覇者となった少年 ~ありがちな異世界のありがちなお話~
中村月彦
第1話 生誕
稲妻が空を斬り裂き、暴風が木々をなぎ倒す。激しく降る雨はこの世の全てを洗い流すかのようであった。
一人の老いた男が天空を眺めていた。
雷光の隙間から一頭の飛龍が姿を現す。
飛龍はその大きな鉤爪に馬車をぶら下げながら、老いた男の頭上に差し掛かった。
「餌でも巣に持って帰るつもりか……。いずれにしろ放置するのは後味が悪いな」
そう呟くと、老いた男は飛龍に向けて手を伸ばした。
刹那、老いた男の指先から天空へと逆行するかのように細い稲妻が奔る。
直撃を受けた飛龍が体制を崩してよろめいた瞬間、その老いた男は遥か上空の飛龍に至近距離まで接近していた。
「生かしておいてやるから馬車だけを手放せ」
老いた男が飛龍に告げると、飛龍は観念したかのように急降下し、先の見えない広大な森の中にある少し開けた場所に馬車を下すと怯えた仕草で急ぎ去っていった。
「生存者がいる気配はないな……。弔ってやるか……」
諦めの表情を見せながら老いた男が馬車の扉を開けて覗き込む。中にいたのは身なりの良い服装をした男が一人と、侍女が一人、そしてお腹の大きな女性が一人であった。
「この女性は妊娠しているのか。不憫な。それに、飛龍に殺されたわけではないのか。それに、盗賊でもないな。暗殺か……」
馬車の中にいた三人はいずれも首筋を鋭い刃物で刺されており、未だに血が噴き出ている状態であった。馬車の中には彼らの持ち物が散乱して血の海を漂っていたが、人が荒らしたような気配はなかった。
何か手掛かりになるものがないかと老いた男が見まわした時、女性のお腹が動いているのを見つけた。
「……まさか、……お腹の子は生きているのか」
そう言うと、老いた男は慌てて女性に声を掛ける。だが、既に絶命しているのは明らかであった。
その老いた男は、母親が絶命しているにもかかわらず、生まれようともがく小さな命に何かを感じたのか動けずにいた。だが、母親の足元に血だまりが出来つつあるのを確認すると、大きく息を吐き決意をした。
腰に下げた剣を手に取り、その女性に向かって、
「すまんな」
そう一言呟くと、その女性の腹を剣で斬り裂いたのである。
裂けた女性の腹からは小さな命が鼓動を繰り返しながら現れた。
老いた男がへその緒を斬り、赤子の背を叩くと大きな声で産声があがった。
「まずは暖めてやらんとな」
男はそう呟くと、赤子を抱いて消え去ったのであった。
大木が大地を埋め尽くす。険峻な山脈に守られたかのような広大な森の最奥にその家があった。自宅の中に突如として現れた男は人を呼んだ。
「マリアナ、マリアナはおらんか」
「カール、ここにいるよ……って、その子はどうしたんだい」
「飛龍がぶら下げていた馬車の中にいた女性の腹から出てきたのだ」
「腹から出てきたって……?」
「ああ、馬車を開けると殺された人が乗っていたのだ。せめて弔ってやろうと思ったらこの子が動いたのがわかってしまってな……」
「それで取り上げた……と」
「そういうことだ。どうすればいい?」
「……あのなカール、我は女ではあるが、古代龍だぞ。人間の子供の育て方などわかるわけがないだろう」
「それでも女だろう。頼むから何とか一緒に考えてくれ」
その老いた男の名をカールといい、マリアナと言われた老いた女は古代龍であった。
どうすればいいのかわからない二人が右往左往していると、赤子の体温が下がってきたのに気が付いた。
「不味いぞマリアナ、何とかしないと」
「わかっておる。とりあえず湯につけて暖めたらどうだ」
「おお、そうだな」
そう言うと、カールは空中にお湯を浮かべて入れようとした。
「馬鹿者、そんな熱い湯に入れたら赤子など一瞬で死んでしまうぞ」
「殴るな。すまん。水を足して温度を下げればいいのだろう」
そう言うと、カールは空中に浮かべたお湯に水を足してぬるくすると、ゆっくりと赤子を浸していった。赤子の体についていた血が流され、柔肌がほんのり薄紅色に染まる。そのうち赤子は瞼を閉じるとすやすやと眠りについた。
「それでカールよ。この子をどうするつもりだ?」
「それなのだがな……」
「まさか育てるつもりではあるまい?」
「だが、この子を人間のもとに返せば間違いなく殺されるだろう」
「どういうことだ?」
「この子が乗っていた馬車はペルサス王国の馬車だったのだ」
「だが、何も言わずに孤児院の前にでもおいておけばわからんだろう?」
「まだ薄いが、この子の髪の色を見てみろ」
「……黒だな」
「母親も見事な黒髪だった」
「だとすると、この子はペルサス王国の王子なのか?」
「そこまではわからん。だがペルサス王国の王室は代々が見事な黒髪だ。それに、この子が乗っていた馬車は、敢えて簡素に見せていたが使っている素材は一級品だった。それこそ飛龍に掴まれても耐えられるくらいに」
「ペルサス王国はロシアン帝国に滅ぼされたのであったか?」
「そうだ。……おそらくロシアン帝国はペルサス王国の王室に連なる者を生かしておくことはしないだろう。この子の親たちがこの森近くまで来ていたのは追手から逃げたからだと思う。それに、ロシアン帝国は世界中に諜報員を置いているからな。怪しいと思えば赤子でも簡単に始末するだろう」
「なぜ、そこまでしてペルサス王国の王室を滅亡させようとするのだ」
「……そこまではわからんな。ただ言えるのはロシアン帝国にとってはペルサス王国の王族は不俱戴天の仇だということだな」
そこまで話をすると、マリアナはカールに念を押すように言う。
「では、カールが保護するのだな?」
「ああ、そうしようと思っている」
「お主、自分の寿命は知っているだろう?」
「……それまでに、この子が生き抜けるだけの力をつけさせれば済むさ。それに……」
「そうだったな。もう何もいうまい……」
二人はそうして赤子を育てることに決めたのであった。
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