると、「参りました」と、アレンが大汗をかいて、震える声で負けを認めた。
後ろを見ると、クレインとコールマン伯爵も大汗をかいて震えていた。
それを見たクレインが、
「シア、お前冒険者登録しろ。とりあえず明日ギルドに来い」
と言い出し、クレインとコールマン伯爵が何やらひそひそ話をはじめたので、小太郎をもふりながら待っているとそのまま無言で宿屋に連れていかれたのだった。
二人はシアに絶対に外に出るなと言うと王宮に行ってしまった。
(さっきの模擬戦は何だったのかな? アレンさんも打ち込んで来ないし、あれからみんな無言だし……まぁ、いいか。それにしても王宮って大きいのだろうな)
そんなことを考えているうちに宿屋にコールマン伯爵がやってきて食事に誘われ、身分証明書を渡された。この身分証明書はこの国の国民であることを証明するものではなく、犯罪者などではない善良な市民であることを裏書きした人が証明するものらしい。当然ながら犯罪者となるとこの国の法律で裁かれることになり、もし損害を相手に与えるとコールマン伯爵とクレインが賠償しないといけないとのことであった。また、明日は朝から冒険者ギルドに行って登録を済ませるようにとも言われて、その日は旅の疲れもあったのだろうか、すぐに眠ってしまった。
次の日は朝から冒険者ギルドに向かった。
宿屋から冒険者ギルドは歩いてすぐであったが、シアと小太郎は初めて見る王都の光景に興奮を覚えて色々と歩き回ることにした。大通りには朝から沢山の屋台が並んでいたが、そのうちの一軒から肉の焼けるいい匂いがしてきたので寄ってみることにした。
シアは小太郎の分も含めて二本の串焼きを頼み、四千エニを払った。結構高いなと思いながら待っていると、大人の拳くらいある塊の肉が三つも刺さった大きさの串焼きが二本出てきた。
「おお、大きいなぁ」
「フフフ、大きさだけではないぜ。食ってみろ」
そう言われてかぶりつくと、程よく油がのった肉が硬くならないように絶妙の火加減で焼かれていて、少しトロミのついた甘辛い絶妙なタレが肉のうまみを引き立てる。
「美味い!」
思わずそう言うと、屋台のおっちゃんは嬉しそうに、
「美味いだろ。また来いよな」
と、言ってきたので、手を挙げて返事をしておいた。
王都の道には沢山の店が並んでいた。
今日生まれて初めてお金を使ったシアは、お金を残してくれたカールに感謝をしながら街を小太郎と闊歩していた。
花屋の店頭に並ぶ花が道に彩りを添え、その隣に薄暗い怪しげな道具屋があるかと思えば、さらに奥には庶民向けの服屋が立ち並ぶ。本屋や文房具屋などが連続してあるかと思えば、大衆食堂が軒を連ねる場所もあって、その雑多な街並みはシアを飽きさせなかった。
いつの間にか裏通りまで歩いていることに気が付き、随分と時間が過ぎていたこともあって、冒険者ギルドに向かおうとした時悲鳴が聞こえてきた。
「小太郎、聞こえたか?」
「うん。女の人だね~」
「行こうか」
「こっちだよ~」
小太郎の鼻に頼って後を付いていくと、表通りの文房具屋の前で二人の女の子が五人ほどの男たちに絡まれていた。
「さて、お嬢様たち。大人しくついてきてくれるかな?」
「なぜ、ついていかないといけないのですか。しかもこんな街中で魔法まで使って……」
「何故って、そりゃあいいことをするためですよ~」
「そうそう、早くしないとこんな街中で裸にされちゃうよ」
(うーん。どこまでやっていいのかがわからないな。やりすぎるとクレインさんとコールマン伯爵に迷惑がかかるし……、あの店の人が誰か呼びに行ったみたいだな。誰か来るのかな……とりあえず時間稼ぎしよう)
「小太郎、頼むよ。手は出さないでね」
小太郎はその女の子達の前に割り込み、少し体を大きくして立ちはだかった。
「なんだその犬は、やっちまえ」
暴漢たちは小太郎に殴りかかる。だが、小太郎は殴られてもびくともしない。そもそも龍にかみつかれても平気なフェンリルの小太郎を人間が殴ったくらいでは傷つけることはできないのだ。
何度殴ってもびくともしない小太郎に腹がたったのか、遂に暴漢たちは剣を抜き斬りつけてきた。しかも暴漢のうち一人は魔法を放った。小太郎に迫る剣と魔法の火の玉をシアは一瞬で叩き落すと、暴漢たちに向き合った。
遠目に衛兵が走ってくるのが見えた。だが、暴漢たちは興奮していて衛兵の姿も見えないようであった。
「このガキ、殺してやる」
暴漢たちは一斉にシアに殴りかかろうとしたが、暴漢たちの背後から衛兵たちが追いつき暴漢たちを取り押さえる。その後簡単に事情を聞かれて身分証明書を見せると衛兵は暴漢たちを連行し、シアも解放された。
小太郎を連れて冒険者ギルドに向かおうと思い振り向くと、そこでシアは小太郎が初めて人に撫でられる姿を見てしまった。気持ちよさそうにしている小太郎に、
「良かったな」
と、声を掛ける。すると、
「助けて頂いてありがとうございました」
と、小太郎を撫でていた二人の女の子がシアに頭を下げた。
シアが気にしないように言おうとした時、二人は目深に被っていたフードをとった。
そのうちのひとりと目が合った瞬間シアの体が動かなくなった。
美しく輝く銀髪に大きな涼やかな瞳。通った鼻筋に、薄く紅をさしたような唇。陶器を思わせるかのような白く艶やかな肌。背丈はシアと同じくらいであろうか。シアは不覚にも全てを忘れて思わず見とれてしまっていた……。
「ルーナ……何を見とれてるのぉ」
もう一人の赤髪をした女の子が、シアが見つめていた銀髪の女の子を茶化すように声を掛けた。
「エマ、見とれてなんかいません」
そう言うと、そのルーナと言われた女の子は真っ赤になってしまった。
「えーと、黒髪の王子様。私はエマ・ランドリーと申します。この度はありがとうございました」
それを聞いて真っ赤になりながら、
「私はルーナ・オースティンと申します」
と、挨拶をしてくれた。
恥ずかしそうに下を向くルーナをさらに茶化すエマを押しとどめてから、
「俺はシア。こちらは小太郎。よろしくね」
そう挨拶していると、巨漢の老人がシアのもとに突進してきた。
「いつまで待たせるのだ」
怒り心頭のクレインはシアの淡い想いも知らず、その首筋を掴んで拉致していったのであった。
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